52.元神童、星降る夜に不死者と戦う
補足です。イルヴィスくんたちを襲撃した5人組にトラバスはいません。彼の部下が送り込まれた感じです。
「あ、あれは――!?」
林から鮮烈な赤い輝きが吹き出した。それを見るなり、トラバスの横に立つユーリが驚きの声を上げる。丘の上からなので、夜を圧するその輝きはとてもよく見えた。
トラバスは小さくため息をつく。
「どうやら、間に合わなかったか」
あれは『冥府の目』が放つ輝き。冥界との門が開いたことを示す光だ。
「残念なことだが、仕方があるまい。プランBだ」
トラバスは持っていた杖で赤く輝く林を指し示した。
「彼の地を徹底的に破壊する」
それに異を唱えるものがいた。隣に立つユーリだ。
「刺客として送り込んだ5人はどうするんですか!?」
「もう死んでいる。あるいは、もう死につつある。いずれにせよ助からない」
トラバスがきっぱりと言うと、ユーリの表情に苦しげなものが浮かぶ。
構わずトラバスは続けた。
「これもまた慣れることだ。厳しい判断を迫られるときはある。すべてを救うことなどできない。何を残して何を切り捨てるか、即座に判断することだ」
すでにトラバスは部下の5人を捨てた。
そして、『冥府の目』も。魔導具師としてあれだけ恋焦がれたアイテムすらも。
すべてを破壊し、ゼロに戻すだけ。
「開け!」
トラバスは手に持っている杖を起動した。これ自身が強力な魔導具で、魔術発動のサポートと、溜め込んだ膨大な魔力の運用を可能にする。
かっと杖の先端が地面を叩いた瞬間、足元に大きな魔術陣が展開された。
トラバスの口から長い詠唱が吐き出される。
無限に続くと思われた長い長い声だったが、ついに終わりを迎えた。
「天にたゆたいし巨石の群れよ、我が呼び声に答えよ! 今こそ神の鉄槌として降り注ぎ、地を割り、万物を吹き飛ばせ!」
トラバスは杖を林へと向けて叫んだ。
「メテオ・フォール!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「面白い奴がいるな……この不死者イー・チェルニが相手してやろう」
イー・チェルニとかいう白い化け物に絡まれてしまった。全身真っ白の不気味なやつだ。こいつが俺のエア・ラダーを打ち消してきたのだろうか。
……距離はそれなりある。正直なところ、逃げてしまいたいが――
「アアアアアア!」
絶叫とともに横合いから近づいてきたゾンビの首を刎ねる。こう高頻度で絡まれると足止めも辛いところだ。
おまけに、この距離でも伝わってくるイー・チェルニの圧がものすごい。この悪状況で逃げ出してもすぐに追いつかれるだろう。
ずん、ずん、と足音を立ててイー・チェルニが近づいてくる。
……どうやら覚悟を決めなきゃいけないようだ。
「フィオナさん。問題はありまくるようです」
「え、ええええええ!?」
「すみませんが、ここで俺が勝てるように祈っていてください」
俺はフィオナをおろした。そして、手近にある木の枝を地面に突き刺し、ボソリと言った。
「フィールド・プロテクション」
ふわりと空気が揺れて、フィオナの周囲を薄い幕が覆う。
「これは?」
「魔術で結界を張りました。低級のアンデッドなら近づくことすらできないでしょう。ここを動かないでください。やばいのが出てきてピンチだったら、俺を呼んでください」
「イルヴィスさんは……どうするんですか?」
「あいつと戦います」
俺の視線の先にいるイー・チェルニを見て、フィオナが息を呑む。
「え、あ、あれですか!? だだ、大丈夫ですか!? なんかもう、やばい感じしかしませんけど!?」
「そうですね。まあ、でも、他に選択肢もないので――」
俺は振り向きざま、イー・チェルニに向かって右手を差し向けた。
「マジックアロー」
放たれた白い閃光は、しかし、イー・チェルニの直前でかき消える。
「ファファファファファ、無駄無駄無駄! この『魔喰い』のイー・チェルニに魔術は効かぬよ!」
口もないのにどこで食ってんだよ、とは思ったが、まあ、そういう生き物なのだろう。その力で俺のエア・ラダーを壊したと。
俺はイー・チェルニの方へと歩いていく。
魔術がダメならば、直接攻撃で叩くしかない。
俺が身長5メートルはあるイー・チェルニの間合いに入った瞬間――
イー・チェルニがその巨大な右手を俺へと振り下ろした。
ドォン!
地面が大きく揺れる。俺はその腕のすぐ横に立っている。はずれたのではなく、もちろん、かわしたのだ。なかなかの威力だ。直撃を受ければひとたまりもないな。
「ほぅ、うまくかわした――グオアアアア!?」
イー・チェルニの上機嫌な声が悲鳴に変わった。
振り下ろしたイー・チェルニの腕に無数の裂傷が開いたからだ。
……まあ、俺がかわした瞬間に食らわした斬撃が今になって開いただけだけど。どうやら物理攻撃は通用するらしい。
「まだまだだ!」
俺はイー・チェルニの右手に飛び乗り、その太い腕を駆け上った。一気に肩までくると、その巨大な卵のような顔を短剣で切り刻む!
「ゴオオオオオオオオオ!?」」
不思議なことに、切り刻んでいるのだが血が出ない。ただ切り傷だけが増えていく。……異界の生物っぽいから身体の構造が違うのだろうか。
……まあ、苦しそうにしているから、ダメージは通っているのだろう。
「貴ッ様ァッ!」
イー・チェルニが怒りの声を上げた。
イー・チェルニの左手が持ち上がり、俺を掴み取ろうと一直線に伸びてくる。
――が、もう俺はそこにいない。
すでに俺はひらりとイー・チェルニの肩から飛び降りていた。
イー・チェルニが俺の動きに反応しようとする――よりも早く。
「ウィンド・バースト!」
地面へと落ちていく俺は下方に魔術を放つ。風の爆発が俺の身体を上方へと跳ね飛ばした。
……やはりか。イー・チェルニの『魔喰い』にはタイムラグがある。なので、瞬間的に発動して物理的な作用――今回であれば風による上昇――を引き起こせば、それはキャンセルできないのだろう。
落下からの急激な上昇。
イー・チェルニは俺を見失ったようだった。
その首が左右を見回している。
そんな様子を俺は『上空』から見ていた。
ようやく俺の位置に気づいたのか、イー・チェルニが上を見上げる。
――遅い。
俺はイー・チェルニの真正面を落下した。そして、イー・チェルニの壁のような巨体に一気呵成の斬撃を叩き込む。
たっ。
地面に着地した。
「おのれ、ちょこまかと!」
怒りの声とともにイー・チェルニが組み合わせた両腕を振り上げる。
「お前が遅すぎるのさ、デカブツ」
俺がそう言うと同時――
俺が切り裂いた傷が一斉に開いた。血こそ吹き出さなかったが、イー・チェルニの前面が、雑に切り裂いた布のように傷だらけになる。
「アアアアアアアアアアアアアアアア!」
イー・チェルニの絶叫が、夜の林にこだました。
ランキング挑戦中です!
面白いよ!
頑張れよ!
という方はブクマや画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです!
応援ありがとうございます!




