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第365話 「想定外」

 ここは魔法女子学園の屋内闘技場……


 ルウとカサンドラが闘技場の中央で対峙し、立会人として2人を見守るのはフランとルネ、アドリーヌの教師達と魔法武道部部長のジゼルである。

 ルウは自分を鋭く睨むカサンドラをいつものように穏やかな表情で眺めていた。


「ははっ、カサンドラ先生は自分で見たものしか信じない……か、確かにそういう者は居る……このようなやり方も致し方ないか……」


「愚図愚図しないで! ルウ先生、さあ、どこからでも来いっ!」


 会得した体術の流派の独特な構えで対峙するカサンドラに対して、ルウは特に構えもせず唯ゆっくりと頷く。


 その瞬間であった。


 ルウの身体が一瞬ぶれた様に見えなくなったかと思うと、小さな悲鳴をあげて地に伏していたのは万全の状態で余裕を持ち、ルウを待ち構えていた筈のカサンドラの方である。


「「!?」」


 立会人のうち、息を呑んだまま声が出ないのはルネとアドリーヌだ。

 2人は驚愕の表情を浮かべたまま動かないが、ルウの実力を知るフランとジゼルは平然とし、当然だというように余裕の笑みさえ浮かべていた。


「ははっ、大丈夫か?」


 カサンドラが我に返ると腹に鈍い痛みを感じて、無様に倒れた自分が居る。

 そして目の前にはルウが変わらぬ表情で立ち、手を差し伸べていたのだ。

 カサンドラは差し伸べたルウの手を振り払って拒否し、思わず彼に問う。


「ぐうう! い、今!? 何を!」


「真の身体強化魔法を発動させた魔導拳さ」


 苦痛の表情を浮かべるカサンドラに対して、ルウはゆっくりとした口調でそう答えた。


「ま、魔導拳!?」


 驚くカサンドラにルウは追加説明をしてやった。


「分り易く言えばカサンドラ先生が使うより数倍も効果的な身体強化の魔法を発動した上で、先生が知らない、アールヴに伝わる強力な拳法を使ったのさ」


「数倍も効果的な身体強化の魔法!? そして、わ、私の知らない!? アールヴの拳法? 分らない!? それはまやかしか!? ぐうう、打ち合え! そうだ! 私は打ち合いなら決して負けないのだ!」


 ルウから詳しい説明を受けても何故自分がこのような状態になっているのか、パニックに陥っている為か理解出来ないカサンドラ。

 もっとダメージを与えられたのに、彼女が致命傷を負わない様にルウが手加減したのはカサンドラ以外の誰が見ても明らかであった。


「姉さん! もう降参して! 無理よ!」


 姉の惨状を見かねて思わず叫んだルネ……


 彼女から見てもルウとカサンドラの実力が歴然としているのが傍目から分るのだ。

 しかし妹の声に逆に奮い立たされたのか、カサンドラは痛みを堪えて何とか立ち上がった。


 無論、ルウはカサンドラに攻撃などせずに見守っているだけである。


「今度はカサンドラ先生から打てば良い」


「い、言われなくとも!」


「その前に……それでは実力が出せまい」


 ルウがそう言い放ち、指を軽く鳴らした。

 独特の魔力波が姉を包んだのをルネははっきりと目撃する。

 

 む、無詠唱の回復魔法!?


「おおう!? いきなり身体の痛みが無くなって!? な、何をした?」


「少しは元気になったか? さあ打って来い!」


「畜生! 治癒魔法を掛けて私に哀れみをかけたのか!? たああっ!」


 カサンドラは悔しそうに呻くと、裂帛の気合でルウに対して鋭い突きを打ち込んで来た。


 ぴしり!


 乾いた音がした。

 カサンドラの渾身の力を込めた突きはルウの右の手の平で簡単に受け止められてしまったのである。


「ば、馬鹿なっ! ルウ先生、お前……そんな事をしたら手のひらが砕けるぞ!」


「ははっ、これは独特な正拳突きだな。 大丈夫だ、これならほんの少し痒いくらいだ」


「ななな!? ふ、ふざけるなっ! だあおっ!」


 全く堪えていないルウの様子に激高し、続いてカサンドラが繰り出したのはルウの首筋を狙った右回し蹴りである。

 

 しかし!


 ルウはカサンドラが放った必殺の蹴りをこれまたあっさりと左手で軽く弾いたのだ。

 逆に軽く弾いたくらいの筈なのにカサンドラの身体はまたもや派手に転倒して、無様にも地に伏してしまったのである。


「ふむ、決して悪い蹴りではないが、余り実戦的ではないぞ。カサンドラ先生の動きや力の入り方が容易く分るからな」


「ね、姉さん!」


 ルネがカサンドラに叫ぶが、自信のあった蹴りを防がれて今度は相当堪えたのであろう。

 カサンドラは地に伏したまま動かない。

 しかしルウは倒れたままのカサンドラに呼び掛けた。


「まだまだだ、カサンドラ先生。今度は俺を魔法で攻撃してみてくれ。確か貴女は火属性の魔法が得意だったな?」


「「え?」」


 それを聞いて驚いたのはやはりルネとアドリーヌだ。

 ルウはどのようなつもりか、真意が掴めないのだ。

 

 片やフランとジゼルは笑顔のまま表情は変わらない。


「くううう、馬鹿にしやがってぇ! 良いよ、ルウ先生のお望み通りにしてやろう!」


 ここまでルウに言われてさすがに悔しかったのであろう。

 カサンドラは何とか立ち上がると、早速火の魔法式を詠唱し始める。


「天に御座します偉大なる使徒よ! その聖なる浄化の炎を我に与えたまえ! マルクト・ビナー・ゲプラー・ウーリエル・カフ!」


 カサンドラの指先に高い魔力が集まり、直径50cmほどの炎の球が2つ浮かび上がる。

 対してルウは防御魔法を発動していない。

 このような場合は何らかの属性の障壁を自分の周囲に張り巡らして相手の属性魔法の攻撃を防ぐのが基本なのだ。


 その為にカサンドラは一瞬、躊躇ちゅうちょした。

 しかしルウはその躊躇を打ち消すように叫んだのだ。


「ははっ、構わないよ! そのまま火球を撃って来い!」


「え、ええっ!?」「馬鹿なっ! 防御魔法を使わないのか?」


 これに関しても驚くルネとアドリーヌ。

 例えれば……無抵抗ですので、どうぞ、殴って下さいというのと全く同じだからだ。


「私はどうなっても知らんぞ、たあおっ!」


 しかし!


 またもや驚愕の事態が目の前に出現した。

 カサンドラが放った火球が2つともルウの目の前で忽然と消えてしまったのである。

 ヴァレンタイン王国の魔法使いでは誰も行使する事の出来ない、いわゆる魔法の無効化であった。


「え、えええっ!? ばばば、馬鹿なっ!?」


 思わず立ちすくむカサンドラは擦れた声を絞り出すようにして口にするのが精一杯であった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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