第196話 「新たな朝」
ルウ・ブランデル邸翌朝(月曜日)午前5時……
遠くで鳥達の鳴く声を耳にしてルウは目を覚ました。
まだ外は陽が昇りかけている最中でほんのりと明るい。
傍らにはオレリーが昨夜の疲れもあって眠っていた。
オレリーの髪は栗色のストレートヘアーだ。
暫く眺めていると、その気配を感じたのかオレリーが目をゆっくりと開ける。
「お早う、オレリー」
「お早うございます、旦那様……私……昨夜」
オレリーはそう言い掛けて黙ってしまう。
内気な彼女は口に出すのも少し恥ずかしいようだ。
「そうさ、俺の女になったんだ」
ルウが念を押すように言うとオレリーは頭から毛布を被ってしまった。
「オレリー、ありがとう」
ルウが優しく呼びかけるとオレリーは慌てて毛布を取ってベッドの上に座りなおして裸のまま、お辞儀をした。
「あ、痛っ! ご、御免なさい! 旦那様、つ、つい恥ずかしくて」
「おいおい大丈夫か。それは初めての時の痛みだ」
身体を襲う鈍痛に耐えるオレリーをルウは労わる。
しかしオレリーはこんな時は我慢強さを見せる女の子だ。
ルウに心配ないと強調する。
「ははは、恥ずかしがり屋で、頑張り屋でもある、そんなお前が俺は好きなんだ」
ルウは照れるオレリーを抱き寄せてキスをする。
「さあ、俺は朝の鍛錬をする。起きるからお前は未だ寝ていると良い」
ルウの言葉にオレリーは我に返って大きく首を横に振った。
朝はオレリーにとって忙しい時間である。
自分が学園に行く支度は勿論、これからは皆の朝食の用意もしないといけない。
それを聞いたルウは穏やかな表情で頷いた。
「じゃあ一緒に起きよう」
「はいっ! あ、つうっ!」
大きな声で返事をしたオレリーは、また痛みに襲われたようだ。
彼女はルウに向って顔を赧め、恥ずかしそうに苦笑したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ・ブランデル邸中庭、午前5時30分……
春の季節である4月とはいえまだまだヴァレンタイン王国の朝は結構冷え込む。
そんな清廉な空気の中で胡坐をかいて座っている。
実は普段、この屋敷には不埒な人間の輩や人外が入り込まないように魔法結界を張っている。
それを今はルウの真上だけ外して様々な精霊や人外の声を聞いているのだ。
珍しく早起きして部屋を片付けていたジゼルがルウの鍛錬の事を聞きつけて静かに座っているのを見た時には思わず躊躇する。
しかしルウにはジゼルが傍に来ていたのがとっくに分っていたようだ。
「ジゼル、遠慮するな。こっちにおいで」
「は、はいっ!」
ルウに声を掛けられたジゼルは恐る恐る近付いて彼の座り方を見て同じ様に座る。
「鍛錬とは何も身体を動かしたり魔法を発動するだけじゃない。我々の協力者である精霊の声を聞いたり、精霊達の発する魔力を吸収する事も大事な修行なんだ」
ルウに目を閉じて呼吸法を使うように促されたジゼルではあるが、ジゼルが自分に合った呼吸法を実施していないのではないかと指摘をルウに受ける。
ジゼルは元々好奇心旺盛だし、1つの方法に拘らない。
ルウに違う方法をいくつか教授して貰い、嬉しそうに試している。
それらはかつてルウが春期講習で2年C組の生徒にレクチャーしたものであった。
最初に魔法女子学園が決まった呼吸法を推奨していると聞き、ルウは違和感を持ったのだ。
呼吸法は各自が自分に1番合ったやり方で行なうべきであるとルウは考えている。
腹式呼吸、胸式呼吸、片鼻呼吸、密息……いくらでもあるのだ。
自分に合った呼吸法が自己の安定と集中に繋がり、体内の魔力を高め、魔法を発動し易くするからである。
その上で風の精霊と邂逅すれば完璧であるとルウは告げた。
やがていくつか呼吸法を試すうちにジゼルにぴったりと合った呼吸法が見つかったとみえて、魔力が著しく安定し出した。
同時にリラックスした事で集中力も抜群に上がったようだ。
静かな中にジゼルの心臓の鼓動がルウにはっきりと聞こえて来る。
それを10分程続けたであろうか、ジゼルの顔色は以前に比べるとひと際良くなっている。
ジゼルは開口一番とても嬉しそうに笑う。
「旦那様! 何か気分が凄く良いんだ!」
「ああ、傍から見ていても分るさ」
でもと……とジゼルの表情が微かに曇る。
「残念ながら風の精霊を感じる事は出来なかったのだ……やはり水属性以外、他の魔法適性が無いのだろうか、私は」
ルウは先に立ち上がるとそんなジゼルに手を差し出した。
ジゼルは「ありがとう」と言い、素直にルウの手を掴み立たせて貰う。
「そんな一度には簡単に行かないさ。だがお前にはまだまだ大きな伸び代がある。楽しみだぞ」
「大きな伸び代!? 本当かい? 旦那様! 嬉しいぞ、私は」
ジゼルは嬉しそうに微笑んだ。
いつも元気で前向きな所が彼女の長所である。
「さあ戻ろう」
ルウの温かい手と自分の手を確りと繋ぎながらジゼルはささやかな幸せを感じていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ・ブランデル邸大広間、月曜日午前6時30分……
今日から学園の生徒である妻達の生活サイクルが大きく変わる。
起床時間が格段に早くなり、家を出るのが早くなった事が今迄と1番変わる点であろう。
一般生徒は午前8時30分迄に登校が基本だから、馬車通学の者は早くても午前8時に自宅を出れば楽に通学出来ていたものを職員の出勤が午前7時45分であり、ルウとフランのスケジュールに合わせなければならない。
つまりいつもより最低でも30分以上は早く出なくてはならないのだ。
寮生活をしていたジゼルとナディアは尚更である。
しかしお互いに助け合う事を学んだ妻達は声を掛け合って行動をするので、早起きするのを愚痴る者は居ない。
今朝はアルフレッドとモーラルが市場へ買い物に行き新鮮な食材を買い込んで、腕によりをかけて美味い朝食を用意してくれた。
調理担当はいつものアルフレッド、オレリー、モーラルであるが、今回は何とフランとナディアが飛び入りし、この3人に教えて貰いながら慣れない手付きで一生懸命に手伝い、料理デビューを果したのである。
その為だろうか、恒例のの黙祷後、食事をするこの2人の表情は充実感に満ち溢れ、いつもより食が進んだのは言うまでもなかった。
朝食が終わると、全員が自分の部屋に素早く戻って出掛ける準備にかかる。
食器等の洗い物は留守番役のモーラルが引き受け、馬車の御者役はアルフレッドの担当だ。
着替えと妻達の化粧が終わり、支度が整うとルウ達は慌しく馬車に乗り込み、魔法女子学園に向けて出発する。
こうしてルウ達の新居での生活は新たなスタートを切ったのであった。
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