第402話 「売り込み」
バートランドはヴァレンタイン王国建国の祖である英雄バートクリード・ヴァレンタインが開いた王国かつての都である。
そもそも開祖は単なる1人の冒険者から最後は王にまで登りつめたサクセスストーリーにより国民に対して絶大な人気を誇っている。
よく言われる『ヴァレンタインドリーム』という奴だ。
どこの誰であろうとも実力と鉄の意志があれば地位と名誉、そして金を手に入れる事が出来る街、それが彼の英雄の名をつけた街、バートランドなのであった。
当然、そのような街の雰囲気は荒々しく野生的で且つ猥雑になる。
しかし世代を経るに従って冒険者から貴族へと変貌した彼の子孫達が街の空気を嫌うようになって状況は変わって行った。
そしていよいよ、その時は来た。
バートクリードから数える事、十数世代後の王がとうとう決断をしたのである。
すなわち、新たな王都建設と王族及び主要貴族の移動だ。
その時、王は高らかに宣言したという。
「この街から出る事で余は先祖が卑しい冒険者であるという呪縛から、やっと逃れられる!」
王族にはよくある事だ。
自分の出自が曖昧な場合、王族はほぼ間違いなく先祖の身分を高貴なものとして詐称する。
しかし、ヴァレンタイン王国の場合、開祖バートクリードとその円卓騎士達は冒険者である事が100%はっきりしているのだ。
他に方法が無かった王は街を捨てるという強硬手段に出て詐称と同様な事をしたのである。
当時の王と主な貴族が出て行った中で唯一残ったの貴族がドゥメール公爵家であった。
街を出て行くとしても、引き続きヴァレンタイン王国がバートランドを統治する為には、誰か王家に忠実な支配者=貴族を残さなくてはならない。
王が困った顔をして志願者を募った所、当時の当主クリストフが手を挙げたのだ。
それ以来、ドゥメール公爵家は現当主のエドモンに至るまでこのバートランドを治めているのである。
今、ルウ達はバートランドの街を歩いている。
ルウ、フラン、モーラルに加えてミンミも加えたメンバーだ。
冒険者ランク検定が終了し、クランの登録を終えたルウ達は金曜の午後の時間をバートランド観光に充てたのである。
ちなみにクラン名は先日ボワデフル姉妹と一緒に決めた星で登録したのはいうまでもない。
何とそこにミンミも入ると言い出したのはサプライズではあったが……
王都とは全く違った雰囲気のある街を見渡しながらフランが感慨深げに言う。
「つまりドゥメールの家は貴族でありながら、王や他の貴族が放棄した『冒険者』の魂と意志を受け継いでいる家柄なの」
「ああ、エドモン様を見ていると分かる」
フランの言葉にルウも納得して同意する。
誰もが知っているこの街のいわれもドゥメール家の子孫であるフランから聞くと、改めて実感出来るというものだ。
「その後、分家である私の家は、エドモン様のご先祖である本家の命令で王都に住むように言われたの。いわゆる王家との繋ぎ役ね」
「それが時を経てアデライド母さんの代で魔法貴族の家柄として開花したんだな」
「ええ……言い難いけどお母様と私の存在に対して世間からはそう言われたわ。多分、先祖であるバートクリード様の魔法使いとしての血が私達に目覚めたのね」
フランはそう言うとルウをじっと見詰めた。
彼女によれば、生まれてもいない、この街に何か懐かしさを感じると言う。
それは幼い頃に母アデライドと共にこの街を訪れたという理由ではないらしい。
「ははっ! 俺も何故か不思議なんだ。フランと同じでこの街は初めて訪れた気がしない」
ルウの言葉を聞いたミンミも笑顔を見せた。
「うふふ、皆さんにもこの街を気に入って頂いて幸いです。私もアールヴの里から来た当初は何て野蛮な街だと思いましたが……今ではこの街がとても好きになりました」
フランが見るとミンミはこの街では有名人らしい。
何せ輝くような美貌を誇るアールヴの女である。
颯爽と歩くミンミに対して様々な男達が挨拶のノリで声を掛けて来る。
彼等の思いが魔力波を通じてルウの魂に入って来る。
あわよくばこの女をモノにしたいという気持ちが分かり過ぎるくらいあからさまだ。
ただ以前にちょっかいを出して手酷くしっぺ返しをくらったらしく強引な行動には移らない。
元々男の冒険者にとっては地位と名誉、金に加えて美しい女を手に入れる事も同じくらいに重要なステータスである。
王都以上に、この街では美しい女は良くも悪くも直ぐ目をつけられるのだ。
フラン、モーラル、ミンミと際立つ美女3人を連れているルウに対して男達の嫉妬と憎悪の感情が向けられるのは当然であろう。
その後、ルウ達はミンミの案内により限られた時間内で効率的にバートランドの各所を回る。
ドゥメール家の令嬢であるフランと冒険者ギルドのサブマスターであるミンミの特権で普通の観光客では行けない所も入る事が出来た。
エドモンが政務を行うバートランド大公府や冒険者ギルド秘蔵の宝物殿などである。
大公府はルウも含めて、エドモンの護衛役のアンドラスとその建物内の造作を情報共有出来たのも大きい。
また宝物殿はバートクリード以来、集められた数多の宝物の数々はS級魔法鑑定士であるルウの好奇心を刺激し、満足させるには充分であったし、フランとモーラルにも概ね好評だったようだ。
「ははっ! 面白かったな」
「本当に!」「バルバトス殿の店の手伝いに参考になりました」
ルウ達が満足そうな表情をしているのを見たミンミも嬉しそうに笑う。
笑顔のミンミに礼を言ったルウは全員を見渡した。
「では最後に留守組の皆へのお土産を買ってから、ひと休みしようか?」
「それなら品揃えの良いお店がありますよ、それに焼き菓子と紅茶の美味しいカフェも知っていますから、そちらで宜しければ!」
ルウの提案に対して打てば響くように答えるミンミ。
彼女はこの街でルウをずっと待ち続けた分、役に立つ事が嬉しくて仕方がないようだ。
ルウが頷くとミンミは、ぱあっと花が咲いたような表情になった。
「こちらが近道です!」
ルウの手を確りと握って引っ張るミンミにフランとモーラルは顔を見合わせて微笑む。
ミンミは明らかにルウへ『師匠』に対して以上の好意を見せている。
ただアールヴ特有のその清々しさに、不思議と嫉妬の気持ちが起きないのだ。
ルウ達はミンミの先導で中央広場に入る。
その時であった。
「ウチの品物を買わないかね?」
低いが、良く通る中年男の声がルウ達を引き止める。
ルウが見ると声を掛けて来たのは薄汚れた敷物に商品を並べて商いをしている人間族の露天商のようであった。
良く見ると男は商人とは思えない屈強な体格をしている。
まるで拳闘士のような雰囲気だ。
しかし!
彼が商品を並べてある筈の敷物の上には何も無い。
ルウとモーラル以外の者は露天商の真意が分からず、きょとんとしてしまう。
「言い直そう、『俺』を買わないか? あんたの言い値で良い」
露天商は浅黒く日焼けした顔の表情を崩すと白い歯を見せて、にやっと笑ったのであった。
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