第356話 「マノンの主張」
魔法女子学園実習棟教室、月曜日午前10時前……
この週から、1時限目の各クラスでのホームルームを経て2時間目を以って専門科目の授業が正式に開始された。
生徒達は真剣な表情で参加している。
魔法使いと一口に言っても個々人の素質や特性は千差万別だ。
各自が長所を伸ばし、短所を矯正するか、なるべく目立たないようにする。
そして個性豊かで稀有な魔法使いを目指して精進し、最終的にはヴァレンタイン魔法大学への進学か、少しでも待遇が良く安全な就職口を目指すのだ。
実習棟の教室でもルウが受け持つ魔法攻撃術B組の授業が始まろうとしていた。
このクラスは彼の担当する魔道具研究B組と並んで即希望者満枠になった人気の授業であり、体験授業の参加者も大きな期待を持って望んでいたのである。
ルウ達が生きる世界の治安は極めて悪い。
堅固な城壁に囲まれた城塞都市の中は比較的安全だ。
しかし地方都市や町や村で『働く者』、すなわち郊外の耕地で農業や牧畜に従事する者は常に危険に晒されていた。
ただ彼等を苦しめるのは単に日照りや水害などの自然災害だけではない。
山賊や野盗などの不埒な人間は勿論、恐るべき魔物や野生の獣の脅威があったのである。
また彼等が生産した収穫物などの物資を運搬したりする者や一般の旅人も同様の理由で危険な中で命懸けで移動していたのだ。
フランがロドニアからの旅路の際に襲われた事や、シンディ・ライアンの息子ジョナサンの楓村への道中での戦いは特別なケースではあるが、ゴブリンやオークなどの襲撃で人々が命を落とす事は日常茶飯事だったのである。
一方、『働く者』を外敵から守り領内の治安を維持するのが貴族が中心の『戦う者』である騎士に象徴される守り手の役割であった。
しかし彼等は国同士の戦争にでもならない限り、殆どが同じくらい身分の高い者を守護する傾向にあったので一般の市民や農民は自分達の安全を守る為には別の方法や対策を講じるしかなかったのである。
その中で生命を守ったり生活の糧を得る手段として魔法はとても有効なものであった。
家柄や身分を問わずに才能さえあれば、上を目指せる貴重な手立てである。
しかし生活魔法程度は使えるものは多いが、それ以上の才を持つものは絶対的に少ない。
そのような理由で優秀な魔法使いはどこの国も高給で迎える身分となったのである。
やがて午前10時になり授業が始まった。
このクラスにはオレリー、ジョゼフィーヌ、リーリャを始めとした2年C組の主な面々と2年A組の学級委員長マノン・カルリエは1番前に陣取っていた。
副担当のフランが目配せして、それを受けたルウが口を開く。
「皆、良いか? 俺がこのクラスの担当であるルウ・ブランデルだ。2年C組の副担任で、魔法武道部の副顧問もやっているから知っている生徒も居ると思うが、改めて挨拶しよう。魔法属性は『火』だが、一応全ての属性魔法は行使出来る。『器用貧乏』と言われそうだが、皆にこうして教えるのにはぴったりだと思う。今後とも宜しくな」
「「「「「宜しくお願いします!」」」」
器用貧乏という言葉を真に受けてどっとわく生徒達。
笑わないのは全属性魔法使用者という彼の恐るべき実力を良く知る妻達だけである。
「そして副担当のフランシスカ先生だ」
「副担当のフランシスカ・ドゥメールです。宜しくね」
ルウがフランを紹介すると彼女はにっこりと笑う。
その笑顔は可憐で美しい。
そのようなフランを見て何人かの生徒が溜息を吐いた。
2年C組以外の生徒達は皆、校長代理としての顔しか知らない。
『鉄仮面』がこのように変貌してしまったのかという感嘆の溜息であった。
ちなみに姓は便宜上旧姓で通しており、これはオレリー達も同様だ。
「俺の授業は基礎である呼吸法のお浚いと身体の鍛錬を行った上で、身体強化の魔法、そして属性に合わせた攻撃魔法という順番で学んで行く。ちなみに防御魔法も行使出来る者は希望を出せば攻撃・防御合わせた指導を行うから申請してくれ。ここまでは良いか?」
「「「はいっ!」」」
「体験授業で話した通り、実戦的要素もどんどん取り入れて行く。反復練習は大事だが応用による本番での行使はもっと大事だからな」
ここで生徒からの質問が入る。
いち早く手を挙げたのはA組のマノンだ。
「実戦的要素というのは具体的に言うとどのような遣り方でしょうか?」
食い入るようなマノンの真剣な眼差しをルウはいつもの通り穏やかな表情で受け止める。
「この中には魔法武道部の部員が居るから分ると思うが、冒険者クランと同様な役割分担で実力を磨いて貰う」
「冒険者クラン……ですか?」
訝しげな表情で聞き直すマノンにルウはかつて魔法武道部で説明した事に近い内容を話す。
「ああ、そうだ。この授業で言えば基本的には皆が攻撃役だが、盾役、強化役、回復役達と連携する事で攻撃の力加減やタイミングを学んで欲しいのさ。ちなみに攻撃役以外は俺とフランでカバーするが、生徒達の中で素養があれば当然役割分担して貰う。その方がより攻撃役として上を目指せるからだ」
「わ、分りました! ありがとうございます!」
ルウの説明を聞き、何度も頷いていたマノンは納得したような表情で礼を言い、引き下がった。
しかし先日同様これに対抗心を燃やしたのがオレリー達、妻である。
すかさずオレリーが代表して手を挙げた。
「ルウ先生! 先程呼吸法に始まり実戦までという手順でお話頂けましたが、生徒全員をそのように学ばせるのですか?」
至極最もな質問である。
生徒各自にはこの時点で実力差があるのは、はっきりしているからだ。
「ははっ、それはやらないよ。生徒には皆、各自が現時点での習得度があるだろう」
「習得度……ですか?」
ルウの言う習得度がいわゆる実力差である。
それをルウは具体的に説明した。
「ああ、習得度だ。呼吸法から学んだ方が良い生徒も居れば、体力をつけた方が良い生徒、攻撃魔法の熟練度を上げて行くのが良い生徒……様々だろうからな」
「……という事はどうするのですか?」
「このクラスを3班に分ける。A班は攻撃魔法を習得済みで熟練度を上げる班、B班は呼吸法とそれに伴う魔力制御はクリアしているからより適性のある魔法を教える班、そしてC班は基礎からやり直す班だ」
「実力別に分けるという事ですね……」
「今の時点ではな……だが、俺が見る限り才能の問題もあるし、急成長する場合もあるからそんなに悲観する事は無い。ようは卒業までに単位が取れれば良いくらいの気持ちで臨め。早く単位が取れれば他の科目も学ぶ事が出来るからな」
この専門科目は担当が設定した単位が取れれば随時講習終了という規定になっている。
そうして生徒達はまた新たな科目を学びに行く事になるのだ。
但し、生徒本人が望めばそのまま学ぶ事も可能であるが、今迄はそのような例は余り無い。
「3班の様子を見ながら随時実戦を行う。C班にも参加出来る遣り方でな」
「分りました! 私、頑張ります!」
ルウの説明に対してオレリー達は納得したようである。
彼女が目配せするとジョゼフィーヌもリーリャも頷いたからだ。
「では早速班分けをする。基準だが……殆どの者は2年生の課題をこなしているだろう。未だクリアしていない者は当然B班か、C班となる。まずはお前達の自己申告制で分けるが、今後班の入れ替えは俺とフランシスカ先生の判断で随時やるから安心しろ。またはっきり言うが俺は騙され易いから申告は正直にな」
ルウが悪戯っぽく笑うと生徒達もどっと笑う。
フランが班分けの申告の用紙を配布し、生徒達は暫し考えた後に自分の現在の実力を照らし合わせて希望の班を書いて行く。
こうしてルウのクラスの班分けが済んだが、意外だったのがC班にマノンが居た事だ。
ちなみにオレリー達は皆、A班で申告している。
だが2年生の中でも、成績が首席のオレリーに次ぐ実力を誇る彼女は、確か2年生の課題も楽々とクリアしている筈なのに不思議な事である。
「私はルウ先生の元で基礎からやり直したいのです!」
C班に申告した理由を問い質すとこう力説するマノンにルウは穏やかな表情を向けて優しく頷いたのであった。
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