第310話 「オセの夢」
馬車でキングスレー商会に戻ったルウ達は案内して貰ったキングスレー商会の不動産部所属のアンジェロ・バンデーラに礼を言う。
今回は残念ながら成約しなかったわけだが、アンジェロはさほど不満そうな様子は見せていない。
ルウ達がキングスレー商会の上得意である事を支店長のマルコ・フォンティから聞いているのと、普段の成約率もそれほど高くないのであろう。
「ありがとう、今日は助かったよ」
ルウの言葉にアンジェロは嬉しそうに笑う。
何となくだが彼もルウ達に好意を持ったようである。
「いいえ~、ルウ様。アンジェロちゃんは全然構いません! ぜひまた来てくださ~い」
「ははっ、マルコにも宜しくな。また頼むよ」
「私はもう会いたくないな……」
そんなアンジェロに聞えないようにバルバトスは密かに口の中で呟いたのであった。
名残惜しそうに店の前で手を振るアンジェロに別れを告げてルウ達は中央広場に向って歩いて行く。
午前中一杯物件を見て、現在の時間は午後12時前……いつもの事ながら中央広場は様々な店で昼食を摂ろうとする人達でとても混雑していた。
「久々に英雄亭に行ってみようか?」
「え! あの料理の美味しい店ね! ぜひ行きたいわ!」
ルウが英雄亭に誘うとフランがすかさず反応した。
悪戯っぽく首を傾げて微笑むフランは初めて英雄亭に行った時の事を思い出したようだ。
「ふふふ、あの店がとても料理の美味しい店なのには吃驚したわ。でもそれ以上に驚いたのは旦那様がワンちゃんみたいにそれを鼻で嗅ぎ当てた事ね」
「ははっ、そういえばそうだったな。ダレンさんは元気にしているかな?」
先頭を歩きながら、ルウとフランの会話を聞いていたオセがおどけた様子で言う。
「うはは、普段美味い食事に慣れた奥方様みたいな人がそんなに喜ぶんじゃ、よほどすんげえ店なんだな」
そんなオセの言葉にフランは澄まし顔で答えた。
「さてどうかしら? オセさんの口に合うかどうかは行ってからのお楽しみね」
キングスレー商会に居る時からオセの軽口には辟易していたのであろう。
顰め面をしたバルバトスがオセを睨みつけた。
「オセ……ルウ様に連れて行って頂く店に文句などを言ったら私が許さんぞ」
「うはは! 言わないよ、そんな事。相変わらずバルバトスは真面目だな」
肩を竦めて口笛を吹いたオセ。
怖ろしい悪魔同士の会話とは思えない内容にフランは思わず吹き出しそうになったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いらっしゃいませぇ、あらあ、久し振りだねぇ!」
メイド姿の少女=ニーナが以前に来店したルウとフラン、そしてモーラルの姿を認め、嬉しそうに手を振った。
「ええと今日は5人だな」
ルウが片手を挙げて人数を告げるとニーナはにっこり笑って頷いた。
「はぁ~い。かしこまりましたぁ、5名様ご案内!」
ニーナの舌足らずな喋り方に誘われて、ルウ達は奥の席に案内される。
ルウはすかさずエールを5つ頼むと間を置かずにキンキンに冷えた大ジョッキが運ばれて来た。
「うはは! こりゃ美味そうだ。こんなに冷えたエールなんぞ飲んだ事がねぇや」
舌なめずりして、はしゃぐオセを宥めたルウは乾杯の音頭をとる。
「今日はバルバトスの店の開店前祝だ。未だ店舗は決まっていないが、必ず良い物が見付かるさ、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
ぐいっとエールを飲み干したバルバトスはルウに深く頭を下げる。
どうやら店舗物件が決まらなかった事に対して気に病んでいるようだ。
「ルウ様、申し訳ありません。どうもあのアンジェロという男が私には気に入らなくて……物件自体は決して悪くはなかったのですが」
「ははっ、そんな事だと思っていたよ。だがあのアンジェロも外見はああだが、決して悪い男じゃないと俺は思うがな」
「……それは確かに。悪魔の私が言うのは何ですが、あの男は決して悪人ではないでしょう。ただいかにも軽薄そうで私とは生理的に合わないだけです」
「まあ、そう決め付けるな。悪魔もそうだろうが、人間は色々な顔を持っているものだ。今日のアンジェロは仕事モードの顔さ」
「分りました。ルウ様がそう仰るなら今後は人間を理解する努力を致します」
ルウの説得にやっと納得したバルバトス。
やはり彼は真面目で頑固な男なのだ。
一方のオセ。
料理が運ばれ、お代わりのエールに口をつける頃になると彼は更に饒舌になっている。
「ルウ様! 俺には夢があるんですよぉ! まあ飲んでくださいってば」
杯を乾すように求められたルウが一気に飲み干してみせるとオセは満面の笑みを見せる。
対照的にそれを見守るバルバトスは苦虫を噛み潰したような表情だ。
バルバトスにまあまあと目配せするルウ。
それがなければ今頃はバルバトスの怒りが炸裂していたのに違いなかった。
「俺の能力はご存知ですよね!」
オセの声がひと際大きくなる。
しかしルウはオセを敢えて止めなかった。
英雄亭でルウ達が座っているのが1番奥の席なのに加えて周囲に他の客が居ないせいである。
「ああ、お前自身は勿論、人をあらゆる者に変身させる能力だな」
ルウが指摘するとオセは嬉しそうに親指を立てた。
「その通り! さすがルウ様だ。よ~く分っていらっしゃる!」
「ははっ、お前はその能力を使って夢を叶えるのだな」
「そうなんです! 人間の世界には『芝居』ってものがあるのはご存知でしょう?」
ルウに話を振るオセはルウを試すように聞いて来る。
そんなオセの問いにルウは何回か頷くと直ぐに答えてやった。
「ああ、簡単に言うといろいろな役者達が演じる架空の物語の事だな」
「ルウ様、さすが、当りで~す! 俺はどんな者にも変身が出来る! だが魔界ではそれは余り生かせない。しかし人間の世界には様々な芝居があり、どのような人間にもなりきる事が出来るのですよ……俺の言いたい事が分りますか、ルウ様」
問い掛けるオセの眼差しは熱っぽくルウを見詰めている。
「分るよ、お前は人間の世界で役者になってみたいのだな」
ルウが答えるとオセは破顔一笑し、大きく頷いたのであった。
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