第311話 「楽しみな夏」
オセの『夢』を聞いていたバルバトスがそこで口を挟む。
真面目なバルバトスから見れば軽く見えるオセは危なっかしくてしようがないのだ。
「調子に乗ってやたらに変身していればお前が人外であると吹聴しているのと同じではないか?」
「うはは、何を言っている。人間の役者は役柄により衣装や化粧で別人になりきるというじゃないか。俺はその際に変身を少し使うだけさ。そりゃバルバトスの言う通り何にでも変身していたら直ぐにあいつは人間じゃないって言われてしまうよ」
思ったより分別のあるオセの言葉にバルバトスはホッとしたようだ。
「わ、分っているのなら良い!」
思わず噛んで同意するバルバトスを見て今度はオセがにやっと笑う。
「バルバトス、お前こそ情に絆されて無料で魔道具をばら撒いたりすれば、衛兵隊が怪しい店だと感づいて踏み込んでくるぜ。そうしたらルウ様にも大変なご迷惑がかかるんだ」
そのように言われたバルバトスは真っ直ぐにオセを見詰めた。
彼の目は確固とした決意に満ち溢れている。
「それこそ分っておるわ。今回はルウ様にしっかりと相談しながら店をやって行く事に決めている」
「うはは、それなら良いけどよ」
先程、バルバトスに窘められたお返しであろう。
オセはバルバトスが『暴走』しないか問い質したのだ。
ルウはそんな2人の会話を面白そうに聞いている。
オセは話がひと区切りついたのでルウに了解を貰いエールのお代わりを頼む。
そしてバルバトスに片目を瞑ると彼に改めての乾杯を促したのだ。
間も無くエールが運ばれて来て2人は乾杯する。
それは新たな2人の再出発の祝いの杯であった。
暫くしてバルバトスとオセの話がまた弾んで来たので彼等の傍らを離れてルウはフランやモーラルと話し込んでいる。
話の内容は今後の予定や、来週以降やらなくてはいけない事に関してのようだ。
「今日の午後だが俺はバルバトスの店舗探しに付き合うつもりだ。王都の散策も兼ねてな」
「ぴったりのお店が見付かると良いですね。私達はどうすれば良いですか?」
ルウがバルバトスに付き合って店舗探しをする旨を話すとフラン達は頷きながら同行したそうな表情をしている。
そこでルウは2人を誘ってみる事にした。
「ははっ、2人共一緒に行きたいのだろう?」
「「はいっ!」」
案の定、ルウに誘われたフランとモーラルは大きな声で返事をしてぜひ連れて行って欲しいとアピールした。
「じゃあ俺も余り遅くまでは付き合わずに正味2時間、すなわち午後3時までにしよう。その後に王都の書店に寄って魔導書でも見てから帰ろうと思うが、どうかな?」
「それって、とてもベストな選択ですよ。旦那様、私は書店も付き合います」
「私もです!」
「ようし、そうと決まれば残念だが昼間からあまり飲む事は出来ないな。ここのエールはとびきり美味いから残念だがな」
嬉しそうに頷くフランとモーラルにルウは話を続けた。
「俺達3人の冒険者登録に関してはアデライド母さんからエドモン様に連絡を入れて貰っている。相手の都合がつけばバートランドに行こうと思う」
「大伯父様も喜びますわ」
フランが笑顔を向けるとモーラルはルウに移動方法を問う。
「旦那様……バートランドへは?」
「ああ、モーラル。当然転移魔法で行くつもりさ。本当はゆっくり旅をしたいがそれは夏休みにとっておこう」
ルウの口から出た意外な言葉にフランは驚いた。
「旅行? 夏休みに旅行に連れて行ってくださるのですか?」
「ああ、バートランドか、景色が綺麗で食事が美味いという港町シーメリアンか。皆で相談しよう。それにリーリャの事もあるからロドニアにも行きたいな」
ルウがあっさり肯定するとフランが目を輝かせる。
「楽しみです。ロドニアに行くのも今度は旦那様がいらっしゃれば安心です」
「ははっ、万が一あの時の敵が出てくれば何倍にもしてお返ししてやろうって顔だぞ、フラン」
「うふふ、さすがにお見通しですね。今度はモーラルちゃんも居るし、メッタメタにしてあげますよ」
「メッタメタか? それは良い」
3人で笑った後で最後に話題となったのが魔法女子学園の専門科目の件だ。
カサンドラ・ボワデフルの申し出とアデライドの判断で状況は大きく変わっている。
「専門科目の入室試験だが、魔法攻撃術は俺とシンディ先生のクラスでどちらも満枠。上級召喚術に関しては俺のクラスだけになったから、やり方を大幅に変えて月曜に発表したいと思う。具体的な相談は今夜フランとやろう」
相談しようと言われたフランは悪戯っぽく笑う。
ルウのクラスの志望者全員が学べると知ったらオレリー達は何と言うであろうか?
「オレリー達には未だ内緒ですものね」
フランが念押しするように言う。
「ああ、いくらオレリー達が身内の妻とはいえここは公平に行きたいからな。月曜日の発表の際に試験の内容も含めて明かすつもりさ」
皆の話が弾んでいると厨房から店主のダレン・バッカスが現れた。
調理に忙しい中、ルウ達の顔が見たくなったらしい。
「おう! えらく遅くなっちまったが、お前達に礼を言おうと思っていたんだよ」
いきなり礼を言われたルウは首を傾げる。
「礼? ダレンさんに礼を言われる事なんかあったかな?」
「馬鹿いっちゃいけねぇ。エミリーだよ、エミリー! それと楓村の事もだ」
ルウとモーラルがシンディ・ライアンの息子ジョナサンを助けた時に楓村も同時に救う事になり、それが元でジョナサンは楓村の少女エミリーと巡り会って婚約した。
ダレンは村長のアンセルム・バッカスの兄でアンセルムの孫娘であるエミリーにとっては大伯父にあたるのだ。※第169話~187話参照
「エミリーを幸せにしてくれて、楓村も救ってくれた。その上、なんとエミリーの相手はアルバート・ライアン卿の孫だっていうじゃあないか。俺は本当に嬉しくてよ」
よく見るといかついダレンの表情は緩み、目には涙が光っている。
「エミリーの父親は俺の甥なんだが……俺に似て馬鹿で不器用な男でよ。とりあえず奴になりかわって俺が礼を言うぜ。本当にありがとう!」
ダレンが深々と頭を下げるとルウが「とんでもない」と返す。
「ダレンさん、元々俺が学園の先輩教師であるシンディさんに息子であるジョナサンの相談をされたのがきっかけなんだ。たまたまだよ」
「ははは、謙遜するな。お前とそこのモーラル嬢ちゃんは獅子奮迅の活躍だったそうじゃないか? 話は詳しく聞いたが、俺の弟のアンセルムだけだったら楓村は本当にやばかったぜ」
ダレンは村の誰かから詳細を聞いたらしくその時の事を思い浮かべたのであろうか、自らのごつい拳をきつく握り締めている。
しかしモーラルはゆっくりと首を横に振った。
「私達は所詮助っ人です。それ以上に村の方々は皆、全力で戦って下さいました。これは全員で勝ち取った勝利ですよ、ダレンさん」
モーラルはそう言い、決して自分達だけが戦ったわけではないと強調する。
楓村を守ったのは結局は村人なのだと。
「嬉しい事を言ってくれるねぇ、モーラル嬢ちゃん。さあ今日はサービスだ。飲め、食え!」
ダレンが例によってサービス宣言をするとルウが彼の顔も立てた上で機転を利かせた。
「ありがとう! じゃあ今日はご馳走になろう。だが次回は俺の仕切りでエミリーとジョナサンにあの時戦った俺の従士も入れてここで婚約記念パーティをしよう。当然、他の妻達も連れて来る」
ルウの提案にダレンも破顔する。
「おお、俺の店で祝いの宴か! そりゃ嬉しいな、宜しく頼むよ」
「じゃあとりあえず乾杯しようか? ダレンさん」
ルウの呼び掛けでもう1回、乾杯が為され英雄亭には喜びの声が満ちたのであった。
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