第383話 「優しく強く④」
オレリーは天の使徒の名のみの詠唱であっさりと水属性魔法の発動に成功する。
しかし、当然の事ながら容易く出来るものではない。
彼女はルウの見えない所でかなり訓練を積んだのであろう。
「オレリー、ほぼ完璧だな、本当に良くやった」
ルウはそんなオレリーの努力を見通した上で褒め称えた。
『ほぼ』といったのは無詠唱で発動すれば完璧という意味である。
ルウの言葉に応えてオレリーも残った課題をあげた。
「はい、未だ迅速化や省力化などの些細な課題はありますが、魔法式で発動する水属性魔法の問題は無詠唱で発動する事が出来ればクリアです。次は魔法式発動の回復魔法ですね……行けます! この異界でなら! うふふ、旦那様に対して発動しますよ」
この異界でなら……と言うのは魔力が体内に補填される量が現世に比べて遥かに多い為に魔力枯渇の心配がない。
その為、ある程度魔法を多用して魔力を使っても比較的安全だという意味である。
オレリーは軽く深呼吸をした。
既に彼女は自分の最適な呼吸法を行い、魔力を容易にアップする事を会得しているのである。
呼吸法を行って間を置かず、発動に必要な魔力は充分に補填され、もう準備が出来たようだ。
オレリーはルウを真っ直ぐに見据えて魔法式を詠唱した。
「我は知る、癒しの使徒よ。汝に我は癒され、活力を得る。願わくば、その慈悲の眼差しを絶やさず我を見守り給え。ビナー・ゲブラー・ラファエール、 ケセド・マルクト・アイン・メム」
魔法式を唱えた瞬間にオレリーの魔法が発動し、癒しの魔法の魔力波が眩い光と化してルウの身体を纏い、輝く。
「流石だ、オレリー。お前の癒しの波動は心地良いぞ」
ルウの褒める言葉を聞いて笑顔で頷きながら、オレリーは間を置かずまたもや魔法式を詠唱する。
彼女は先程の水属性の魔法と同様、直ぐに詠唱する魔法式を短縮化したのだ。
「……ビナー・ゲブラー・ラファエール」
今度もルウの身体が眩く輝いた。
魔法の効果も先の発動よりずっと大きくなっているようだ。
「ラファエール! ふう!」
最後にオレリーは使徒の御名を呼ぶと、ふうと息を吐いた。
ルウの身体はオレリーが発した癒しの波動で神々しい黄金色に輝いている。
「ほう! やり遂げたな。 だが短縮化すると魔力の消費量は激しくなるぞ、大丈夫か?」
「はい、旦那様。この異界は旦那様のお力で私への魔力補填が直ぐ為されますが、少しきつかったです」
オレリーは笑顔を見せながらも今の訓練が辛かった事を正直に答えた。
ルウはこのように授業や訓練の際に何かあったら正直に申告するように約束させている。
実際に無理をして魂に負荷が掛かり過ぎたり、怪我をしたら不味いからである。
これは妻でも生徒でも他の者達でも指導をする相手が変わっても分け隔てはない。
ルウは若干不安そうな表情のオレリーにアドバイスを送った。
「今の問題は魔力の効率化と省力化を図れば、無理なく改善が見込めそうだ。それにオレリーの総魔力量は未だに増えているぞ」
「ええっ、ほ、本当ですか? それは嬉しいです!」
アドバイスを受けたどころか、何と魔力量が増えていると言われて力付けられたオレリーは満面の笑みである。
しかし彼女はルウとの話に夢中の余り、精霊の気配に気がつかなかった。
「良かったな。だがな、あの水の精霊はお前に話があるみたいだぞ」
いつの間にかルウとオレリーから少し離れた所に1人の水の精霊が立ち尽くしていたのである。
華奢な身体の線が直ぐ分る薄布の服を着用し、栗色の長い髪をなびかせた人間離れした美しい女性だ。
オレリーは彼女を見て、「しまった」という悔恨の表情を浮かべる。
既に彼女達、水の精霊と交歓した水の魔法使いとしては一生の不覚といって良い位だ。
「あうっ、いつの間に!? 旦那様は気付いていましたか?」
「まあな……さあ、彼女の話を聞いてやれ」
「はいっ!」
ルウに諭されたオレリーは元気を取り戻すと、水の精霊に対して魂の扉を開いて話を聞くと呼び掛けたのであった。
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「旦那様……今の話って聞いて頂けましたか?」
「ああ、でも良いのか? あの水の精霊はお前にだけ伝えたかったと思うぞ」
オレリーと水の精霊の会話は念話ではあるが、人間の会話ではない。
精霊は言葉ではなく感情で意思を伝えるのである。
オレリーは念の為、魂の扉をルウにも開いておいたのだ。
その為、ルウにも2人の話の内容、つまり水の精霊が何を伝えに来たのか知ったのである。
今の話によれば水の精霊はオレリーが先程、呼ばれた2つ名について伝えたい事があったのだそうだ。
「英雄である旦那様の魂と身体を癒すのは妻である清流の乙女、貴女の役目でしょうと……それはこの上なく名誉な事なのだと彼女は羨ましがっていました……」
「ははっ、俺はそんな大層な英雄なんかじゃないがな」
オレリーの話を聞いたルウは苦笑した。
それを聞いたオレリーもつられて笑う。
「私も旦那様は英雄なんて堅苦しいものではないと言い返しました……するとオレリー・ブランデル……では貴女自身にとっての英雄は誰だと? ……そう問われましたら水の精霊の言う通りだと答えざるを得ませんでしたから」
オレリーはそう言うと慈しみの篭もった眼差しでルウを見詰めた。
水の精霊はルウの真の力を当然見抜いている。
それでいて、敢えてルウとオレリーの個人的な絆の方を強調したのだ。
水の精霊と話したオレリーは何かが吹っ切ったような晴れやかな表情である。
「もし本当に私がその2つ名の通りだとしたら、男性を魅了するなんて困った能力です。だけど私は『英雄を癒す者』『邪気を払う清流の乙女』と呼ばれても胸を張って旦那様に「はい」と返事が出来るように精進致します」
きっぱりと言い放つオレリーの決意を聞いたルウも嬉しそうだ。
そしてオレリーに先程の約束を果すと強調したのである。
「そうか! 頑張れよ、オレリー。但し、明日の朝は俺が市場に同行して誰かが待ち伏せしていたら、お前が俺の妻だという事をはっきりさせてやろう」
「あ、ありがとうございます、旦那様!」
感激してぺこりと頭を下げるオレリーの頭を撫でたルウはフラン達の下へ行くように伝えた。
「よし! 今、向こうでフランがジゼルから回復魔法を教授して貰っている。休憩も兼ねて見学するように。オレリー、お前が『回復』を完全に会得したら、『解毒』『解熱』『鎮静』などへ習得の範疇を広げるんだ」
「はいっ!」
『英雄を癒す者』『邪気を払う清流の乙女』……オレリーの元気な返事を聞いたルウは先程のオレリーが発動した回復魔法以上に癒されるのを感じていたのであった。
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