第347話 「夢は大きく」
土曜日の午後8時……屋敷の大広間では食事を終えた皆がいつものように紅茶を啜っていた。
そんな時ナディアが「注目!」と叫び、自分の手の中にあるものを見せる。
「ボク達が明日行く店の手伝いの組み合わせだけど、①から⑦までのクジを作ったからね。さあ、公平に行くよ!」
ナディアは平べったい木の串に数字を書き込んだものを7本作ったらしい。
これは明日、魔道具の店『記憶』に手伝いに行く組み合わせを決める為だ。
「旦那様もちゃんと引いて下さいね」
ナディアに釘を刺されたルウは苦笑する。
確かにルウと一緒かそうではないかが妻達の揉める部分なので、彼もクジを引かないわけにいかないからだ。
ルウはクジを引いた、そして……
翌朝、日曜日午前9時……
朝食を終えたルウ達は店に出かける準備をしようとしていた。
「さあ、行くぞ! 旦那様、早く行こう!」
逸る気持ちを露にして早く店に行こうと催促するジゼル。
「こういう時は本当に悪運が強いというか、『引き』が強いね、君は」
そんなジゼルを呆れたように見詰めるナディアである。
『ライバル』でもあるナディアの視線を受けてジゼルは益々勝ち誇った。
「ははは! 正義は勝つ!」
ジゼルがそのような態度を取るのは昨夜のクジ引きでルウと一緒に店に行く事になったからである。
しかも午前中の手伝いなので、店の手伝いが終わった午後から王都で買い物をしようという話になっていて午後手伝いの組の妻達からは羨ましがられているのだ。
ちなみに――
午前組は10時から午後2時30分までで――ルウ、フラン、ジゼル。
午後組は午後2時から午後6時までで――モーラル、ナディア、オレリー、ジョゼフィーヌ。
といった組み合わせであった。
これに午前組のフランの弟のジョルジュが加わるので計8名の手伝いとなるのだ。
これでは一見午後組が不当なような感じであるが、ルウは今日も店の商品が早くに売り切れ、昨日と同様に早仕舞いするとみていた。
バルバトスがあの後、念話で日曜日に売る商品を土曜日に売った7割の70点に抑えると連絡してきたからである。
そうなると実際に午後組の面々は手伝う時間もずっと短いと踏んでいた。
それでも浮かれるジゼルに対してルウはやんわりと注意する。
「おいおい、ジゼル。今日の買い物は書店に行って授業や研究に必要な魔導書を探すだけだぞ」
「魔導書?」
買い物が書店で魔導書を探すと聞いてきょとんとするジゼル。
先程の話を繰り返すように念を押すのと同時にルウは早仕舞いの事も伝えるのを忘れない。
これは午後組の妻達の不満が少しでも出ないようにする為だ。
「ああ、魔導書だ。この前、書店に行こうと思って行けなかったからな。それに昨日の土曜日、店は早仕舞いをした。実は今日売る商品の点数は昨日よりもずっと少ないんだ。今日も多分早仕舞いだから、午後組の方が多分楽だぞ」
ルウの言葉に「ええっ」という顔になるジゼルだが、それでも彼女の顔は笑顔に変わる。
「私は『楽』という言葉が持つ毒に染まらないようにしたい。常に切磋琢磨するのが私の信条だ」
「だったら、『通し』で店を手伝ったら? ボク、喜んで午後の権利を渡すよ」
さすがにジゼルへの突っ込み所を分っているナディア。
ジゼルの言葉を立てるような言い方で彼女を皮肉ったのだ。
「え!? い、いや! 旦那様のお供をして書店で購入した本を運ぶ役目もある。これも重要な任務だ」
「うふふ、旦那様には魔道具『収納の腕輪』があるじゃあないか。ジゼルの細腕は不要じゃないの?」
「う!」
ナディアに矛盾点を指摘されて言葉に詰まるジゼルにナディアは「あはは」と笑い、手を横に振った。
「御免、御免。意地悪はそれくらいにしておくよ。旦那様と一緒に魔導書探しを楽しんでくれば良いよ。ボクも今度連れて行って貰うから。B級魔法鑑定士の新しい参考書が欲しいんだ」
「B級魔法鑑定士の新しい参考書?」
不思議そうに聞くジゼルにナディアは昨日話した自分の夢を改めてジゼルに語った。
驚いたのはジゼルである。
「そ、それは!?」
「そういえば君はC級魔法鑑定士の資格も持っていなかったね。ほら武道と水属性の攻撃、防御の魔法を磨く事に集中していたから無理もないけど……教師になるのなら考えておいた方が良いよ」
「…………」
考え込んでしまったジゼルにオレリーとジョゼフィーヌが声を掛けた。
「ジゼル姉、私達もまずC魔法鑑定士を目指します。一緒に頑張りましょう」
「そうですわ! 素質の問題はありますけど……夢は目指せ! A級魔法鑑定士ですわ」
「な、成る程! そうだな、私も遅まきながら勉強を始めて資格取得に邁進しよう。それにジョゼ!」
大きな声で名前を呼ばれて何事かと首を傾げるジョゼフィーヌ。
「駄目だ! 大きい夢を持つのなら、旦那様と同じS級鑑定士を目指そうではないか? これでナディアにも完全に勝てるというものだ!」
「ああっ! どさくさに紛れて! 折角忠告したボクに砂をかけるような言い方をして!」
「ははは、お前の野望は常に私が打ち砕く!」
そんな2人のやりとりを見た他の者は可笑しそうに笑い出す。
2人はこのような掛け合い漫才をする事こそお互いに分かり合えている証拠だからだ。
「うふふ……じゃあ全員でS級魔法鑑定士を目指しましょうか? 夢は大きく! その通りにね」
フランが提案するとその場の全員が満足したように頷いた。
1人であればこんな気持ちにはならないだろうとフランは考える。
辛い事を乗り越える時に力を貸してくれる夫や他の妻達が本当にありがたい。
楽しい事をこうして共有出来る事も幸せだ。
気付くとルウがフランを見て大きく頷いている。
まさにフランの考えている通りだと言うように……
「さあ、そろそろ時間だ。午前組は俺の転移魔法で店まで移動するぞ。支度をして来い」
「「はいっ!」」
「午後組はそれまで身体を休めていろ。モーラルの指示で後から来てくれ。気をつけてな」
ルウはそこまでいうと目を閉じてゆっくりと妻達が支度をするのを待ったのであった。
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