第389話 「感化される者達」
魔法女子学園キャンパス、木曜日午前10時55分……
この日、ルウが行う午前11時開始の第3時限目の授業は直ぐ前の第2時限目に引き続き、同じ科目である上級召喚術B組の授業である。
快晴の天気のせいもあって、このクラスに関してもルウの考え通り、屋外での呼吸法の訓練が開始されようとしていた。
たくさんの専門科目のクラスを受け持つルウであるが、中には初めて授業を受ける生徒も少なく無い。
彼女達はルウの評判を聞いて何となく興味本位でとか、親しい友人が受講するので一緒にとか、他愛も無い理由で彼の授業を受けるのだ。
そういった普段接点が少なくルウに馴染みの無い生徒の中には最初「時間が惜しいのに今更、何故基礎である呼吸法を改めて行うのか?」と、不平不満をあからさまに言う者も居た。
そこまで言わなくとも、半信半疑な者も大勢居た筈である。
しかし、実際に適正な呼吸法を会得して、その劇的な効果を体感すると、彼女達のルウに対する評価は180度変わった。
授業後には呼吸法とそれに伴う魂の集中と安定がいかに大事なのか、逆に強調するようにさえなっていたのである。
こうして臨時教師であるルウは今や魔法女子学園の生徒達に大きな影響を与えつつあったのだ。
これは生徒達だけにではない。
校長代理であるフランを筆頭とした教師達の間にもその影響は及び、積極的にルウのやり方を取り入れる者が続出した。
またルウの仕事への取り組み方も刺激になった。
高いレベルの魔法を使いこなすルウが多忙な中で時間を作り、謙虚な態度で先輩教師達の授業を見学して回ったのが拍車を掛けたのである。
あのルウでさえそこまでやるのかと、今迄、仕事に対して緊張感が無かった教師達の間にも良い意味で競争心が生まれたのである。
それは、あの誇り高いケルトゥリでさえ例外ではなかった。
まず彼女の物腰が目に見えて柔らかくなったと学園の内外で評判なのだ。
元々、ケルトゥリは今迄、魔法大学で学んだこの国の魔法の範疇のみに留めて教授していたのが、アールヴの魔法も生徒達へ積極的に教えるなど、教師という職業に対しての取り組み方も著しく変わって来たのだ。
そしてここにも大きく影響を受けて変わった教師が1人……
「何故、カサンドラ先生がここに居るの? ルウ先生……」
生徒の邪魔にならないようにキャンパスの端の芝生の上に座り込んだカサンドラを見て、リリアーヌが驚きの声をあげた。
座り込んだカサンドラはノートを取り出し、メモを取る準備まで始めている。
これはルウの弟子になったからに他ならないが、学校において彼女は先輩教師という立場という事になっており、リリアーヌとサラには別の理由での説明をする必要がある。
「彼女は第2時限目の上級召喚術の授業で俺を補佐してくれたのですが、この後に担当する授業が無いから、ぜひにと志願して来たのです。この授業を自分の後学の為に見学しておきたいそうですよ」
それを聞いて尚更驚いたリリアーヌとサラの2人である。
「例の件で副担当になったとはいえ、ルウ先生の授業を自分の後学の為に見学? 何故そのように謙虚に? 自分には絶対の自信を持っていた、あの誇り高いカサンドラ先生が?」
「そうそう、ありえないよ……」
リリアーヌは『事件』のせいで副担当になった経緯には納得しても、それ以上の行動をするのが理解出来ないようだ。
サラもカサンドラに聞かれないように小声でそっと呟く。
そんな2人に対してルウがカサンドラの心境の変化を話す。
「ははっ、カサンドラ先生は今迄『自分の枠』に囚われていたけど、そこから抜けて新たな道を見つけて歩き出したという事ですよ」
「自分の枠?」
不思議そうに聞くリリアーヌにルウは言う。
「そう、固定概念と言っても良い。敢えて言えば自分の中の『常識』という奴です。彼女は良い意味で常識の殻を破った、これから魔法使いとして色々な意味でスケールアップするでしょう」
「常識の殻を……破った……」
「そ、そんな……」
首を傾げる2人にルウはゆっくりと首を横に振った。
「ははっ、カサンドラ先生を以前の彼女と一緒にしない方が良いですよ。それに彼女の事より、おふたりにも魂に決めた志があるでしょう?」
他人より自分。
そう言われたリリアーヌとサラはカサンドラの事をとやかく言うのをやめた。
どうやらルウは2人が変わりつつあるのに気付いていたらしい。
「うふふ、そうね。ルウ先生の言う通りだわ。折角好きで教師になったのだから、私は頑張って自分のやるべき事を全うする。直ぐ上手くは行かないだろうけど一生懸命取り組むわ。そして、そんな自分を確りと見てくれる、愛する人に巡り会えれば良いんだと考え方を変えたの」
リリアーヌはそう言うと晴れやかな笑顔を見せた。
彼女は焦って伴侶を探すのをやめたようだ。
そんなリリアーヌに同意するようにサラも屈託の無い笑顔を見せ、大きく頷いた。
「私も自分がこの学園で上席に行く事しか考えてなかったけれど、この前、クラスのある生徒からプライベートな相談をされて……まさか生徒がこんなに私を慕って頼りにしてくれていたなんて知らなかった。私は改めて思ったわ。教師として、魔法使いとして、いいえ、人としてもあの子達と学びながら確りと歩いて行くわ」
1年生の担任であるサラは最初、決定的な世代の壁があったそうだが、今はすっかり解消しており、彼女達生徒の良い姉貴分になったという。
きっぱりと言い放つリリアーヌとサラ。
そんな2人の口調には揺ぎ無い決意が篭もっていた。
変わったのはカサンドラだけではなかったのである。
「よっし! 授業が始まります! さあ仕事、仕事」
「「はいっ!」」
ルウに発破をかけられて2人は元気良く返事をしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園理事長室、木曜日午後12時15分……
椅子に座って微笑むアデライドの前にはルウとフランが立っている。
この後に合流するモーラルを含めた3人は、ヴァレンタイン王国第2の都市、バートランドで冒険者登録をする為に、この木曜日の午後から王都セントヘレナへ出発するのだ。
ちなみに遅くとも日曜日の夜には屋敷へ戻る予定となっている。
その為に今週の2人が受け持つ専門科目の授業は午前中で終了するように調整してあった。
明日金曜日の2年C組のホームルームと基礎授業に関してはアデライドが代理で行う事となる。
アデライドとしてもそれに全く異存は無い。
今回の件は彼女の伯父であるエドモンの意向も大きいので快諾したのだ。
あの気難しいエドモンが自分達母娘同様にルウの事をとても気に入っているのは珍しい事である。
何せ、アールヴのソウェルであったシュルヴェステル・エイルトヴァーラに対抗して自分の事も『爺ちゃん』と呼べとルウに厳命する程なのだ。
「うふふ、3人ともバートランドの冒険者ギルドでは『程々』にね」
「お母様……いえ、理事長……かしこまりました」
フランが澄まし顔で言う。
アデライドがそう言うのは、3人の実力でまともにギルドの試験を受けて冒険者登録をすればS級の遥か上を行く事を知っているからだ。
ただフランが今や火蜥蜴までも使いこなす、素晴らしい火の魔法使いになっているとは、その鋭い魔眼をもってしても見抜く事は出来なかったのである。
「ルウ、フランとモーラルちゃんを宜しくね。他の子達との兼ね合いはあるけど3人で新婚旅行にでも行くと思って楽しんでいらっしゃい……これは、少ないけどお餞別よ」
アデライドはルウに洒落た黒革の財布を渡す。
ルウはそれを恭しく押し頂いた。
このような時のルウは固いといって良いくらいに礼儀正しい。
「ふふふ、この財布も含めてプレゼントよ。ああ、賞与は別だから安心して」
笑顔で冗談を言うアデライドに、ルウとフランも釣られて笑ったのであった。
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