第190話 「いけない関係」
ルウ・ブランデル邸、午後8時30分……
午後6時から始まった夕食会ももうそろそろ終盤である。
それにしても百花繚乱とはルウの妻達の事を言うのにぴったりの言葉だ。
フランシスカ、ジゼル、ナディア、オレリー、ジョゼフィーヌ、そしてモーラル……それぞれタイプは違うが全員、神が精魂込めて作り上げた芸術品といっても過言ではない。
かつて女性に失望し絶世の人形美女を造作した男が、もしや思い直すのではと言うくらいの可憐さだ。
妻達の母親代わりのアデライド・ドゥメール伯爵が笑顔を振りまく中、レオナールとレティシアのカルパンティエ公爵家夫妻、ジェラール・ギャロワ伯爵、エルネスト・シャルロワ子爵もそれぞれ我が娘の様子を見て嬉しそうに歓談している。
またフランシスカの祖母代わりとも言えるドミニク・オードランも招待されていて妻達と親交を深めていた。
「さあ、デザートが出来ました!」
オレリーの母アネットの声が大広間に響き渡る。
大皿に盛られて運ばれて来たのは様々な種類のデザートだ。
新鮮なフルーツだけではなく、それらのフルーツを使用したパイ、プレッツエルのような焼き菓子にドラジェと呼ばれる綺麗な造形の糖衣菓子もある。
妻達の悲鳴にも近い歓声が上がった。
「凄いわ……さすが、お母様」
1人オレリーだけが壮観なデザートの数々に驚愕の表情である。
やがて賞賛の眼差しはオレリーに向けられた。
「どれから取り掛かれば良いのだろう……迷うな」
「オレリー、貴女のお母様って凄いんだね。ボク、尊敬しちゃうな」
「私もあんなデザートを作りたいですわ」
そんな妻達の様子を微笑みながら見守っていたアネットの主人であるドミニク。
フランは彼女に拗ねた振りをして問い掛ける。
「お祖母様って今夜のような美味しい料理を毎日召し上がっていらっしゃるの?」
「ふふふ、そうだよ。色々な料理とデザートを美味しく食べて、香りの良い紅茶を楽しみアネットから世界の様々な国や街の様子を聞かせて貰う。そしてたまにこうしてお前達と楽しく過ごす……夫が亡くなって以来、こんなに幸せな日々なんて来ないと思っていたけど……お前のおかげさ、フラン」
心の底から嬉しそうに話すドミニクにフランの心も温かくなる。
思えばルウと出会っていなかったら、ドミニク同様自分にはこんな幸せな日々は来なかったであろう。
それどころか今頃はこの世に居なかった筈だ。
フランは微笑すると傍らのルウの手をしっかりと握り直して彼の存在を再確認するのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ・ブランデル邸、午後10時00分……
夕食会は少し前に終わっている。
招待されていた客達はとっくに引き上げ、邸内はルウとフラン達妻、そして使用人のアルフレッドだけになっていた。
アルフレッドが自分だけでやるといった後片付けもルウが率先して始め、オレリーやモーラルが続くとフラン、ジゼル、ナディア、ジョゼフィーヌも手伝ってあっという間に終わってしまう。
今迄黙っていれば使用人が全てやってくれた雑務も自分達でやる事を改めて実感した妻達であった。
ひと段落がついたのでアルフレッドが淹れてくれた紅茶を飲みながら寛いでいるルウ達である。
「自分の事は自分でやるとは新鮮だな。まあ旦那様やオレリー、モーラルからすれば当たり前の事なんだろうが」
ジゼルが上気した顔で言う。
「夕食会の後片付けは済んだけど、贈り物の整理はまた明日以降だね」
堆く積まれた荷物を見てナディアが肩を竦める。
馬車に積まれていたナディアの父エルネスト・シャルロワ子爵からの贈り物同様に妻達の親が、自分の娘が普段の生活で不自由しないかを心配して様々な日用品を持参してくれたのである。
「今夜から私達……順番に旦那様から可愛がって貰うのね……」
オレリーがいきなり恥ずかしそうに言う。
夜になって意識したのであろう。
ルウの知らない所で既に彼に抱かれたフランやナディアから『情報』は行き渡っているようだ。
「さすがに学園のクラスの皆には自分からは言えないですわ……何と言うか……小説のように担任の先生といけない関係なのですから……でもぞくぞくしますわ」
ジョゼフィーヌが目をうるうるさせて言い放つ。
彼女が言ったのは暫く前に王都である作家が書いた作品が大ヒットしたことにある。
その内容とは先生と女子生徒の秘密の恋愛を書いた小説であった。
当然、ジョゼフィーヌが読んだのはルウと出会う前であり、まさか自分が小説の中の主人公のようになるとは夢にも思わなかったに違いない。
「ああ、ジョゼ。あれね。私も読んだわ。……当時はありえないと思ったけど、こうなってみると『事実は小説よりも奇なり』……よね」
文学少女であるオレリ-も当然読んでいる。
当然学園の図書館には置いていない類の本ではあったが、話題の本は1食抜いても読むという主義である。
刊行して直ぐ手に入れ、読み耽っていたのだ。
ここでフランが手を軽く叩いた。
皆がフランに注目する。
「皆、良い? 旦那様にも了解は貰っているけど今夜はジゼルの番ね。異議は無いかしら?」
「ええっ!? 私の番か?」
驚くジゼルにナディアが微笑む。
「そうだよ。ボクを気遣って順番を譲ってくれた君の優しさが皆大好きなのさ」
「ジゼル姉、頑張~れ!」
いきなりモーラルがエールを贈ると他の妻達も同調した。
「頑張れ、頑張れジゼル! フレーフレー、ジゼル!」
「お、おいおい。こういうのは応援されるものじゃあ……」
そう言いながらジゼル本人は嬉しそうである。
「OKみたいね……じゃあ、旦那様。宜しくお願いします」
フランに促されたルウが立ち上がり、自分の傍に来るのをジゼルは蕩けた様な表情で見詰めていた。
そしてルウが手を差し出すと操り人形のようにぎくしゃくした動きで手を伸ばしたのだ。
ルウはそんな彼女の手をしっかりと握ると引き揚げてやる。
「ジゼル、俺の部屋に行くぞ」
「ふわい……旦那様ぁ」
ルウはいきなり足取りが覚束ないジゼルを抱え上げた。
いわゆるお姫様抱っこである。
「ああっ!」
ルウに抱っこされたジゼルは真っ赤になって俯いてしまう。
後輩達の前でか弱い自分を見せてしまった恥ずかしさからであろう。
そしてルウの部屋に向かう2人の背に先程ジゼルへのエールがまた贈られたのだ。
「頑張れ、頑張れジゼル! フレーフレー、ジゼル!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウの部屋に入った2人は情感を籠めて見つめ合う。
やがてルウは静かに語り掛ける。
「ジゼル、今からお前は俺だけの女になる、おいで」
「旦那様ぁ~」
ジゼルはルウに身体を預けて行く。
良く鍛えられた伸びやかな肢体がルウの手の胸で弾む。
「お前の素晴らしい身体が見たい……」
「服を……脱がせて……旦那様」
ルウはジゼルの服をゆっくりと脱がせて行く。
そこに雲が切れて月光が差し込んだ。
「ああ、私……見られている。旦那様に全てを見られている」
淡い光に照らされたジゼルの一糸纏わぬ身体は神々しい戦女神のようである。
ルウは感動しながら自分の服を脱ぐ。
そしてジゼルをゆっくりと抱き寄せたのだ。
「ああ、旦那様の身体……温かい。そして逞しい……今夜は私を一杯可愛がってくれ」
やがてベッドに倒れ込んだ2人……
再び月に雲が懸かる。
2人の姿は再び暗闇に飲まれて行ったのであった。
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