第379話 「アドリーヌの成長」
魔法女子学園実習棟、水曜日午後13時45分……
ルウの水曜日の最後の授業は魔道具研究B組である。
担当のルウは勿論、副担当のアドリーヌも既に教室に到着し、授業の準備に勤しんでいた。
アドリーヌはルウに対して本日の授業の段取りを確認する。
「ルウ先生、では今日はキャンパスに移動して呼吸法オンリーの教授と各生徒への次回への課題の指示で宜しいですよね?」
「ああ、先に授業を行った俺の魔法攻撃術B組とC組のクラスでは基礎から学ぶという自覚とクラス全体の連帯感、そして適正な呼吸法への足懸かりも出来た。このクラスでも最初はそこから行きたいと思う」
アドリーヌの確認内容を肯定したルウに対して彼女は何か口篭る。
どうやらルウに願い事があるようだ。
「あ、あのルウ先生。お願いがあるのですが……」
「ん?」
「わ、私も……生徒になって一緒に学んでも良いですか? 当然、副担当の仕事はしっかりとやります」
アドリーヌがおずおずと聞いて来る。
「俺は別に構わないが急にどうしたんだ?」
アドリーヌにそう考えさせたきっかけがあったに違いない。
ルウがそう考えた通りである。
「あ、あのカサンドラ先生とルネ先生、2人の変貌を見たからですよ」
「変貌?」
「そうです、変貌です! カサンドラ先生はいつも通り普段はちょっと近寄り難いんですけど……ルウ先生の前では純情な乙女みたいになってしまうし、ルネ先生は以前の気だるげな雰囲気が無くなって溌剌としているんですもの……だから私思い切ってルネ先生に聞いたんです」
カサンドラとルネが『変貌』したと見えているのであれば原因ははっきりしている。
先日のルウとのやりとりに違いない。
「成る程、彼女は一体何と答えた?」
「はい! 職員の特別研修の事を教えて貰いました。ルウ先生の生徒になったお陰で初心に帰れて、魔法の奥深さ、難しさを知り、そしてだからこそ『学ぶ楽しみ』を体感出来たと仰っていました」
アドリーヌがルネからそこまで聞いたのであれば、今回の趣旨を話してやっても良いとルウは判断した。
「ははっ、ルネ先生はある程度の魔法は即座に習得してしまう素晴らしい才能を持っている。だが反面、学び習得する事に苦労せず、『学ぶ喜び』に対して鈍感になってしまっていたのさ」
「学ぶ喜び……ですか?」
「ああ、もし何でも苦労せず覚えられたら、楽な反面、興味も失ってしまう。そのようなネガティヴな気持ちは生徒にも敏感に伝わるものさ。新米の俺が言うのはおこがましいが教師にとっては不味いと思うぞ」
「確かにそうですね。私の場合も占術はともかく……魔道具研究に関しては反省する所が大です。でも……」
ルウの言葉をじっと聞いていたアドリーヌは同意し、頷きながらも僅かに口篭った。
「でも?」
「ルウ先生、いえルウさんとの個人授業なんて羨まし過ぎますよ!」
アドリーヌが絶対に言いたかったのは今の台詞に違いない。
こうなるとルウに断る道は無い。
「ははっ、分ったよ。アドリーヌがやる気を出す為なら協力するさ」
「本当ですか!? 絶対に約束ですよ!」
アドリーヌがそう言った瞬間、生徒達が数人入って来た。
思わず彼女は口に手を当てて喜びの言葉が出るのを抑えたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園キャンパス、水曜日午後午後2時45分……
魔道具研究B組の授業がまもなく終わる。
この時間の屋外闘技場は他のクラスが使用していたので結局ルウは春期講習の時のようにキャンパスにて呼吸法の手解きを行ったのだ。
このクラスを受講している生徒達は魔法攻撃術B組とC組の受講生徒も多く含まれていて、こうなると彼女達にはもう勝手知ったる学習方法である。
呼吸法の効用を知らない生徒達も風の精霊の祝福と効用に触れて驚きと満足な表情に満ち溢れていた。
呼吸法の訓練が終わるとルウは次回の授業に向けて課題を出した。
これは今迄、彼が行った授業と同様である。
生徒達に出された課題は分けられた班別になっており、下記の通りだ。
A班の生徒は既にC級の魔法鑑定士なので鑑定魔法の熟練殿アップ。
具体的には詠唱の効率化と省力化を鑑定の精度を増す事。
B班は魔力が足りていて鑑定魔法の発動が可能なので鑑定魔法の言霊を魔力を篭めずに詠唱して、円滑に唱えられるようにする事。
C班は本日行った呼吸法の継続で基礎魔力を高めて魂の安定と集中を図る事。
各班ともに共通する課題として、まずは自分が何かひとつのアイテムに精通する魔法鑑定士になる事を目標として専門書を読み込んで基礎知識をつける事。
各班の共通課題に関して生徒達はじっくりと考える。
自分で興味がある物を学びたいのはやまやまだだ。
しかし魔法鑑定士の扱う範疇が余りにも大きい為、ルウが魔道具研究の体験授業で話してくれた通り、需要があるアイテムというのも生徒達の中では重要視された。
実際にプロの魔法鑑定士への道を歩むなら、需要があって実務に強い魔法鑑定士になりたいと思うのは当然の事である
生徒は体験授業でルウが言っていた内容をメモした頁を食い入るように見詰めながら必死で考えていた。
素材であれば金属、宝石などは常に精通した専門家が求められる。
素材以外ならやはり魔法使いである自らも使う魔道具だろう。
主に魔法使いが使う武器としては杖、短剣に始まり、鎧では法衣や革鎧、装飾品では指輪、またはペンタグラムなどの護符、タリスマンを始めとしたアミュレットも彼女達の興味をそそるには充分である。
やがて生徒達の考えが纏ったのであろう。
本日の授業自体もこれで最後となり、放課後となる。
ルウとアドリーヌが授業の終了を告げると生徒達はある者達は図書館に、他の者達は下校して街にある例の王都書店通りに向うべく教室を足早に出て行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
教室を片付けた後、ルウとアドリーヌは廊下を歩いて職員室へ向っている。
「うふふ……」
思わず含み笑いをするアドリーヌをルウは穏やかな表情で眺めた。
「だって、確かにルネ先生の仰る通りなんですもの。副担当として授業を補佐する事は自分の為になりますけど……1人の生徒に戻ってルウ先生の、いえルウさんの授業を聞くとあんなに嫌で抵抗のあった魔道具研究を改めて学び直そう! そうじゃないと勿体無いぞって気持ちになりましたから!」
アドリーヌの中で、かつて父から植え付けられた魔道具研究への嫌悪感とトラウマはほぼ払拭されたようである。
「それは良かったな」
「ではそういう事で先程の約束通り、今度は個人授業でお願いします」
思えばアドリーヌも成長したものだ。
就任当初は自分の意思をはっきりと伝える事が出来ずに先輩教師であるクロティルドとの折り合いや生徒への接し方で悩み、教師としての進退まで考えたのである。
それがここまではっきりと物事を言えるようになった。
私、ルウさんの前では素直で自信を持てる。
そして少し大胆になれるから……
アドリーヌは晴れやかな笑顔を見せると改めて「お願いします」と頭を下げていたのであった。
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