第398話 「冒険者ギルドへ」
エドモン・ドゥメール邸、金曜日午前5時……
ルウは使用人に断ってからエドモン邸の広大な庭の一角でいつものように朝の鍛錬を行っていた
ちなみにフランとモーラルも一緒である。
昨夜2人きりで話をした時にエドモンには許可を得ていていたので、その事を告げると使用人はあっさりとOKを出してくれた。
昨夜、ルウが居ないブランデル邸の昨夜の様子もアルフレッドからは念話で既に報告を受けている。
『主人不在』で妻達は寂しがり、『いろいろ』あったようではあるが、今の時点で特に変わった事は無いという。
昨日までの快晴は嘘のように今朝のバートランドは雲が厚く立ち込め、今にも雨が降りそうだ。
そんな中、ルウ達はいつもの通り、呼吸法から始めて精霊の声を聞いていた。
ルウにとってこのバートランドは初めての街であり、勝手が分からない部分も多い。
その為、この地に住まう4大精霊やその他の精霊、妖精達の声を求めたのだ。
ルウの呼び掛けに精霊達は喜んで様々な話や情報をルウの魂に入れて来た。
時間にして15分くらいであろうか、ルウはこのバートランドの大まかな状況を知る事が出来た。
傍らで目を閉じて呼吸法を行っていたフランも精霊の気配を感じていたようである。
しかしこういった場合、ルウは自分とのみ『会話』させる事が殆どなのでフランに会話の内容は分からない。
会話の内容は気になるようではあるが、フランはルウを信じている為、立ち入って深く聞いたりはしない。
これはモーラルも同様であり、他の妻達にも言える事なのである。
やがてルウの呼吸法による魔力波を感じたのであろう、ミンミがルウ達が居る庭にやって来た。
「ル、ルウ様申し訳ありません! 遅れました!」
ミンミは平謝りである。
別に訓練に参加する約束をしたわけではないので、彼女は全く悪くないのであるが、ルウより後から起床して『修行』に遅れた事で失策を犯したと考えてしまっているようだ。
やがてフランとモーラルによる魔導拳の組み手が始まった。
それを見たミンミは息を呑んで立ち尽くしていたが、ルウに促されて一緒に芝生の上に座ったのであった。
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ミンミはルウに対して何か言いたそうであるが、口を噤む。
事情も知らずに下手な事を言ってまた叱責されると考えたらしい。
そんなミンミを見たルウは優しく微笑んだ。
「お前の言う事は分かる。魔導拳の事だろう?」
これはかつての異界における訓練の際にラウラ・ハンゼルカから来た質問と同じである。
ルウは先代のソウェルであるシュルヴェステルの許可は取ってあると告げた上で、全く同じ説明をした。
満足の行く説明をして貰い、どうやらミンミは納得したようだ。
※第388話参照
今度はルウがミンミに対して、このバートランドの街に居る目的と経緯を聞く。
「はい! まずは様々な経験を積み、自分を研鑽する事。そして里の為にお金を稼ぐ事ですが……」
「ですが?」
口篭るミンミ。
実は何か他に理由があるようだ。
しかしミンミはルウの顔を見詰めると、一瞬の間を置いて決心したといった趣きで告白したのである。
「は、はいっ! 本当の理由はルウ様に会えるかもしれないと思って、この街へやって参りました」
「そうか……俺がお前に、この街で冒険者になると伝えていたからな」
どうやらアールヴの里を出て旅立つ前にルウは自分の将来をミンミに語っていたようだ。
彼女はルウをあてにしてこの街へ来たらしい。
「はい! ルウ様がアールヴの里を出られて直ぐ私も里を出てこの街へ入りました。ルウ様はいらっしゃらなかったけれど、私がひと足先に冒険者になって待っていれば貴方はいずれいらっしゃると思っていたのです」
「そうか……それは、悪い事をしたな」
「いいえ! エドモン様にお仕えするようになって直ぐルウ様の所在が分かりました。王都セントヘレナで何と教師をしていると……どうしようかとも考えましたが、いずれお会い出来ると信じていましたので私はこの街でそのまま腕を磨いていました」
ミンミも相当努力したのであろう。
冒険者ギルドの頂点に立つ本部のサブマスターにまで登りつめたのだ。
並大抵の努力ではなかった事は想像に難くない。
ルウはよくやったとミンミの肩を軽く叩き、ケルトゥリの事を聞いてみた。
「ケリーの事は知っていたのか?」
「はい! エドモン様からお聞きしました。 私も隼ほどではありませんが、2つ名を頂いております。そしてケルトゥリ様が今、ルウ様と同じ学園の教師をしていらっしゃるので……実はゆくゆく私も同じ道を歩みたいと考えております」
ミンミはそういうとルウに晴れやかな笑顔を見せたのであった。
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ルウ達はエドモン邸で朝食を済ますと早速、冒険者ギルドに向う。
ギルドへの距離はそんなに無いが、エドモンが「使え」と命じたので馬車を使用したのである。
同乗者はギルドマスターのクライヴ・バルバーニーとミンミ。
ミンミはさっきからルウにいろいろと話しかけていた。
そんなミンミをフランとモーラルは温かく見守っている。
モーラルの方からミンミの素性とアールヴの里に居た頃のルウとの関わりは説明済みなのでフランも納得しているのだ。
部下であるミンミがあまりにも頻繁にルウへ話し掛けるのでクライヴはたまらずストップを掛けようとした。
しかし注意されたミンミは意に介さず、思い切りスルーされてしまう。
「申し訳ありません、マスター。でも大丈夫です、ルウ様なら」
「おいおい、ミンミ……」
これではクライヴの上司としての立場がない。
「ミンミ、聞き分けなさい」
思わず困った声をあげたクライヴの真意を察したルウ。
ルウがミンミに待ったを掛けると、何と彼女は素直に従ったのである。
「はい! ルウ様の仰る通りに致します」
そんなミンミを見てクライヴは益々面白く無かったが、これで嫉妬するほど彼の人間としての器は小さくない。
逆に普段のミンミが全く違う一面を見せているのに興味を抱いたのだ。
ようし!
ミンミの次に俺が模擬戦でルウをテストしてやろう。
クライヴはそう魂に決めていた。
30分後―――バートランド冒険者ギルド5階マスター室
バートランドの冒険者ギルドはエドモン邸の敷地規模には及ばないが、広い敷地を誇り、5mほどの壁に囲まれた白壁の5階建て、地下1階の造りである。
しかも隣接した敷地には様々な用途に使用する広大な屋内闘技場を備えていた。
ルウ達が普段使っている魔法女子学園の倍以上の規模はある。
さて建物の内部であるが、1階が冒険者の依頼と報告用カウンター、そして新規登録者受付カウンター。
2階が依頼主クライアント用カウンター及びその個室、3階がギルド幹部用の応接室及び会議室。
4階が幹部室及び資料室であり、最上階の5階がギルドマスター室とマスター専用の応接室となっていた。
ちなみに裏庭が討伐部位及び資材の受取作業所及び換金所であり、地下1階が回収した資材の倉庫として使われている。
ルウ達は今、ミンミに渡された冒険者ギルドの約定書に目を通していた。
内容に同意した上でサインして冒険者登録を行い、ギルドのランク認定試験を受けるのである。
項目は以下の8条だ。
冒険者約定書
①冒険者レベルは最低ランクのGから最高ランクのSまでの8種類であり、依頼をこなす度にギルドカードにポイントが溜まる。
ギルドが定めた一定のポイントが貯まってランク毎のクリアポイントになるとランクアップする。
但し、ランクアップの度にギルドにランク更新の申請をする必要がある。
またギルドマスターが認めた場合の特例の場合がある。
②依頼には全てランクが付いている。
自分のランクより2つ上ランクの依頼まで請負が可能となる。
但し受諾した上でギルドへの未報告での、未達成や放棄はギルドが定めた規定の罰金とランクダウンの対象となる。
また契約の中途解除で冒険者の諸事情が認められた場合、冒険者はギルドが定めた規定の違約金をギルドに支払う。
逆に依頼主の都合で契約を中途で解除する場合は、依頼主からのギルドが定めた規定の違約金をギルドより受け取る事が出来る。
③ギルドからの依頼に不備があった場合は、ギルドが定めた規定の違約金をギルドから受け取る事が出来る。
但し、時期や内容によっては金額が変更となる。
なお最高額は報酬の満額までとする。
④ギルドを通さない直接の依頼に関しては、ギルドは一切責任を負わない。
⑤Bランク以上の冒険者には指名依頼が入る場合がある。
また王国、貴族や各ギルドからの指名依頼が入る場合もある。
受けるかどうかは一応任意で、受けなくても罰則は無い。
但し国難レベルの指名依頼の場合は基本、拒否権は無いが、冒険者の国籍によって若干考慮される。
⑥ギルドに対して不利益が起こる行為をした場合は、ギルドが定めた規定の罰金、追放及び捕縛の対象となる。
⑦冒険者同士の争いにはギルドは基本不介入である。
⑧特例に関してはギルドマスターがその都度判断する。
ルウ達は数度、読み直した上で各自がサインをしてミンミに渡したのであった。
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