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第109話 「贈る心」

「アデライドさん、何かあれば俺の名を呼んで欲しい。緊急の魔力波が放出されるから。貴女とはジゼルを救う為に魂合わせを行ったから魔力波オーラの波長は捉え易いんだ」


 危機に陥った際には自分の名前を呼んで貰えれば助けに行くと、ルウは言う。


「フランだけでなく、私まで守ってくれるの? それは心強いわね」


 アデライドはルウの言葉を聞いて安心したように微笑む。


「ただ他にもやり方がある」


 少し言い難そうにルウは話を切り出した。


「今、2年生に丁度『使い魔』の授業をしているんだけど……」


 ルウは珍しく真剣な顔でアデライドに言う。

 フランも「そうね」と頷いたが、まだルウの言葉の真意を測りかねている。


「アデライドさんが召喚した初めての使い魔は何?」


「へぇ~、初めての使い魔か……懐かしいわね」


 それを聞いたアデライドは過去を思い出すかのように目を細めた。

 彼女が初めて召喚術の授業を受けたのはもう数十年前の事なのだ。


 アデライドは何気なく傍らのフランに視線を移すと、悪戯っぽく笑って一喝する。


「こらっ! フラン、私が授業を受けたのを何年前かなんて計算しないの! そんな事をやるのなら屋敷のプレゼントはキャンセルするわよ」


 指折り数えて計算していたフラン。

 彼女の頭を軽くこづいたアデライドは苦笑した。


「うふふ、私の初めての使い魔はふくろう精神体アストラルだったかしら。長い間、忠実に仕えてくれたわ」


 アデライドは遠い目をして語る。


「最後はやはり全身が眩く光る『転生の兆し』が現れたので契約を解除して解放したの」


「へぇ~、じゃあその梟さんって元々動物霊じゃなくて格の高い方だったかもしれないわね」


 フランはアデライドの使い魔に『転生の兆し』が現れたと聞いて、納得したように頷いた。


 使い魔は前述したように殆どが動物の精神体か、正体不明のアンノウンだ。

 術者が使役しているうちに使い魔に『転生の兆し』という現象が現れる事がある。

 使い魔は基本的に喋れないが、『転生の兆し』が現れた時には、別れを告げるような仕草をする事が多い。

 また稀にだが、精神体そのものが眩い光に包まれる事もある。

 どうして『転生の兆し』という現象が起こるか、本当の原因は不明である。

 

 その精神体が格の高い新たな精神体に生まれ変わるとか、受肉するなどして別の生命体に生まれ変わるなどの合図ではないかと考えられている。

『転生の兆し』が起こったら大抵の場合、術者は使い魔との契約を解除して使い魔を解放する事がマナーとされた。

 そのまま使役しようとしても何故か能力が落ちたり、最悪の場合消滅する事が殆どだからだ。


「フランは『猫』だったわね」


「ええ、気儘だったけど可愛くて……」


 しかし、召喚魔法に長けた者以外は授業を除いて使い魔を再度召喚する事は非常に稀である。

 理由はまず召喚に要する魔力量がとても多い事だ。

 更にそれなりの格である使い魔をほぼ1日使役すると魔力消費も半端では無く、並の魔法使いであれば上級魔法を使う分の魔力も残らない程なのだ。

 それに愛着が湧いた使い魔と別れる際の悲しみも結構大きい……現代で言うと『ペットロス』のようなものであろう。


「旦那様は凄いですよね。ケルベロス、グリフォン、そしてあの『モーラルちゃん』ですもの」


 モーラルちゃんか、そう言われたルウは苦笑するがフランは情の篭った目で続けてこう呟いたのだ。


「モーラルちゃん……旦那様の魔力量の事を考えたら無理は言えないけど……彼女も新しいお屋敷に一緒に住めたら良いのにね」


 それを聞いたルウはありがとうと彼女に礼を言い、穏やかに微笑む。


「それで何故使い魔の事を? 昔話の為だけじゃないでしょう?」


 横で聞いていたアデライドが訝しげにルウに問う。

 ルウは頷きながら話を戻した。

 どうやら本題に入るようである。


「使い魔はかつて悪魔が魔女を監視する為の者として存在すると信じられていた」


「ええ、その通りね」


 アデライドが常識ねというように相槌を打つ。


「その監視能力自体は伝説では無く実は本当なんだ」


「えええっ!?」


「だ、旦那様!? 本当に?」


「ああ、俺は使い魔を使役する術者の魔力波を感知して自分の魔力波の波長に合わせると……ああ、その……相手の様子を把握出来るんだ」


 そして問題は……とルウは話を続ける。


「使い魔を現世うつしよに維持する為の魔力だけど、ある魔法を発動させると俺達が息をするように、使い魔が気の中の魔力マナを取り入れて術者の魔力を負担しないように出来るのさ」


 それを聞いたアデライドの目の色が変わる。

 未知の魔法に目がない彼女の心が沸き立っているのであろう。


「でも……これって凄く特別な魔法でしょう」


 アデライドが悪戯っぽく笑っている。


「私、『夫』じゃない貴方にそこまで『監視』されたくないなぁ……フランじゃあるまいし」


「お、お母様!」


「ふふふふふ」


 小さく叫ぶフランを横目で見ながらアデライドは今度は含み笑いしている。

 何となくルウの口調からこの魔法の特別な意味を感じ取ったようである。

 彼女の言葉を聞いたルウは実は・・と、苦笑いして頭を掻いた。


「これって昔、アールヴの王が後宮の女性達に使った魔法なんだ。彼女達が浮気をしようとしても直ぐ分るようにね」


 やっぱりと言い、次にアデライドが発した言葉にフランは仰天した。


「じゃあ、ルウ。私もついでにお嫁に貰ってくれるの?」


 ルウは相変わらず穏やかに笑っていた。


「もう、フラン! 冗談に決まっているでしょう。私は貴女のお父様ひと筋なんだから!」


 固まってしまったフランにアデライドは晴れやかな表情で語りかけたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ルウの私を心配する気持ちはありがたく受け取っておくし、その魔法自体はぜひ研究したいわ」


「私も! 召喚魔法は余り得意じゃないけど、巧くなって旦那様を助けられれば」


 アデライドとフランの2人にそう言われてルウは嬉しそうである。


「俺の知らない魔法もまだまだあるし……魔法を勉強するって楽しいな」


 ルウの言葉に2人が納得したように大きく頷いた。

 3人はやはり魔法オタクの似た者同士なのである。

 

 アデライドは今回の一件で更にルウが気に入ったようだ。

 それに益々拍車を掛けたのはフランが母親に報告したいと懇願してルウが収納の腕輪の中から出したフランに贈った『真竜王の鎧』である。

 地味なデザインながら直ぐにその鎧の凄さを見抜いたアデライドであったが、その素材が伝説の神の御子だと知った瞬間、さすがの彼女も瞠目せざるを得なかったのである。


「これを? ル、ルウ、貴方!? フ、フランに!? 私の娘にくださるの?」


「ああ、ぜひフランに贈りたいんだ」


 珍しく噛みながら必死に言葉を搾り出すアデライドにルウは、はっきりと言い切った。

 値段の高さとか希少価値の問題だけでは無い。

 彼の言葉にはフランに対する愛情と感謝の気持ちが篭っていたからである。


「でも……こ、これはルウ、貴方が亡き師匠から受け継いだ大事な物でしょう」


 分りきった事を聞くと自分でも思いながら、アデライドは彼にそう聞かざるを得ない。

 しかしルウは即座に答える。


「だからこそさ。フランは俺の大事な妻だから」


 ルウの言葉を聞いた瞬間、アデライドは涙が止まらなくなり、彼の姿が霞んであっという間に見られなくなってしまったのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その夜、フランの部屋……


 ルウとフランは一緒にベッドで横になりながら、まんじりともせずに窓から見える大きな月を眺めていた。


「いよいよね、旦那様」


「ああ」


 家具やその他の準備が出来たら直ぐにでもアデライドが用意してくれた屋敷に移って新たな生活が始まるのだ。

 ジゼル、ナディア、そしてオレリーは何と言うだろう。

 新生活への期待に喜び勇んで飛んで来るに違いない。


「2人のお給料だけだと使用人は雇えないかもしれないわね」


 だけど皆で助け合えば何とかなるし、楽しく暮らせていける筈だとフランは言う。


「こんな時は皆で相談する方が良いわ。最後には旦那様に決めて欲しいけど」


 フランはそう言うとルウに甘えるようにして彼の胸に顔を埋めた。


「そうだな。まあ任せろ」


 フランはいつもの彼のその言葉を聞くと無性に嬉しくなってそのまま心地良い眠りに落ちていったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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