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第349話 「自警団」

 王都中央広場日曜日午後2時30分過ぎ……


 ルウ達、店の手伝いの午前組はモーラル達午後組と入れ替わりに魔道具の店『記憶メモリア』を出た。

 オレリーとジョゼフィーヌはルウが出て行く時に切なそうな表情をしたが、彼女達にも魔法鑑定士の資格取得と言う目標が出来た事でこの店での実務経験は貴重になる事は間違いがなかった。

 それ以前にルウの見立て通り、この時点でバルバトスが用意した商品70点はその殆どが売れてしまっていて残るは20点ほどだったのである。

 こうなると午後組の手伝いも定時よりはずっと早く終わるであろう。

 その場合、ルウはモーラルに王都の適当な場所で買い物なり、息抜きをするように指示を入れてある。


 簡素な法衣ローブ姿のルウはゆるゆると先頭を歩いて行く。

 その後ろについて歩くのがやはり同じ様な地味な法衣姿のフランとジゼルであり、最後方に居るのがジョルジュであった。


「兄上! 姉上! では、私はここで!」


 ジョルジュは先程から落ち着きがない。

 多分、この後に約束があるのであろう。

 ジョルジュはぺこりとお辞儀をするとさっと身を翻して中央広場の雑踏の中に消えて行く。

 そんな弟の後姿を追いながら、フランは微笑した。


「ふふふ、ジョルジュったら! 『彼女』でも出来たのかしら?」


 こんな時の女性の勘は鋭い。

 そしてフランの言葉に頷くジゼルも以前と違って余裕がある。

 これも独り身ではなくルウという愛する夫が居ればこそだ。


「フラン姉、良いではないか。遠慮なく言わせて貰えばジョルジュも昔の軟弱さが無くなって男らしくなった。彼を好きになる女子だって出て来よう」


 以前は赤の他人であったジョルジュであるが、今や家族となったジゼルは彼に対して実の弟のように接している。

 といっても年齢は1つしか違わないのであるが……


「うふふ、ジゼルは相変わらず厳しいわね。でも貴女の言う通りよ。最近のジョルジュは実の姉が言うのも何だけどとても恰好良いわ」


 そんな2人の言葉を聞いてルウは嬉しかった。

 またこの場にアデライドが居たら、どんなに喜ぶだろうと考えたのだ。

 

 その時であった。

 もやっとした気持ちの悪い魔力波オーラが漂う。

 原因は直ぐに判明した。

 いきなり遊び人風の若い男がルウ達3人に近寄って来たのである。


「わはっ! 綺麗な貴族の姉ちゃん達、俺達と遊びに行かないか?」


 雑踏の中でもひと際目立つ女っぷりのフランとジゼルに見惚れて街の不良がちょっかいをかけようと話し掛けて来たようだ。

 肩で風を切る、いかにも軽薄そうな男に対してジゼルが冷ややかな視線を浴びせる。


「私達はこの方の妻だ。という事でお断りする」


 きっぱりと拒否するジゼルに対して男はねめつけるような視線を投げ掛けた。

 爬虫類のような目付きにジゼルは僅かに悪寒を感じる。

 案の定、男はジゼルに断られても諦めなかった。


「そんな事言わないでよぉ。こんな貧弱な魔法使いなんてほっといて俺達と行こうぜ!」


 ルウの事を貧弱と言われてジゼルの目が怒りですっと細くなった。


「貧弱? お前の目は節穴か?」


「節穴? 何の事か、分らねぇな! とにかく来い……ぶっ!」


 男は言葉を最後まで言う事が出来なかった。

 ルウの拳をいきなり喰らって、軽く10mほど吹っ飛ぶと力なく大地に伏してしまったのだ。


「ははっ、お前の言う貧弱な拳の味はどうかな? 貧弱なりに手加減はしておいたぞ」


 ルウに倒された男はぴくりとも動かない。

 広場に居た人々が野次馬となり、すわ喧嘩かと一斉にルウ達の周りを取り囲む。

 

 倒された男には他に仲間が居たようである。


「や、野郎!」


 いかにもチンピラといった風貌の男が叫ぶと、少し離れた所から駆け寄って、銀の刃が光るナイフを振りかざしルウに襲い掛かろうとしたのだ。

 だがその男に、今度はジゼルの蹴りが一閃する。


「ぎゃぶっ!」


 襲い掛かろうとしたもう1人のチンピラ男はこれも軽く吹っ飛んでのびてしまう。


 ルウやモーラルから魔導拳を教授され、自らも厳しい鍛錬を積んだジゼルは何と男性の騎士10人が1度にかかっても敵わない程の腕になっている。

 相手の魔力波オーラを的確に読み取り、相手の攻撃をことごとかわす事が出来るのだ。

 こんな街の不良やチンピラ如きが束になっても勝てる相手では無いのである。

 だからこそルウも、ジゼルが刃物を持った格下の相手と戦うのを黙って見守っていたのだろう。


「こ、このあまぁ!」


 どうやらチンピラ男達は徒党を組んでいたようだ。

 野次馬の影で様子を見ていた新たな3人の男達がルウ達に迫って行く。

 そんな男達をルウは構えるまでもなく腕組みをして悠然と眺めている。

 ルウがそうする理由は直ぐに分かった。


 ルウと男達の間に小奇麗で、色と形を統一したお揃いの革鎧を着込んだ10人程の男達が割って入ったのである。


「おう! ちょっと待ちな! 街の人に迷惑を掛ける真似はお断りだ!」


「う、うわあっ! て、てめぇはリベルト・アルディーニじゃねぇか!?」


「ははは! 俺も男だから敢えて言うが、ナンパは未だ良い……だがな、嫌がっている女を無理矢理ってのは許せねぇ。それも連れが居る女を無理に連れて行こうなんて言語道断、ふてぇ野郎共だ」


「く、糞っ! てめぇら、鋼商会カリュプスかよ! 聞いてるぜ! 牙を抜かれたお前等が『市民の味方』を気取る自警団になったなんてちゃんちゃら可笑しいや」


 どうやらチンピラの一団はかつて鉄刃団アイエンブレイドに敵対していたグループらしかった。

 この一角は元々、鉄刃団アイエンブレイド縄張りシマなので、ちょっかいを出しに来たらしい。


「馬鹿な奴等だ。鎮圧しろ!」


 リベルトはそんな男の戯言を無表情で聞き流すと手をさっと挙げた。

 その合図で鋼商会カリュプスの面々が襲い掛かり、10対3という事もあり、あっという間にルウ達に絡んでいたチンピラ男達を押さえ込んでしまう。

 ちなみに彼等が使った独特な格闘術は『相談役』である悪魔アモンの直伝である。


 こうして直ぐに大勢が決した。

 リベルトはルウに対して向き直ると嬉しそうに笑いかける。

 ルウも笑顔で応えた。

 

 彼等はこうしてルウの命令通りに自警団を組織して街の『管轄地区』の治安を守っているのだ。

 最初は不安で訝しげに見ていた街の人達もリベルト達が毎日、街の為に実直に働き、真っ当な商売に精を出すのを見て少しずつ見方を変えて来ている。

 彼等が怖れられ、嫌われる事はもうないであろう。


 ルウ達がのばした男達も含めてリベルト達がチンピラ男共を確保した時、やっと衛兵が2人駆けつけて来た。

 やはり広い王都で彼等も人手不足らしい。

 ジゼルは衛兵達を見ると凛とした声で後始末を命じる。


「衛兵! 善良なる鋼商会カリュプスと一緒に街の掃除をしておいたぞ、後は宜しくな」


 ジゼルはあくまで鋼商会は協力者であり、加害者では無い事を強調しているのだ。

 彼女の声に釣られて衛兵達は直立不動となる。


「は! ジ、ジゼル様! フランシスカ様!」


 ジゼルの傍らで微笑むフランは何事も無かったかのように頷くとルウとジゼルを促してこの場を立ち去ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウ達が向う王都の書店通りは商館街の奥に入った中の横道にあった。

 ここは20軒余りの書店が軒を連ね、子供向けの本から大人向けの本までこの大陸の殆どの書物が手に入る場所である


 当然その中には魔導書専門の店もあり、品揃えも充実はしていたが、他の書店で魔導書が全く手に入らないというわけではない。

 寧ろ、古本屋も含めておびただしい本の中から好きな本や掘り出し物を探す楽しみもあり、あえてそのような店で専門書を探すのが好きな者も居た。


 今日のルウ達もそれに近いノリである。


「あそこにしようか?」


 ルウが指差したのは奥まった場所に建つ古ぼけた平屋つくりの書店であった。

 他の書店に客が結構入って賑わっているのにその店はひっそりとしている。


「ええ、良いわ……って、あんなお店、この通りにあったかしら?」


「確かに! ううむ……思い出せない!」


 フランが首を傾げると、ジゼルも同意する。


「まあ、良いじゃあないか。あの店から面白い魔力波オーラを感じるぞ」


 穏やかに微笑むルウに手を引かれ、2人は訝しげな表情をしながら歩き出したのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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