第371話 「ルネが夢見ていたもの」
ルウが教師、ルネが魔法女子学園の生徒……そんな役回りを2人は演じる。
教室は魔道具の店『記憶』。
店の商品の魔道具を教材に使って行う授業だ。
ルネが好きな物を選んで鑑定し、それをルウが評価するというやり方が功を奏して、魔法を学ぶ喜びを取り戻したルネは益々授業にのめり込んで行く。
ルネにとっては多感な少女の頃に戻ったような楽しい時間でもあった。
だが、概して楽しい時間はあっという間に終わるものだ。
5つめの商品を鑑定し終わった時である。
店内の魔導時計は午後5時30分を指していた。
「そろそろ授業終了だ、ルネ」
「ええっ!? もうですかぁ!? ぶうぶう!」
頬を膨らませ口を尖らせたルネであったが、ルウが魔導時計を見るように促すと口に手を当てて小さく声をあげる。
「わぁ! もうこんな時間なのね」
ルネは今迄どれだけ自分が夢中になっていたのかに初めて気がついたのだ。
そこでドアが重く鈍くノックされる。
表にある獅子のドアノックが使われた音だ。
「モーラルさんかしら?」
ルウの妻であるモーラルがまた迎えに来てくれたのだろうか?
さっきの会話で気安くなっていたルネはそう思い込んでドアを開けた。
しかしドアを開けると立っていたのはモーラルではない。
そこに居たのは法衣を着ながらも、堂々たる体躯を誇る戦士風のいかつい男だったのだ。
「あ、あわわわ……」
驚いたルネは思わずぺたんとその場に座り込んでしまった。
「これは失礼、お嬢さん。驚かせてしまったようだ」
「あら、大丈夫ですか? ルネ様」
にっこりと笑う男の傍に立っていた小柄な少女が驚いて声を掛けた。
モーラルである。
「え、ええ……てっきりモーラルさん、貴女だと思って」
ルネはモーラルの姿を認めると何とか立ち上がって苦笑した。
「それは悪い事をしましたね。では紹介します、彼が旦那様の従士で、この『記憶』の共同経営者でもあるバルバ殿です。 バルバ殿、ルネ様に自己紹介を」
「は! ルネ様でございますか、私はルウ様の忠実なる従士にしてこの魔道具の店、記憶の共同経営者兼店主のバルバでございます」
バルバこと悪魔バルバトス。
彼がこの魔道具の店『記憶』を実質的に取り仕切っているのだ。
このようにいかつい男がルウの従士と聞いて吃驚するルネであったが、何とか挨拶する事が出来た。
「は、はいっ、ルネ・ボワデフルです。ルウ先生とは魔法女子学園での教師仲間です」
「はい、ルウ様から貴女様と今回の件はお聞きしております。それで如何でしたか? 我が店の商品は?」
「最高でした! 最初に私が選んだのは『スカラベ』でしたけど」
「スカラベ? ははは、それはようございましたなぁ」
バルバが面白そうに笑う。
彼のごつい風貌に似合わない屈託の無い笑顔である。
そんな柔らかい笑顔に釣られてルネもつい笑ってしまう。
バルバはルネの様子を見ると授業で使った店の片付けと戸締りは自分がやっておくと申し出た。
「ルウ様達は店を出て移動して下さい。店の事は私がやっておきましょう」
「ええっ!? で、でも……」
散らかったままの店を放置する事は申し訳ないと思っているのであろう。
店を出る事に躊躇するルネに聞えるように、バルバは指をぱちんと大きく鳴らす。
途端に店内に展示されていた魔道具達は忽然と消え失せた。
「あ、ああっ!?」
「これで片付けは終わりました。さあルウ様と次の場所へご移動下さい」
驚くルネにバルバは一礼し、外に出るように促した。
その時ルネの肩がポンと叩かれる。
ルネが振向くとルウがその長身の姿を見せており、バルバは彼を見て再度深く礼をした。
どうやらこのバルバという男はルウに絶対の忠誠を誓っているようだ。
一介の教師に過ぎないルウが何故このように底が知れない強そうな男を従士としているのかルネには全く分らなかった。
どうやらルウにはルネが知らない秘密がまだまだありそうだ。
「ご苦労、バルバ。後を宜しくな。じゃあルネ先生、行こうか? 馬車は別で使っているからここから次の場所へは3人で歩く事になるぞ」
ルウとルネがこちらに来る時に乗ったブランデル家の馬車はあれからモーラルが一旦屋敷に戻した後、アリスが御者として学園から他の妻達の送迎に使っていたのでこちらには無い。
それに次の『目的の場所』へはここから近い。
そのような事情もあってルウはルネへ徒歩で行くと申し入れたのである。
10分後―――3人は中央広場を歩いていた。
先頭をモーラルが歩き、その後をルウとルネが着いて行く。
ルネが甘えたようにルウに言う。
「ねぇ、ルウ先生。授業は未だ終わっていないんですよね?」
「ははっ、どういう意味だい? ルネ先生……いや、ルネと呼べば良いのか」
「はい! 未だルネと呼んで下さい。昔、友達と恋愛小説を読んで話した時があります。当時の魔法女子学園に恰好良い男性の先生が居たら、秘密のデートをするのにって。もし本当にそうなったらどきどきしたなあって! だからモーラルさん、お願いです。次の場所まで手を繋いで歩きたいのですが旦那様をお借りしても良い?」
ノリが良いというか、ルネは未だ甘い女子学生気分から抜けたくないようだ。
ルウが応えてくれたのを見て、更に大胆なお願いをして来たのである。
『彼女のお願い』を聞いたモーラルは苦笑いをしながらも小さく頷いた。
「ルネ様、結構大胆ですね? とりあえず私だけ居る状況で今ならOKです。但し、フラン姉、いや私と同じ妻であるフランシスカの前ではほどほどにした方が良いかもですよ」
モーラルの了解と注意を聞いたルネは大きく頷くと更にこう提案したのである。
「モーラルさん、貴女は彼の左に、私は右に……実は昔読んだ小説では同じ先生を好きになってしまった2人の女子生徒が先生と3人一緒にデートをする場面があったの。だから……3人で手を繋いで歩くのはどう?」
「ふふふ、面白そうですね。旦那様、両手に花とはこの事ですよ、良いでしょう?」
ルネに刺激を受けたのか、モーラルまで同じノリになって来た。
今迄のやりとりを見る限り、ルネとモーラルの相性は抜群であり、クランを組む際にはとても良い効果を生むであろう。
「ははっ、良いよ。2人と手を繋いで歩けるなんて男冥利に尽きるな」
モーラルさえ良ければ元よりルウに異存は無い。
3人はしっかりと手を繋ぐと中央広場の雑踏に消えて行ったのであった。
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