49.元神童、またしても命を狙われる
「――ようやく追いついたか」
夕方、トラバスは小高い丘から小さな林を見下ろしていた。トラバスの持つレーダー――『冥府の目』を指し示す光点と、トラバスたちの現在位置を指し示す中央の点。それは重なり合いそうなほどに近づいていた。
「どうやら、奴らは林の中で野営をするようだ」
「宿には泊まらないのですね」
隣に立つユーリがそう応じる。
「もう少し歩けば街があると思うのですが」
「先方も気付いているのだろう、『冥府の目』の呪いに」
トラバスは薄く笑う。『冥府の目』は所有者に不幸を与え、さらに亡者を呼び寄せる。良心的な人間であれば他の人間への被害を考えるのは当然だろう。
「……まあ、人目がないのは助かるか。こちらも思う存分やれるからな……」
ちらりとトラバスは背後に視線を向ける。
そこではトラバスが連れてきていた部下たちが武装を整えていた。
ユーリが口を開く。
「返してくれと交渉するのですか?」
「いや、その必要はない。殺す」
「……穏やかではありませんね」
「敵対組織の可能性もあるからな。そもそも『冥府の目』を見られてしまった以上、生かして帰すわけにもいかない」
断固としたトラバスの言葉を聞き、ユーリが美しい眉をひそめた。
「……あまり慣れませんね」
「慣れてもらうしかない。残念だが、冒険者という仕事は表もあれば裏もあるのだよ」
そう突き放しつつも、トラバスはフォローするように付け足す。
「それに時間もあまりなくてな。相手の真意を問いただし――その真偽を判断することもできない」
「……どういう意味ですか?」
「私の計算が確かならば――今夜、冥府の門が開く。残念ながら、問答をしている暇はないのだ」
トラバスの言葉を聞いた瞬間、ユーリが息を呑んだ。
「……開くとどうなるのですか?」
「歴史に刻まれる瞬間に立ち会うことになるだろう」
「止める方法はない?」
「止めるさ」
もちろん、天才トラバスは最悪の場合も考えている。『冥府の目』 を輸送する技術は確立したと自負しているが、何かが原因で失敗する場合はある。
それに備えるのは当たり前のことだ。
ふふっと笑って、トラバスはこう続けた。
「天から隕石でも落とせば、さすがにどうにかなるだろう?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
背の高い木立に囲まれて、俺とフィオナは焚き火を囲んでいた。
「……今日も、夜の番をしてくれるんですか、イルヴィスさん?」
「もちろん、俺が護衛ですからね」
「いやいやいや! 交代制にしましょうよ? 街を出てからずっとイルヴィスさんが夜の番をしていますよね? 睡眠不足で倒れちゃいますよ?」
「いや、ちゃんと寝ているから大丈夫ですよ」
ケロッとした調子で俺は言った。確かに毎晩ずっと夜の番をしているが、俺は俺で睡眠をとっているので本当に問題ない。
「いやいやいや! 寝てないでしょう!? ずっと――ゴーストが出ていますよね?」
フィオナの言う通り、毎晩毎晩ゴーストが襲いかかってくる。その数は日を経るにつれて増えている。昨日の晩は30体くらい倒したか。
「こっそり寝ているようにも思えないんですけど!?」
「いや、こっそり寝てますよ。こう……1分刻みとか、ちょっとした空き時間を使って」
俺は分散睡眠ができる。1分の睡眠を60回とれば、普通の睡眠の1時間に匹敵するのだ。
学生時代、教師にバレないように昼寝をするにはどうすればいいのか考えて、この小刻み睡眠にたどり着いた。何事も試しておくものだ。
フィオナは理解不能だと言う感じで首をひねった。
「えええ、1分刻みで睡眠……? できるわけないと思うんですけど?」
「そうですか? 普通では?」
「普通じゃないです!」
そうなのかな? やってみれば誰でもできると思うんだけど――
まあ、もうそんなことをのんびり話している場合ではないか。
俺はフィオナから視線を外して――
木立と夜陰に隠れた気配たちに声をかけた。
「そこにいる連中、用があるなら出てきたらどうだ?」
返答は――
銀の閃きだった。
俺の顔面めがけて、ものすごい勢いで短剣が飛んでくる。
慌てはしない。
むしろ、俺で良かった。狙われたのがフィオナだったら、かばうのが大変だったから。
俺は右手の甲で、事も無げに短剣を弾き飛ばした。
「……何の真似だ?」
「なかなかやるな!」
そう言いつつ、俺たちを囲むような位置どりで5人の――おそらく体型からして男であろう連中が出てきた。なぜ性別が怪しいかというと、全員、頭に布を巻き付けていて、目だけが開いているからだ。
俺はそっとフィオナの前に移動する。
「あんたらは?」
「お前たち、赤い宝石を持っているな? アリシット遺跡の奥にあったやつだ!」
「……は、はい、そそ、そうですけど!?」
怒気をはらんだ問いに答えたのはフィオナだ。全然状況が理解できていない様子だが、うっかり反射的に答えてしまったのだろう。
俺が言葉のあとを継いだ。
「……で、それを渡せ、か?」
「いいや。そんなことは言わないさ」
言うと同時、男たちは腰の剣を抜き放った。
「悪いが、ここで死んでくれ!」
男たちが一斉に襲いかかってきた!
瞬間――
俺は5人を叩きのめした。
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