第394話 「エドモンの息子達」
「わっははははは!」
エドモンの嬉しそうで豪快な笑い声が響き渡った。
ここはエドモン邸の大広間、今はルウ達を歓迎する夕食会の真っ最中である。
「ルウ! フラン、そしてモーラルよ。よくぞ来た! 何も無いが量だけはあるぞ! 食べて飲み、存分に腹を満たしてくれ」
エドモンの言う何も無いとはお約束の社交辞令的な言葉だ。
実際には山海の贅を尽くした食材で様々な料理が用意されている。
勿論、酒も同様でエール、ワイン等様々な種類が飲めるようになっており、やはり専任の魔法使いの手で適温に冷やされていた。
今夜の夕食会に出席している面子はエドモンの家族を始めとして、冒険者ギルドからはクライヴにミンミ。
そしてバートランド騎士団からは団長のナタン・アルベックである。
招かれた身ではあるが、ルウ達はまずエドモンに挨拶した後、各人に再び挨拶して回った。
まずエドモンの家族であるが、彼はだいぶ前に妻を亡くしており、彼女との間に3人の息子が居る。
ちなみに次男だけは屋敷を出て独立しており、所用の為もあって欠席だ。
今夜は長男のアルフォンス、クロエ夫妻と一子アンリ、三男のケヴィンが出席していた。
ルウが事前にフランに聞いた所では……アルフォンスは確か48歳。
彼は父の跡を継ぐべき政治家として将来を嘱望されている。
武人でも魔法使いでもないが、感性が鋭く聡明であり決断力に優れているらしい。
だが名門ドゥメール公爵家の御曹司らしく鷹揚な人柄でもある。
「ルウ君と言ったか……君は凄い魔法使いだそうだね。あのように上機嫌な父も珍しいよ。あの様子だと父は君の事をとても気に入っているようだ。アンリにもご自分を『お爺様』と呼ばせているのに君には『爺ちゃん』だものな」
「恐縮です」
「それに君の奥方であるフランちゃんは僕にとっても大事な身内だ。彼女の事を宜しく頼むよ」
「はい! かしこまりました」
ルウはアルフォンスの妻であるクロエとは簡単な挨拶を交わすと、夫妻の息子であるアンリが即座に近寄り彼に一礼をした。
アンリは現在17歳でバートランド騎士学校に通っている。
金髪の髪をさっぱりと短く切った髪形で、碧眼の美しい瞳を持つ、整った顔立ちをした物静かな少年だ。
父同様、上級貴族の子息にありがちな高慢さが無い。
「ルウ様はお強いそうですね! お爺様がいつもそう仰っておられます」
「それほどでもありません。但し家族の事を守る強さは持ちたいと常々考えてはおります」
「家族を守る……」
「はい! ドゥメール公爵家ならば、家族というよりこの街を、いえヴァレンタイン王国全てを守るというお立場でしょう」
騎士候補生であるアンリは直ぐに理解したらしく、ゆっくりと深く頷いた。
「しかしそれは現時点では曖昧な感覚です。何か災害等が起こらなければ実感出来ない場合も多い。しかし家族は違う。まずは必ず実感出来る対象です、それにあてはめればドゥメール公爵家はヴァレンタイン王国の民全てが家族であると言えばご理解いただけるでしょう」
「な、成る程! さすがは魔法女子学園の先生です。ねぇ、フランお姉様。素晴らしい方ですね、ルウ様は……ご結婚、本当におめでとうございます!」
ルウと話して彼の人柄が気に入ったアンリは祝辞を述べたが、幼い頃遊んで貰ったフランからは意外な言葉を聞く。
「ありがとう! 確かに私には勿体無い方なのよ」
吃驚するアンリにフランは満面の笑みを浮かべて返す。
「そこまでお姉様に言わせるとは! そしてそちらのモーラル様もルウ様の奥様だそうですね」
アンリは先程から気になっていたシルバープラチナの髪を持つ美しい少女に話し掛けた。
アンリの丁寧な言葉と態度をモーラルもいたく気に入ったようである。
「まあ、アンリ様。私如きに『様』などとは勿体無い」
未だ、あどけなさの残るモーラルがその美しい横顔を可愛く傾げるのを見たアンリはつい、どきりとした。
そんな彼をモーラルは微笑みながら見詰めた。
「私は元々、旦那様――ルウ様の従士でした。幼い頃、のたれ死にをする所を彼に助けて頂いて以来ずっと付き従って参りました」
モーラルはふうと息を吐くと話を続ける。
「故あって私はずっと日陰者の身でした。そんな私を彼はどのような時もずっと庇い、慈しんでくれました。そして私を信頼して頼りにしてくれた上に、何と伴侶として迎え入れてくれたのです」
「…………」
「アンリ様」
「は、はい! モーラル様、お、おめでとうございます!」
「ありがとうございます! アンリ様も将来、素晴らしい女性と巡り会えます様に、このモーラル……お祈りしておりますわ」
深く一礼するモーラル。
ルウとフランもそれを見てアンリに会釈した。
そして「失礼します」と言い、次の挨拶に向ったのである。
その後ろ姿をアンリは感慨深く見詰めていた。
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「ふうん、兄貴達と仲良く話していたね……まあ俺はドゥメール一族の中でも変わり者と言われている。なあ、フランちゃん?」
「そ、そんな! ケヴィン様」
次いでルウ達が挨拶をしたのがエドモンの三男であるケヴィンである。
彼は40歳……ぼさぼさの髪に眠そうな鳶色の瞳をしており、穏やかな笑顔を絶やさない。
父とは対照的なのんびりとした雰囲気を醸し出していた。
「ふふふ、まあ宜しくな」
「ケヴィン様は普段何をおやりになっているのですか?」
こんな時、モーラルは座持ちがとても上手い。
少し癖のありそうなケヴィンに話をさせる気にしたのである。
ルウはフランから聞いてはいるが、こういった事は本人に話して貰う方が良い。
「俺はこのバートランドの王立大学で教授をしていてな……専門は古代史だ」
――何と!
このケヴィン・ドゥメールは大学教授であった。
しかも古代史とは……ナディアの目標と同じである。
「ははっ、ケヴィン様……王都に居るウチの嫁にも貴方のようになりたい者が居ますよ」
「な、王都に居る? ウチのって!? ルウ君、未だ居るのか? 奥さん……」
さすがのケヴィンも絶句してまじまじとルウの顔を見詰めた。
「ははっ……婚約者を入れてあと5人程……皆、素晴らしい娘達です」
ルウが明るく答えるとケヴィンはやれやれと肩を竦めた。
「呆れた奴だな……いかにこの国が一夫多妻制を認めていても多過ぎるだろう? でも……まぁ良いか、俺には直接関係無いし、男のロマンを実現しているからな」
ケヴィンはそう言うと元の笑顔に戻って、親指を立てた片手を突き出したのであった。
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