44.元神童、隠し部屋を見つける
俺は依頼主のフィオナとともにアリシット遺跡の浅層を歩いていた。
依頼内容は『アリシット遺跡に3日、調査のため滞在する。帝都からの往来と現地での護衛を頼みたい』だ。
そんなわけで俺は護衛としてフィオナに帯同していた。フィオナは若い女の研究者だ。茶色い髪に大きな丸いメガネをかけている。
アリシット遺跡には古代人たちが残した彫刻や碑文があちこちに置かれている。
フィオナはそんなものがある部屋にたどり着くと、ふんふんと鼻歌を歌いながら、持ってきたスケッチブックに見た内容を描いていく。
そんな様子を眺めながら、俺はふと尋ねた。
「……アリシット遺跡は、もうあちこち探索されている枯れた遺跡です。わざわざ自分で訪れなくても書物や話を聞けばいいのではないですか?」
「そうですねえ……」
フィオナはスケッチする手を止めずに応答する。
「でも、まあ、研究者としての師匠から言われているんですよね、横着するなって。現地に自らおもむく以上の経験はない。研究者ならば、己の肌で感じてこいって」
「なるほど」
「でもですね、実際、大変ですけどねー」
はー、とフィオナが盛大なため息をつく。
「現地まで旅するのも無料ではないですからねえ……。研究用の予算もわたしみたいなザコ研究者だと微妙で持ち出しが多くて――この日のためにどれだけ倹約してお金を貯めたか……。高い理想を口にするのなら、もう少しお給料をあげて欲しい感じで――」
いけない! 何かが垂れ流れてきている!?
俺が戸惑っているうちに、はっとフィオナが話を打ち切った。
「す、すみません!? 口から闇が漏れてしまいましたよね!?」
「漏れて……いましたね……」
「すみません……薄給で貧乏な研究者なので……ついつい闇が!」
社会人って大変だよね。
……俺はまだその苦労を本当には味わっていないけれど。怖いなあ。
「組織人の大変なところですよ」
フィオナはそう言って、はあ、とため息をつくとスケッチ作業に戻った。
しばらくすると、フィオナは描いている彫像に目を凝らし始める。それからやがて、おもむろに彫像へと登り始めた。
突然の奇行――さすがの俺も驚きの声を上げた。
「え、どうしたんですか!?」
「あ、気にしないでください! 大丈夫です。この彫像の高いところなんですけどね、何か文字が書いてあるんですけど、見えにくくて――」
うーん、と言いつつフィオナがかなり高い位置まで移動し、うーんと目をすがめている。
そして、
「あ、ああ、あー、なるほど、なるほど、これはそういう意味だったのか! よしよし!」
いきなり肩掛けバッグに入れていたスケッチブックを取り出そうとして――
両手を離した。
え、いやいやいやいや! おいおい!
「あ」
言うなり、フィオナが床に転落する。どしーん! という大きな音を立てて尻から着地した。
「あ、い、た、たたたた!」
腰をさするフィオナに俺は駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「え、ええ、はい。なんとか……たははは、つい目先のことに気を取られちゃうのが、わたしの悪い癖ですね――」
俺はフィオナに手を差し出したが、耳についた違和感が気になって少し心ここにあらずになっていた。
「イルヴィスさん?」
立ち上がったフィオナが首を傾げる。
俺は部屋を囲う壁の1枚をじっと眺めていた。
「あの、どうしたんですか?」
「ああ、ちょっと気になることがありまして――」
俺はすたすたと壁に近づいた。
「さっき、フィオナさんが落ちたときにすごい音がしましたよね?」
「はい」
「そのときの、反響音っていうんですか? この壁の部分だけ感じが違ったんですよね」
俺は変だった壁の前に立ち、その壁を手でゆっくりと撫でた。
「え、反響音が違う――そんなことわかるんですか!? それがどこなのかまで!?」
「はい、わかりますけど……わかりますよね?」
「わからないですよ!?」
そうなのか。……まあ、一瞬のことだったし、ぼんやりしていると聞き逃すこともあるかもしれない。
俺はノックする要領で壁を叩いていく。
「……ふむ、周りと音が少し違うな」
音が抜ける感じというか。
俺は壁をとんとんと指先で叩いた。
「この先、空洞だと思いますね」
「ええ、そうなんですか!?」
フィオナが持ってきていた地図を取り出した。
「……そこには何も書かれていませんね……。イルヴィスさんの勘違いでは?」
この遺跡は『枯れていて』浅い層は調査済み。今さら隠し部屋があるはずもない。市販の地図を正しいと信じるのは間違いではない。
だが――
例えば、だ。
地図の作成は冒険者たちの報告を基本の情報としている。ならば、どこかの誰かが発見した隠し部屋を何かしらの都合で報告していない可能性だってあるのだ。
自分たちだけが知っている隠し部屋――
そんなものがあれば、便利だろう。
壁を触っていると、一部だけ手応えの違う箇所があった。
……これは……?
俺はそこを強く押し込んだ。そこのブロックが明らかに沈み込む。
同時――
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
俺の前にあった壁が上へとスライドし、隣の部屋への道を開いた。
「わ、わわわ、ほほ本当に隠し部屋が!? イルヴィスさん、疑ってごめんなさい!」
「いやいや、気にしなくてもいいですよ。……せっかくだし入ってみましょうか」
俺は苦笑しつつ隣の部屋へと移動する。
そこは3メートルくらいの小さな部屋だった。俺たちが入ってきた場所以外に出入り口はない。部屋の中央には――
「あ、宝箱!?」
ついてきたフィオナが大きな声を上げる。
「あ、開けちゃっていいんですかね!? いいんですかね!? イイイイイルヴィスさん!?」
目に金のマークを浮かべながらフィオナが言う。
……貧乏な研究員らしいからな……。
なんの変哲もない隠し部屋。そこに、まるで隠し部屋を見つけた報酬のように置かれている宝箱。
ちょっとした発見に対する、ちょっとした報酬。
それほど不思議でもない。
ありふれた展開だ。
……だが、どこかの冒険者が秘密にした隠し部屋だとしたらどうだろう。
俺にはこう思えるのだ。
よくぞこの部屋を見つけた! それなりの宝は用意したから回れ右で帰ってくれよ!
考えすぎだろうか。
本当に、この部屋にあるのはそれだけなんだろうか?
ランキング挑戦中です!
面白いよ!
頑張れよ!
という方はブクマや画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです!
応援ありがとうございます!




