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第396話 「ミンミの矜持」

 ルウがバートランド騎士団団長ナタン・アルベリクと話し終えた時である。

 いきなりルウが腕を掴まれた。

 腕を掴んだのは冒険者ギルドサブマスターのミンミ・アウティオである。

 ミンミが傍らで2人の話が終わるのをずっと待っていたのだ。


「ルウ様! 早く!」


 ミンミはルウの腕を引っ張って自分の上司、冒険者ギルドのマスターであるクライヴ・バルバーニーの下へ連れて行く。

 その後をフランとモーラルが苦笑しながらついて行った。


「クライヴ様、お連れしましたよ」


 ミンミはクライヴの命令を果たして得意満面だが、ルウとは手を繋いだまま、離さない。

 それを見たクライヴは苦笑した。


「ああ、ご苦労様。各所で人気者だな、ルウ。先程エドモン様も夜に部屋へ話に来いと仰っていたぞ、意味は分かるか?」


「ああ、問題無い! 分かるよ」


「さすがだ! お前も俺と同様にエドモン様とまともに話が出来る数少ない人間だな」


 クライヴがそう言った瞬間に遠くから「聞こえたぞ」と大声が投げ掛けられた。

 どうやら先程のやりとりがエドモンの耳に入ったようだ。

 クライヴは叱られた子供のように肩を竦めたが、明日の冒険者ギルドの登録とランク認定の説明を始めた。 


「明日の冒険者登録とランク認定だが、まずギルドの規定の説明と同意の確認をすれば登録は完了だ」


 冒険者になるにはまずギルドの規定を遵守する事、これは常識である。

 

「次にランク認定だが、実技が判定の要素となる。魔法使いなら実際に魔法を披露して貰う。加えてギルド幹部との模擬試合……以上の2つを経て冒険者ランクを決めるのだ……で、ルウの模擬試合の相手だがミンミを考えている」


「待って下さい!」


 クライヴの指示を聞いたミンミは鋭い声で待ったを掛けた。


「私はアールヴ……一族の掟により理由も無くソウェル様とは戦いません」


「な! 何だと!?」


 ミンミはルウとの対戦を拒否すると宣言し、口を結んでしまう。


「ミンミ……お前は仮にもギルドのサブマスターを務める者。ギルドの業務であれば俺の命令に背く事は出来ぬぞ」


「では……クライヴ様、私は今、この場限りで冒険者ギルドのサブマスターを退任し、単なる冒険者としてルウ様に付き従わせて頂きます」


「な、ななな!」


 唖然とするクライヴは勿論、フランも目を見開いて驚いている。

 ミンミにはギルドの業務命令よりアールヴの矜持を守るという考えが大事なようだ。

 このままでは確実にミンミはサブマスターの職を辞するであろう。

 さすがに、ここで待ったを掛けたのはルウである。


「ミンミ、お前は思い違いをしているぞ。俺はお前達のソウェルではない。であれば俺と戦うのは何の問題も無い。加えて真剣勝負ではないぞ、単なる模擬試合だ」


 ミンミはルウの言葉をじっと聞いた後にゆっくりと首を横に振った。


「確かにルウ様は公式的にはソウェルではありません。しかしリューディア代行の命令です」


「代行?」


「はい、ソウェル代行のリューディア・エイルトヴァーラ様が仰いました。一旦ルウ様から承ったソウェルの地位だが先代様の遺言の通りにいずれルウ様に就任して頂く、一族はその決定を受け入れるようにとの御触れを出しました。私もその決定にこころから同意し、受け入れさせて頂くと決めましたので」


 ミンミの言葉を聞いたルウは困った顔をした。

 フランはルウの身の上を聞いているし、モーラルも当然知っている。

 ソウェルにと説得して了承した筈のケルトゥリの姉、リューディアがやはりルウを後継者にする事を諦めていなかったという事なのだ。


「今、ルウ様のソウェル就任に反対しているのは、僅か一部の長老達だけです。先代様が自分など遥かに及ばない者と予言された事をアールヴは決して忘れてはいません」


「…………」


 珍しくルウが黙ってしまった。

 はっきり言って困っているのであろう。

 こんなルウも珍しいとついフランは可笑しくなった。


 そしてここではっきりしたのがアールヴやドヴェルグなど妖精族たちの頑固さである。

 世間で頑固といえばドヴェルグだが、アールヴも決して負けてはいない。

 ドヴェルグの頑固さが、一徹と言う文字で表される『固い意思』とすれば、アールヴの頑固さは愚直と言って良い『不器用な誠実さ』であろう。


「ミンミはアールヴとして次期ソウェルであるルウ様のご命令に従います。どうかご指示を!」


「……分かった。じゃあお前に命令しよう。まずサブマスターを辞める事は許可しない。そしてクライヴさんの言う通り、俺と模擬試合をして貰う」


「な、そんなぁ!」


「お前の上司であるクライヴさんの立場も考えるんだ。それに俺と試合うのではない。俺がお前に稽古をつける……それならば文句あるまい」


「け、稽古!?」


「そう、稽古だ。昔、俺が良く、つけてやっただろう。懐かしいな」


「は、はい! 懐かしいです。かしこまりました、ルウ様のご命令に従います」


「クライヴさん、済まぬ。俺のせいで貴方に恥をかかせてしまった」


 ルウは呆気に取られているクライヴに深く頭を下げた。

 頭を下げたルウを見て吃驚したのはミンミである。


「ル、ルウ様ぁ……そんなぁ!」


 アールヴとは元々誇り高い種族である。

 その長であるソウェルに頭を下げさせてしまったのだ。

 いくらアールヴの矜持の為とはいえ、この自分の為に……


「う、うわあああん!」


 余りのショックに何とミンミは泣き出してしまう。


「クライヴさん、許してくれるか?」


 頭を下げ続けているルウ。

 そして泣き出してしまったミンミ。

 

 とりあえずはルウに返事をしなければならない……クライヴは多分そう考えたに違いない。


「ルウ、頭を上げてくれ。結果的に俺の業務命令通りになって、ミンミもギルドを辞めない。ここだけの話だし、貴族や騎士と違って冒険者である俺のプライドなんて大した事は無い」


「そうか、ありがとう」


 ルウはクライヴに礼を言うと、泣き続けるミンミに近付いて肩を軽く叩いた。

 肩を叩かれて顔を上げたミンミ。

 彼女は間近にルウの笑顔を見ると大きな声で彼の名を呼び、胸に飛び込んでしまう。

 ルウはミンミの背中を優しく擦る。


「お前はアールヴの誇りを大事にする真っ直ぐな女だ。だから俺に恥をかかせたと思ったんだな」


「ううう……」


「大丈夫。実はソウェルが皆の知らない所で頭を下げたり、身体を張っているのは爺ちゃんから聞いているのさ」


 それを聞いたミンミは吃驚した。

 彼女自身、そんな事は全く聞いた事もない。

 しかしシュルヴェステルがルウにそう伝えたからには間違いは無いのであろう。


「ソウェルのそうした行いはただ表に出ないだけだ。俺はソウェルではないが、妻や家族そしてお前達アールヴの為だったら喜んで頭も下げるし、身体も張るさ。安心しろ……そしてこんな事は当り前なんだからな、気にするなよ」


「あ、あう!」


 ルウの説明を聞き、慰められたミンミは漸く泣き止んだ。


 そして最後に頭をポンと軽く叩かれると思わず可愛い声を出していたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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