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第197話 「王女対策①」

 朝、学園に向う馬車の中でルウは大事な話を妻達に切り出した。

 バルバトスからの報告でロドニアのリーリャ王女がとうとう出発するという情報だ。

 その話を聞いたフランが怪訝な表情を浮かべた。


「それって出発の連絡がこちらに報されないって事ですよね。どういうつもりかしら?」


「こちらもロドニアの意図を分って受け入れる事をあちらは充分に理解している。元々、両国間に信頼関係など無いのさ。下手にこちらに報せて妨害工作でもされたらかなわないと思っているのだろう」


 ルウがロドニアの意図を解説すると妻達から大きな溜息が洩れた。

 最初からこのような事では先が思いやられるという気持ちが全員にぎったのである。


「どちらにしても出勤したらアデライド母さんに直ぐ報告して対策を練ろう。皆には改めて話すが、異形の魔物を使役する正体不明の上級魔法使いハイウイザードが暗躍しているという情報もある。気をしっかり引き締めて注意するんだ。でも心配するな。お前達と俺とは魂同士で繋がっている。俺の名を呼べば直ぐに助けに行くからな」


 不安な面持ちであった妻達がルウの話を聞く内に安堵の表情を見せる。

 そしてフランも皆にきっぱりと告げたのだ。


「旦那様にやっていただいたこれまでの鍛錬が何の為なのか、改めて分ったでしょう。引き続き皆で切磋琢磨しましょう」


「そうだぞ、フラン姉の仰る通りだ。私達は最高の師匠に修行をつけて貰って結果も出て来ている。皆で団結すればどんな困難な局面も乗り切れるのだ」


 ジゼルが妻達を叱咤激励すると妻達は全員、ルウを見詰めて力強く頷いたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔法女子学園理事長室、午前7時30分……


 ルウは先程馬車で話したリーリャ王女出発の件を魔法女子学園理事長のアデライド・ドゥメール伯爵に報告していた。


「そう、王女が出発する事をやはり一切連絡しないつもりなのね。……困ったものだわ」


 アデライドの言う事は最もである。

 これは国対国のやりとりなのだ。

 国賓を迎える準備をした上で、警護の為に国境まで騎士隊を出す必要もある。


「ロドニアの騎士団もこちらの騎士隊の力を全く信用していないのでしょうね」


 ルウが肩を竦めて言うとアデライドも顔をしかめる。


「確かに精強を誇る彼等ロドニア騎士団に比べればヴァレンタインの騎士は弱いと見られているのでしょうけど……そのような問題じゃないし、本当に失礼な話だわ」


 悪いけど……とアデライドがルウを見て悪戯っぽく笑う。


「常識外れの方々にはこちらも常識外れの人をぶつけないとね」


 それを聞いたフランが頬を膨らませる。


「それって、旦那様が常識外れって事? お母様」


「ふふふ。怒らないの、フラン。褒めているんだから」


 アデライドは表情を引き締めるとルウに頭を下げたのだ。


「今回は貴方に頼ってしまう事になりそうね。貴方が居なかったら王女が出発した事さえ分らなかったんだから」


 ロドニアの王都ロフスキには当然ヴァレンタイン王国の間諜は潜入しており、出発の事は掴んでいるだろうが、伝書鳩を放っても情報が入るまで最低でも数日以上は掛かってしまうだろうから、ルウが居なければ後手後手となり、最後には打つ手無しの結果になるのは火を見るより明らかである。

 アデライドは今回の件で改めてルウの実力を認識したのだ。


「今回は私の名代としての肩書きを与えるわ。理事長である私も含めて遠慮しないでどんどん指示をしてちょうだい。バリバリ働くから!」


 アデライドの言葉にルウは「分かった」と頷いたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウは理事長室にケルトゥリ・エイルトヴァーラとシンディ・ライアンを呼んで貰い、リーリャ王女がロドニアを出発した事を伝えた。

 とりあえず5人で情報を共有し、魔法女子学園としての対策を考えるのと同時に、こちらの騎士隊にこの事をいつ伝え、どう対応するのかを考える事になったのである。


「私は緊急会議の手配をして学園内で職員に上手く伝えて対応を協議する用意をします。当然理事長達にも同席して頂きますよ」


 ケルトゥリはこれから対策を考えますと言い放ち、考え込む。

 一方シンディは騎士隊への報告と相談の仲介を頼む事になった。

 夫キャルヴィン・ライアン伯爵は王都騎士隊の隊長を務めているからである。


「私は夫のキャルヴィンと相談します。但し、ルウ君にも同席して欲しいわ」


「シンディ先生、王家に彼の事は内緒に……」


 フランが念を押すとシンディは苦笑して「大丈夫」と答えた。

 学園には内緒にしているが、先日ルウに世話になった息子ジョナサンの事もあり、ライアン伯爵夫妻はあれ以来、彼に対して並々ならぬ恩義を感じているのである。


「じゃあ、学園や王宮では目立つから別の場所が良いわよね」


 そんなシンディに、ルウは本日午後6時くらいに自分の屋敷でどうかと持ちかけた。

 更にキャルヴィンの上席であり、ジゼルの父でもあるレオナール・カルパンティエ公爵にも打ち合せに入って貰った方が良いとも勧めたのである。

 確かにアデライドやケルトゥリも参加しての話し合いなら場所的にルウの屋敷が便利なのだ。


「分かったわ。でも、どうするの? 夫や公爵閣下への連絡は」


「俺が行きましょう。シンディ先生が行くと王宮では目立つから」


 シンディはルウの言葉を聞いて苦笑した。

 この前もルウに頼んでしまったが、シンディが元は騎士とはいえ、確かに妻が夫の職場にわざわざ行けば目立つのは間違いが無い。


「その代わり、申し訳ないですが今日の魔法武道部の指導はまた宜しくお願いします」


 あちらを立てればこちらが立たず……

 最近、多忙で碌に魔法武道部の指導に出られないルウは申し訳無さそうにシンディに頭を下げたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ヴァレンタイン王国王宮内王都騎士隊隊長室、午後3時30分……


 ルウはこの日授業が終わると、直ぐに転移魔法で学園付近から王宮の傍に移動した。

 シンディの夫キャルヴィン・ライアン伯爵を訪ねる為である。

 騎士隊を訪ねたルウは直ぐにライアンの下に通された。

 ルウが来訪した場合、よほど多忙でなければ即、部屋に通すようにキャルヴィンが隊の騎士達に徹底してあるのだ。

 隊長室へ通され、簡単な挨拶をしたルウは、キャルヴィンから座るように勧められて肘掛付き長椅子ソファに腰を落とす。

 ルウは、さりげなくジョナサンの近況を聞く。


「ああ、あれから息子は元気に学校に通っている。あのエミリー嬢もとても良い娘で私や妻も大変気に入っている。全て君のお陰だ。で、今日は何の用だね」


 ルウが勤務中の自分をわざわざ訪ねて来たのは何か特別な理由がある筈だ。

 さすがにキャルヴィンは凡庸ではない。


「ええ、実は――」


 ルウがバートランド大公エドモン・ドゥメールから、ロドニア王国リーリャ王女留学の件で詳細な情報を得た事を聞くとキャルヴィンは驚いた。

 いくら親族とはいえ、エドモンから魔法女子学園の教師へ連絡が行くのは筋が違うのである。

 本来は王国で学校全体を統括する文化省という役所から連絡をして対策を練るべき案件なのだ。

 キャルヴィンは怠惰な役人への怒りを抑えながら、ルウにもう1度聞き直した。


「むう! 妻からは報告を受けて学園に伝わっているとは認識していたが、今回の件は文化省の方から連絡が行ったんじゃあないのか?」


 そんなキャルヴィンに対してルウは首を横に振った。


「いいえ、少なくとも理事長や校長からは、そんな話を聞いていませんね。文化省の役人という方も見かけていませんし」


「あ、あいつら! い、いや、済まん。ついうっかりカッとしてしまった。それで今日来たのはその件で何か情報があるのかね」


 ルウは更に話を続けた。

 当然、情報の入手先は秘密と言う条件付だ。


「何!? もうリーリャ王女はロドニアの王都ロフスキを出発しただと!」


「はい、今日出発したから2週間後にはこのセントヘレナに到着するでしょう。先方は敢えてこちらに連絡しないつもりですよ」


 それを聞いたキャルヴィンは腕組みをして考え込んでしまう。


「今夜、お時間がおありなら、俺を含めて理事長など学園関係者や現場の生徒で打合せをしましょう。ご都合は如何です?」


 ルウに聞かれたキャルヴィンは「分かった」と頷いた。

 彼にしてみればこの案件は他に用事があっても優先しなければならないものだったのである。


「カルパンティエの親父さんにもお声掛けしましょう」


「そうだな……って閣下を親父呼ばわりか」


 一瞬驚いたキャルヴィンであったが、よくよく考えてみればルウは公爵の娘ジゼルの夫でもあったのだ。

 多分、公爵本人に気安く呼ぶ事を許されているのであろう。


 キャルヴィンは苦笑しながら、この底知れない黒髪の男をまじまじと見詰めたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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