53.元神童vs不死者イー・チェルニ
俺の目の前には、ズタボロになるまで切り刻まれたイー・チェルニが立っていた。
「……さすがに死んだか?」
「いや、まだだ」
言うなり、バリ、バリ! と大きな音を立ててイー・チェルニが脱皮した。
え!? 脱皮!?
ボロボロになった表皮が地面に落ちる。すると、そこには出会った頃と変わらない、新品のイー・チェルニが立っていた。
俺の斬撃の深さは薄皮1枚を超えていると思うのだが、なぜか綺麗さっぱり消えていた。
「フゥゥゥゥゥゥ……!」
口もないくせにイー・チェルニが大きく息を吐く。
「侮っていたよ、たかだか人間と! まさか、このイー・チェルニを追い詰めるとはな!」
「そりゃどうも」
「ならば――慎重に殺すとしよう……!」
そこから、イー・チェルニの戦法が変わった。
今までは静観していた周りのアンデッドたちが俺に群がってきたのだ。どうやら、物量で押す作戦に切り替えてきたらしい。
ゾンビ、ゴースト、スケルトン――
全員たいして強くはないが、さすがにこの数は面倒だ!
さらにイー・チェルニは言葉の通り、慎重に俺から距離をおいていた。
「ほーら、のんびりしていると吹っ飛んでしまうぞ?」
イー・チェルニが次々と赤黒い閃光を撃ち放ってくる。配下のアンデッドが吹っ飛ぶことも構わず、ばんばんとぶっ放してくる。
「部下がかわいそうなんじゃないか?」
「ははは、優しいな、人間は。どうせ無限にわくものだ。気にしなくていい」
……俺としてはアンデッドどもを盾に使えないので実に面倒だ。
イー・チェルニの新しい戦術は実に手堅いが――逆に言えばそれだけだ。守りに入りすぎて、俺がミスをしない限り、仕留めることはできない。
「自分がミスをしない限り、負けることはない――そう思っているか?」
含み笑いをこぼしつつ、イー・チェルニがそんなことを言う。
「残念だが、その考えは甘いな。まず第一にお前たち人間は疲れると動けなくなる。いつまで我慢を続けられるかな? 一度でもミスをすれば終わりだろ?」
さらに、一拍の間を入れてから続ける。
「それに時間もない――見ろ」
イー・チェルニが上空を指差した。
夜空を見上げると、そこには何か光り輝く大きな物体があった。
「……なんだ、あれは?」
「隕石だよ。着弾地点はまさにここだ。一木一草残らず、ここは灰燼となるだろうな」
「このタイミングで、そんな偶然が?」
「まさか。偶然ではないだろう。あれは魔術によって操作された隕石だ。何者かがここ一帯の異変を知って、広域魔術で吹っ飛ばすことにしたのだろう」
「……さすがに隕石が直撃したら、お前も死ぬのか?」
「ファッファッファッファッファ! 残念だが、死なない! 私を殺すことなどできない! お前たち劣等種とは違うのだよ!」
「うらやましいものだ。お前の『魔喰い』で隕石を食べてくれないか?」
「それはできないな。隕石落としとは、重力に作用して隕石を地表に引く技だ。発動の瞬間ならともかく、すでに引き終わった今はもう魔力は関与していない。ただの隕石だ。それを止めることなどできない」
そこで、くくくくとイー・チェルニが笑う。
「もちろん、できたとしても死ぬのはお前たちだけだ。喰ってやる義理はないがな」
「それはその通りだ」
やれやれ――
目の前にいるのは自称死なない生物で、周りはアンデッドだらけ。さらには隕石落としによるタイムリミット付きとは……さすがにハードモードすぎやしないだろうか。
まあ、やるしかないのだが。
「人間。死に方くらいは自分で選ぶがいい」
イー・チェルニの攻勢が再開した。
あいかわらずの、無限にわくアンデッドを盾とした遠距離攻撃だ。こちらが焦れてミスるのを待つスタイル。いやらしい持久戦だが、隕石落としのダメ押しまで考えると実に合理的だ。
イー・チェルニが笑う。
「どうしたどうした? 疲れは大丈夫か? 時間は大丈夫か? 時間をかけて有利になるのはこちらだけ。お前にはなんの得もないぞ?」
実にもっともだ。こちらもわかっている。だが、こちらからイー・チェルニの鉄壁の守りを切り崩す方法がないのも事実だ。
だが、それでも――
アンデッドを切り払いながら、俺は小さく笑う。
「……まあ、俺にも少しくらいはいいことがあるかもしれないぞ?」
「強がりを言う!」
再び俺とイー・チェルニの我慢比べが始まった。
斬って斬って斬って斬って斬って――
かわしてかわしてかわしてかわして――
そんなことをしているうちに、みるみると上空の光点が大きくなってくる。俺の疲労は溜まっていく。勝利を確信したイー・チェルニの笑いが増えていく。
やがて、俺は動きを止めた。
はあ、はあ、と口から何度も息を吐く。
イー・チェルニが笑った。
「どうした? もう終わりか? 動けなくなったか?」
「そうだな――もう終わりでいいかもしれない」
「はっはっはっは! 気持ちはわかるぞ!」
イー・チェルニが上空を指さした。
もう光点などという表現では済まない。明らかに大きな物体――炎に包まれた何かがすぐそこまで迫っていた。あとほんの少しでこの辺は焦土と化すだろう。
「もう死ぬしかないからな! お前の絶望の深さはわかるぞ!?」
アンデッドたちが動きを止めた。
ズンズンとイー・チェルニが巨体を前に進めてくる。
「頑張ったご褒美だ。このイー・チェルニの手でお前を殺してやろう!」
イー・チェルニが右腕を振り上げ、
「死ぃねええええええええええええええええええ!」
絶叫とともに振り下ろし――
たはずなのに。
その手はイー・チェルニの意思に反して動かない。ぷるぷると震えているだけだった。
「な、なんだ!?」
「はは、はははは――」
俺の口から笑いがこぼれた。
「はははははははははははははははははははははははははははははははは!」
「な、何がおかしい!? 貴様、何かしたのか!?」
血相を変えるイー・チェルニに、俺は左手に持っていたものを差し出した。それはフィオナから渡された赤い宝石――あの門を開いた元凶となるアイテムだ。
「こいつを『解析』したんだよ」
だから、時間が必要だった。なかなか複雑な構造だったからな。俺もまた理由があって時間を稼いだ。
持久戦は俺も望むところだったのだ。
「かい、せき?」
「ああ、解析した。門を開く仕組みをな。ところで、知っているか?」
俺はふっと笑ってこう続けた。
「鍵ってのは、ドアを開くこともできれば、閉じることもできるんだぜ?」
「な、なん、だと……!? ならば、貴様、まさか、解析して――機能を反転させて、門を閉じたと言うのか!?」
「そうだ」
「バカな!?」
イー・チェルニが叫んだ。そんなもの、決して認めないという勢いで。認めてしまえば己の敗北が確定する事実を否定するかのように。
「そんなことできるはずがない! 机上の空論だ! それは開くものであって閉めることなど――!」
「誰がそんなことを決めたんだ?」
面倒になった俺はイー・チェルニの言葉を遮った。
「お前のできないを俺に押し付けないでくれ。俺にはできるんだよ。当たり前のようにできてしまうんだよ。お前ができないと決めて諦めるのは好きにすればいいが、それを俺の限界にはしないでくれ」
はあ、とため息をついて、俺はこう続けた。
「これくらい、普通だろ?」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
怒りのままにイー・チェルニが叫んだ。
だが、そんな叫びを上げたところで、動けない現実は変わらない。
そして――逆流の時間が訪れた。
まるで台風のような大風が噴き出した。俺たちの世界から、彼らの世界に向けて。あの門へと向かって。だが、とても不思議なことに、その風は俺の身体を押さなかった。木々はおろか葉っぱの一枚すら揺らさなかった。
ただ、アンデッドたちだけをすごい勢いで吸い込み始めた。
もちろん、イー・チェルニも例外ではない。
「貴ぃぃぃぃぃ様ぁぁぁぁぁぁぁ!」
「悪いが、次が控えている。さっさと消えてくれ、イー・チェルニ」
「ああああああああああああああ!」
絶叫とともに、イー・チェルニの巨体もまた門の向こう側へと消えた。
すべてのアンデッドを吸い込んだ門は、まるでガラスのように割れ砕ける。
ふぅ、終わったか。
……いや、違うな。まだ終わっていない。
俺は上空を見上げる。
すぐそこまで――巨大な流星が迫っていた。
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