第320話 「嘘も方便」
申し訳ありませんが、鉄刃団の首領の名前変更しました。
ジュリアン・アルディーニ
⇒リベルト・アルディーニ
ルウと妻達はマルグリット・アルトナーと共に店内を見て回っている。
マルグリットは感慨深そうに視線を走らせていた。
「この内装は本当に昔のままです。でも……私が店をやっていたのはもう10年以上前なのに良く分りましたね」
不思議そうに尋ねるマルグリットに対してさりげなくスルーするルウである。
「ははっ、細かい事は良いじゃあないか。それより貴女に頼みがあるんだ」
「ルウ様、頼みとは何でしょうか?」
ルウが頼み話だと切り出すとマルグリットは、この孫のような青年から何を言われるのかと首を傾げた。
傍らで見守っていたバルバトスがルウとフラン、そしてマルグリットに対して店の隅に設置された肘掛付き長椅子を勧める。
残りの妻達は引き続き、魔道具を見て回っていた。
どうやらマルグリット以外は皆が承知をしている案件らしい。
3人が腰掛けてから、ルウの口から話の続きが語られる。
「ああ、実はウチの屋敷で料理、掃除、洗濯などの家事の手伝いや雑務をやってくれる使用人が足りないのさ。俺と嫁は皆、魔法使いなんだけれども昼間は仕事や学校に通っていて殆ど屋敷に居ない。急なお願いで申し訳ないけど婆ちゃんさえよければ他の使用人同様、住み込みで引き受けてくれないかな?」
「ば、婆ちゃん?」
婆ちゃんと呼ばれたマルグリットは一瞬、驚いた様子であったが、直ぐその表情は笑顔に変わった。
それを見たルウは頭を掻く。
少しバツが悪いようだ。
「ははっ、悪い。つい気安く呼んでしまった」
ルウの謝罪を聞いたマルグリットは顔をゆっくりと横に振った。
表情は笑顔のままである。
「いや……私の事を婆ちゃんなんて呼ぶ人が全く居なかったから……嬉しいですよ。これからもどんどん呼んで欲しいです」
「これからもって、じゃあ!?」
ルウが嬉しそうな表情をすると、それ以上に満面の笑みを浮かべたのはマルグリットである。
「ええ、喜んでお引き受けさせて頂きます。というかルウ様、貴方は私の命の恩人じゃないですか。恩返しでぜひこちらからお願いしたいと思っていたんですよ」
こんな年寄りではしっかりと働くのに限度がありますが……と話すマルグリットに対してルウから勤務条件と待遇が提示された。
基本は個室の住み込みで3食付き。
休みはアルフレッドやアリスと交代で週1日。
業務は料理、掃除、洗濯、お使いなどの雑務。
そしてもし希望があればだが、夫との思い出のあるこの店の従業員としてもたまに働けるという。
ちなみに月給は手取りで金貨20枚である。
今迄、月に金貨数枚でひっそりと暮らして来たマルグリットからすればまるで天国のような好条件であった。
「そ、そんな! とんでもない事です! こんな条件では!」
「ははっ、金貨20枚だと安過ぎるかな? でも賞与も出すし、おいおい上げるから許してくれない?」
「逆です! 高過ぎます!」
必死で手を横に振るマルグリットを見てルウは何か思い出したとばかりに、はたと手を叩いた。
それを見たマルグリットが何だろうと、不安そうな表情を見せる。
しかし今度はルウが笑顔で手を横に振った。
「ははっ、大切な仕事を頼むのを忘れていたよ。婆ちゃんには悪いがフランを始めとしたウチの嫁達の話し相手になって欲しいんだ。女性同士でそれも魔法使いの先輩の貴女になら俺に言えない事も相談出来そうじゃないか」
ルウの言葉を聞いたマルグリットはあっと言う間に顔をくしゃくしゃにして涙を浮かべている。
そして何度も何度も頷いていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フラン達、妻は改めてマルグリットに挨拶をすると、モーラルの御するブランデル家の馬車でひと足に屋敷に戻って行った。
残っているのはルウにマルグリット、リベルト、そしてこの店の新たな店主となるバルバトスである。
「じゃあ婆ちゃん。俺は次の用事があるので別の場所に向う……さっき貴女の引越しの為に別の馬車を呼んだから、前に住んでいた家に荷物を取りに行ってくれ。一応バルバを付けるから引越しを手伝って貰うと良い。ただベッドや箪笥などの家具はもう用意してあるから大丈夫だ」
「何から何までありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて今日からお世話になりますね」
「皆、大歓迎さ。それと……」
傍らに立っていた鉄刃団の元首領であるリベルトにルウは目で合図を送る。
ルウに促されたリベルトは改めてマルグリットに頭を下げたのだ。
「マルグリットさん、重ね重ねだが……本当に申し訳なかった」
「…………」
しかしマルグリットは無言である。
やはり鉄刃団に対する蟠りがあるのだろう。
そこでルウがフォローを入れる。
「婆ちゃん、この男は、根は良い奴なんだ。俺が今回の訳を話したら直ぐに分かってくれたし、この店を昔のようにして貴女を待とうと言ったのは彼なんだよ」
「ええっ、本当ですか!? 店を元通りにするって、この方が?」
ルウの言葉に驚くマルグリットだが、同じくらい驚いたのがリベルトである。
自分にはそのような事が全く身に覚えはなかったのだから。
「なっ!? い、痛てっ!」
驚いたリベルトだが思わず顔を顰める。
ルウが足でリベルトの脛を蹴ったのだ。
痛みに呻くリベルトの代わりにルウが言葉を続ける。
「本当さ。彼は婆ちゃんの為に生まれ変わると言っている」
散々悪事を働いたリベルトが自分の事をきっかけに更生する。
店の事に加え、それはマルグリットにとってはまた違う歓びとなった。
「ありがとう、リベルトさん。この店を見て元気が出たから、私もルウ様の下で気持ち良く働ける。貴方も真面目に働くのよ、どうか頑張ってね」
「は、は、はいっ!」
リベルトはマルグリットからの礼と励ましの言葉を聞いてとても嬉しくなった。
例えささやかな嘘が原因の誤解とはいえ、人に感謝されるという事がどれほど生きがいになるか実感したからである。
そんなリベルトを見てルウは微笑むと改めて出発を告げた。
「婆ちゃん。じゃあ、俺行くよ。これから彼等、鉄刃団の更生の手伝いをするんだ」
「ああ、お気をつけて行ってらっしゃい。ルウ様の好物を聞いて私が腕によりをかけて料理をお作りしてお待ちしておりますよ」
目の前から手を振って去って行くルウとリベルト。
彼等のおかげで幸せな暮らしとやりがいのある仕事、そして大勢の家族が出来たのである。
マルグリットは亡き夫の言葉を思い出して、もう1度人生を楽しんでみようと心に決めていたのであった。
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