50.かくして赤き門は開く
倒れた5人組を眺めながら俺は思った。
やれやれ、何とか勝てて良かった。
ふぅー……。自称ヴァルニールがいた屋敷でもそうだったが、多対1はむしろありがたい。どうも相手がお互いに気を使ってうまく立ち回れていない気がする。でなければ、こうも簡単に勝てないだろう……。
俺はさっき喋っていた男に近づいた。
他の連中は完全に気絶させたが、この男だけは手を抜いたワンパンだけで悶絶させておいたのだ。もちろん、話をするためだ。
「いろいろ教えてもらおうか?」
「ま、待て……!」
男は苦しそうな表情のまま、ふところから妙なものを取り出した。親指ほどの大きさの黒い宝石から、円弧を描いた8本の足が飛び出ている。全体のサイズとしてはちょうど手のひらくらいか。
「これを、お前たちが持っている赤い石につけろ……!」
「……いきなり、そう言われてもな……」
俺は受け取りながらも、首をかしげた。
「無茶を言わないでくれ。さっきまで殺そうとしてきたやつの言うことなんて聞けるはずがないだろ?」
「それはそうだが! 時間がないんだ! 早く――早くしないと、開いてしまう!」
「開く? 何がだ?」
「門だ! ここではない世界との、門だ!」
男は悲鳴のような声を上げた。
その声は真に迫っていて、とても冗談とも嘘とも思えなかった。
ゆえに、俺もフィオナも思わず息を呑んでしまう。
だが――
「だから、言っているだろう? そんなことを言われても信じることなどできない。これを宝石につけた瞬間、いきなり爆発する可能性だってあるんだ」
「言っていることはわかるが! しかし、頼む、信じてくれ! 本当に時間がない!」
俺は男の言葉が終わった後、しばらくしてからフィオナに声をかけた。
「……そう言っていますが、どうします?」
「え?」
「まあ、赤い宝石はフィオナさんのものですからね。決めてもらうしかありません」
「そ、そうですね……」
うう、と悩むフィオナに俺は追加の情報を伝えた。
「ちなみに、この男の出してきたアイテム――変な機能はないですね。言っている通り、何かを押さえ込む機能に特化しているようです」
「……え、どうしてわかるんですか!?」
「魔術で中身を解析したんですよ。細かいことまでは分かりませんが、大まかなことはわかります」
「そんな! そんなことができるんですか!?」
フィオナは少し考えてから、
「……わかりました。じゃあ、つけてみましょうか。その人が嘘を言っているようにも思えませんし」
と言った。そして、肩掛けカバンに手を突っ込んでゴソゴソと漁り――
赤い宝石を取り出した。
「あの、イルヴィスさん……」
俺はフィオナが言わんとしていることを理解して、静かにうなずいた。
赤い宝石の輝きが強まり、明滅しているように感じる。まるで何かが脈打つように――
俺は宝石を受け取ると、男から受け取った黒い装置を宝石に近づけてみる。すると、まるで磁石で引っ張られるかのように赤い石に引っ付いた。同時、装置から伸びていた8本の足がしなり、カシン! という金属的な音ともに赤い宝石に巻き付く。
するとどうだろう。
脈動していた宝石の輝きが収まっていく。
「どうぞ」
俺は赤い宝石をフィオナに返し、男に向き直った。
「お前の言う通りにしてやったぞ。で、何がどうなっているんだ? お前は何者だ?」
「……」
男は口をつぐんだままで何も言わない。
「とりあえず、顔くらいは見せてもらおうか?」
そう言って俺は男の顔を覆っている布を剥ぎ取る。30くらいの男だ。もちろん、知らない顔だが。
「だんまりされても困るんだがな……」
……そもそも自白されても、あまりありがたくなかったりもする。
なぜなら、俺にはそれが本当のことかわからないから。
自称ヴァルニールのときもそうだが、あいつらは「俺は『黒竜の牙』の8星だ!」と言っていたが、それは嘘だった。つまり、嘘の身元を言ってくる可能性もある。
そんな前例がある以上、こいつらが「実は、俺たちは『黒竜の牙』の人間なんだ!」と言ってきたとしても、俺はそれを信じられないわけだ。こいつらも『黒竜の牙』の名前を貶めようとしているんじゃないか、ってな。
そんなわけで、細かいことはプロに任せよう。手近な街まで連れていって役人に突き出すのが一番だろうが、俺1人で5人を連れて歩くのはな……。
ま、とりあえず、明日考えるか。
俺は魔力で生成したロープで5人組を近くの木に縛りつけた。その作業の間に残りの4人とも目を覚ましたようだが、非友好的な視線を俺に向けている。
逆恨みされてもなあ……。
そんなときだった。
「イ、イルヴィスさん!?」
フィオナの、悲鳴のような声が聞こえてきた。
慌てて振り返ると、瞳に真っ赤な色が飛び込んできた。それはとても鮮烈で、思わず目をしかめるほどだった。
フィオナが持っている宝石が夜を圧するような輝きを放っている。
「急に、急に宝石が輝き出したんです!」
すぐに俺は男が渡してきた装置を疑った。反射的に男を見る。
男は真っ青な顔で首を左右に振った。
「ち、違う! 俺じゃない! その装置は抑え込むためのものだ! 間違いない!」
「だが、抑え込めていないぞ?」
「俺にも詳しくはわからないが――たぶん、間に合わなかったんだ! もう『冥府の目』を誰にも止めることはできない!」
俺は再びフィオナのほうを見た。
一段と大きな輝きが辺りに広がっている。
同時――
ぱぎん!
派手な音ともに、取り付けた黒い装置が弾け飛んだ。
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