48.元神童、赤い宝石を怪しむ
その晩、フィオナは宿の部屋で遺跡で描いたスケッチブックの整理をしていた。
カバンに手を入れたとき――
こつっと硬いものがフィオナの手に当たった。
「あ」
思わず手に取り、外に取り出す。
遺跡で見つけた赤い宝石だ。ただの真紅ではなく、宝石の中央に瞳を思わせる紋様がある。
本当に美しい宝石だった。研究一筋で装飾品には興味のないフィオナですら、うっとりと眺めてしまうほどの素晴らしさだ。
(……う、売ったら、ど、どれくらいなんだろう……!?)
うっかり目を金マークにしてフィオナは心中でつぶやいてしまう。
慌ててフィオナは首を振った。
(ダメダメ! 研究者たるもの、研究を第一に考えないと!)
そう、これが『すごいもの』なのは薄々とフィオナは感じていた。その直感が当たっていて――それをうまく言語化できれば、きっとすごい発見になるはずだ。
自分は今、そんな運命の分かれ道に立っている!
フィオナの研究者としての勘がそう言っていた。
そんなわけで、フィオナは気合を入れ直してじっと赤い宝石を眺める。自分の過去の知識とすり合わせて、何か気づけることはないかと――
そのとき、
「え――!?」
フィオナはぞっとしたものを感じた。
宝石にある目のような紋様がフィオナを見た気がしたのだ。
慌てて宝石を眺め直すが、そのときにはもう、そんな感覚は消え去っていた。そこにあるのは、ただの美しい宝石だった。
フィオナは後味の悪い、じくじくした気持ちを抱えながら、こう思い直した。
(……ま、まあ……疲れによる見間違いかな……きっと精神が興奮しているんだよ)
そう自分に言い聞かせた。
少し目を休めようと思い、窓辺に立って遠くを見る。と言っても、真夜中なので月夜に漠然とたたずむ街の影しか見えないが。
そのときだった。
フィオナの視界の底で何かが動いた。
「あれ? イルヴィスさん?」
イルヴィスが明かりを持って歩いていた。はっきりとは見えないが、背格好は見覚えのある人物のものだった。
(……こんな真夜中に何をしているんだろう……?)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜の闇の中、
「エンチャント――『聖刃』」
俺は魔力付与によって白く輝く短剣で、目の前にいる半透明の亡霊――ゴーストを切り裂いた。
オオオオオオオオオオオオ。
ゴーストは空気が震わせたかのような音を吐き出しつつ霧散する。
ふぅ……、これで3体目か……。
真夜中、妙な胸騒ぎを感じて俺は目を覚ました。周囲にわだかまる不気味な気配に気づいて外に出る。そこで第一ゴーストを発見、撃退したのだ。
それで終わったかと思ったら、第二第三のゴーストがぽつぽつと現れる。
なぜ、こんな街中にゴーストが?
結局、俺は朝まで散発的にゴーストを狩り、計10体ほど仕留めた。
別にたいして強くないので問題はないのだが……どうにも腑に落ちない気分だった。幽霊屋敷や廃墟ならともかく、普通の街中でゴーストがこんなにわくものだろうか?
おまけに――
どうもゴーストたちはフィオナの部屋を目指しているように思える。
そのとき、俺の頭にフィオナが持つ赤い宝石が浮かんだ。
「うぅむ……気のせいだったらいいんだが」
これで異変が終わることを俺は望んだ。
――のだが、そう簡単にはいかないようだ。
翌日のこと。俺とフィオナが街道を歩いていると、
「わあああああああ! あんたら逃げてくれ!」
男の悲鳴に目を向けると、興奮した馬にひかれた馬車がすごい勢いでこちらへと突っ走ってくる。馬を制御できない御者の表情が恐怖で歪んでいた。
「わ、わ、どうしましょう!」
「とりあえず、逃げましょう」
俺はフィオナとともに街道を出る。
すると、なんと馬車が軌道修正、再び俺たちへと一直線に向かってきた。
「す、すまない、ああ、あんたら! 逃げて! 逃げてくれええええええ!」
「……とりあえず、逃げましょう!」
そうやって俺たちは場所を離れたが――
またしても馬車がルートを変更、俺たちへと向かってくる。もう馬車はすぐそこまで来ている! 御者は必死に手綱を引くが馬は完全に無視、正気を失ったような顔で俺たちに向かってくる。
フィオナが泣き声のような声を上げた。
「はわわわわわ! どど、どうしましょう、イルヴィスさん!?」
「そうですね、とりあえず、動かないで」
俺は短剣を引き抜いた。
「エンチャント――『硬化』」
力強く叩くとかわいそうなので、優しく馬の鼻つらを『短剣の腹』で叩いた。
切り払い。
突進する馬そのものというより、馬車全体の運動エネルギーを俺は切り払う。おかげで馬車そのものが、ググンと横へとスライドした。
同時、
「ルーズ・スリープ」
馬に魔術をかける。いわゆる睡眠の魔術だ。少しアレンジして急速ではなく、緩やかに眠りに落ちるようにしている。いきなり馬が急停止すると危ないからね。
馬車はどこどこと走り去ったが、まあ、いずれ止まるだろう。
「あ、ありがとうございます! イルヴィスさん! 助かりました!」
「フィオナさんが無事で良かったです」
そう応じつつ、俺は自分が出した結論をフィオナに伝えた。
「思うんですけど、あの赤い宝石を手に入れてからろくなことがありませんよね?」
「……そうですね……」
「俺は鑑定士ではないのでよくわかりませんけど、その宝石、怪しいんじゃないですか?」
「……怪しい、かも、ですね……」
うー、と唸りながら、フィオナが肩掛けカバンから赤い宝石を取り出した。
「捨ててしまった方がいいんですかね?」
「うーん……危険なものを捨てるのはよくない気がします。迷惑になっちゃいますからね」
俺の言葉に、フィオナはため息をこぼした。
「確かにそうですね……」
「捨てるよりは、元の場所に戻す、ですかね。それなら問題ないと思いますけど。今から引き返しますか?」
「……うーん……」
少し考えてから、ポンとフィオナさんが手を叩いた。
「このまま帝都に戻ろうと思います!」
「ほう?」
「実はですね、師匠のお知り合いに帝都で有名な魔導具の作り手がいらっしゃるんですよ。その人に相談してみたいと思います!」
「ほー、そんな人が。なんて人なんですか?」
「あの有名なクラン『黒竜の牙』の8星トラバスさまです!」
「なるほど」
「あの、イルヴィスさん……帝都までいろいろ大変かもしれませんけど、それでいいですかね?」
まー、捨てるわけにもいかない以上、元に戻すか持ち帰るしかないといけない。どちらもコストがかかることなら、クライアントの意向を尊重しよう。
「大丈夫ですよ。俺の仕事はフィオナさんの護衛ですから。俺がなんとかしますから気にしないでください」
そんなわけで、俺たちは帝都を目指して歩き始めた。
……ちなみに、どうして『黒竜の牙』に知り合いがいるのに俺に護衛を頼んだのかフィオナに聞いたところ、こう教えてくれた。
「『黒竜の牙』は報酬が高いんですよね……」
世知辛いなあ……。
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