第335話 「我儘な抗議」
ポレット・ビュケは思わずルウ達に近付いて行った。
その顔は自分1人が疎外されたという思いからか辛そうに歪んでいる。
「あ! ポレット!」
いち早く同級生であるポレットに声を掛けたのはA組の学級委員長であるマノン・カルリエである。
しかしポレットは彼女を無視し、真っ直ぐにルウの所へやって来た。
傍らにはフランとアドリーヌも座っている。
「どうしてですか!?」
ポレットは唐突にルウへ喰ってかかった。
自分が今回の試験において不合格なのが納得行かないので、理由の説明をして欲しいという意味である。
そんなポレットに対してルウの表情は穏やかなまま変わらない。
「2年A組のポレットか。何か話があるのなら聞くが、まず少しは落ち着いたらどうだ?」
「落ち着いてなどいられ『鎮静!』ません……」
大きな声で抗議しようとしたポレットの声のトーンが落ち、彼女は大きな溜息を吐いた。
ルウが軽度の鎮静魔法を発動したのだ。
無詠唱な上に魔力波も抑え目であるから、一見ルウがポレットを宥めて、彼女が落ち着いたように見える。
脱力したポレットを見ながら、ルウはフランに念話を送った。
『フラン……ポレットは俺の授業の入室試験に不合格となって自棄になっているのだ。悪いが校長室へ連れて行ってくれないか。あくまでも自然に……な』
『分ったわ、旦那様。任せてちょうだい』
周りの生徒への影響も考えて、念話で指示をしながらタイミングを計ってフランに目で合図をしたルウ。
フランも軽く頷いて立ち上がったのである。
「さあ、ポレット・ビュケさん。少し校長室でお話しましょう。ルウ先生も一緒に来て下さい。皆さんはこのまま昼食を摂っていて構いません。アドリーヌ先生、後はお願いしますよ」
本当はアドリーヌも同行したいという気持ちが顔に表れていたのだが、フランに先手を打たれて残念な表情に変わったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園校長室、金曜日12時50分……
「じゃあ、私は午後1時から授業があるから先に行きます。A組担任のクロティルド先生にはちゃんと説明しておきますからルウ先生、ポレットさんをしっかりケアしてあげて下さいね」
フランは片目を瞑ると手を振り、ドアを開けて出て行った。
後に残されたのはルウとポレットである。
「あうう……」
ポレットは落ち着いたのは良いが、そんな自分が悲しくなったのか涙ぐんでいる。
そんなポレットにルウは相変わらず穏やかな表情で声を掛ける。
「どうした? 悲しいのか? ポレット」
「だ、だって! 私……貴方に何故駄目って思われたか自分で分らないのですもの」
やはりポレットはルウが何を理由に自分を不合格にしたか理解出来ていないようだ。
本来ならそのような説明を教師は行わない。
但しルウは今回は彼女に納得して欲しかった。
元々、不合格者を出したくなかったという思いもあったからである。
「そうか……じゃあ落ち着いて聞いてくれよ」
ルウがそう言うと先程の魔法の効果もあってポレットは何とか頷いた。
「俺が今回判断したのは試験の内容だけじゃない、科目に取り組む姿勢だ。その上で俺の授業をどうしても受けたいという気持ちも必要だったな」
「姿勢!? 気持ち!? 私にそれが足りなかったと言うのですか?」
ルウが説明してもやはりポレットは納得しないようである。
「今回の定員は35名……受験したのは41名だ。お前はその35番目迄には入れなかったという事だ」
「ぐ、具体的に! もっと具体的に説明して下さい!」
具体的に指摘してくれと食い下がるポレットにルウは事実を述べる事にした。
「まず俺の体験授業の出席率だ。お前は1回も出席していないな」
「…………」
「後は面接の際の態度だ。お前は俺と一度も視線を合わそうとせずに余所見ばかりしていたな。質問に対しての答えも俺から見ればやる気があるものとは思えなかった。これはアドリーヌ先生も同意見だ」
「…………」
ルウが事実を指摘するとポレットはさすがに黙ってしまう。
そこでルウは少しフォローをしてやる。
「実技と筆記の両試験はそこそこだったから、俺はとても勿体無いと思った。お前は自分自身で合格を手放してしまったのさ」
「……私はそうは思いません! 納得行きません!」
しかしポレットは自分に都合の良いように解釈して不合格を認めない。
「ポレット……評価というのは自分で自分に下すものじゃない。辛いかもしれないが基本的には他人が下すものなんだ。例えばだ、ある生徒は2年C組でもないのに普段の俺の授業のノートを借りて勉強していたらしいぞ」
「そんな事、私には関係ありません! それに体験授業に出れば良かったとか、面接の時の態度が悪いとかって最初から言ってくれれば、もしくはその場で注意してくれれば……ずるいですよ! 先生は不親切過ぎます!」
正論も受け入れず、無茶な事も言い始めるポレット。
こうなると彼女は完全に駄々っ子であった。
「お前の周りは優しい人ばかりだったんだな。だけどこれからはそうじゃないぞ、ポレット」
感情的になっているポレットに正論を言っても無駄だと思ったルウは優しく言い聞かせる。
「…………」
ポレットはまた黙り込んでしまったがルウは彼女にこの先どんな夢や希望があるのか聞いて見ることにする。
「お前は魔法女子学園を卒業して将来どのような職業に就きたいんだ?」
「特に決めていません!」
しかしポレットは未だ頑なであった。
正直、彼女は将来の事を余り考えていないらしい。
ただ、その日その日を流されるままに生きて来たのであろう。
そこでルウは手を差し伸べる事にしたのである。
「じゃあ、お前が将来何になりたいか、俺と一緒に考えようか?」
「え?」
意外な提案に吃驚するポレット。
今迄、ここまで付き合って彼女の話を聞いてくれる教師は居なかったのだ。
「お前は可愛い女の子だし、家柄も良くて嫁ぎ先は引く手数多だろう。卒業して直ぐ結婚という予定なのか?」
「か、可愛いですって!? そんなぁ! 私は自分がそれほど可愛いなんて思っていません! 先生の周りには可愛い子が一杯居るじゃあないですか! それに結婚の予定なんかありませんもの。ただ父は直ぐ結婚して欲しいみたいですけど」
頬を赧く染め、口を尖らせてむきになって反論するポレット。
そんなポレットに対してルウは笑顔を返したのであった。
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