42.元神童、遺跡調査の護衛を引き受ける
絵画の件が片付いてから数日が経った。
ぼうっと俺がソファに寝転がっていると、アリサがつかつかと近づいてきた。
「お兄ちゃん?」
「はい」
「そろそろ、お仕事しませんか?」
そんなわけで、俺は家から追い出されてしまった。言い訳の余地もなく、容赦なく家から追い出されてしまった。
俺には働く以外の選択肢はないらしい。
……まあ、大森林での激闘を言い訳にずいぶんと休んでしまったからな。さすがにそろそろ、働いてもいいかな? 的な気分がわいてきている。
俺は戦慄した。
この俺の心に……働いてもいい、という感情が芽生えただと!?
ダメだダメ、そんなキャラ崩壊みたいなことしちゃダメだ! 俺はやる気がない感じに生きて、アリサに尻を叩かれてようやく働くくらいがちょうどいいのに!
この感情は避けよう。だから、この概念に元素名をつける。
シャチクチモン。
組織のために滅私奉公――『社畜』の名を冠する恐ろしい感情だ。これに被曝し続けるとろくでもないことになるに違いない。きっと対抗元素はニートニウム。量産が待たれるな。
そんなことを考えつつ、俺は冒険者ギルドにやってきた。
薬草集めに大森林直行でもいいのだが――前回の件で大森林が混乱に陥っているらしく、どうも勝手がわからない。まずはギルドで情報収集しよう。
そんなわけで、俺はいつもの薬草を買い取ってくれる買取嬢の元へと向かった。
「あ、『神の手』のイルヴィスさんじゃないですか!? お久しぶりです!」
「お久しぶり」
俺は彼女の対面に座った。
「今日は買取じゃないんだけど――大森林の状態について教えて欲しいんだ。大丈夫?」
「もちろんです! ええとですね。……イルヴィスさんもご存知のとおり、謎の大爆発が起こったじゃないですか?」
「あ、ああ……」
俺の中では謎の大爆発ではないのだけど……。自称ヴァルニールが自爆して、あんなことになったのだ。そして、それを消火したのも俺だったりする。
その辺はうまく説明ができないし、信じてもらえないので今のところ伏せたままである。
「しばらく大混乱状態でしたが、さすがにかなり時間も経ったので、だいぶ落ち着いてきましたね。今では薬草採取を再開している人も戻ってきています」
「なるほど」
「それとですね、これは朗報――まあ、ギルドや治癒院にとっての朗報なんですけど、薬草の品質が少しずつ上がってきていますね」
「へえ?」
「調査員の話だと、大森林全体で栄養素が増しているらしくて。市中に出回っている高品質な薬草の数が増えてきているそうです」
どうしてそうなかったかは知らないが、少なくともいい傾向だろう。
であるのなら――
「じゃあ、薬草採取以外の仕事もしてみようか」
「え!? 神の手、引退しちゃうんですか!?」
「別にそういう意味じゃないんだけど……冒険者になったからには他の仕事もしてみたいしね」
「そうですか」
うんうんとうなずき、買取嬢は続けた。
「では、見聞を広めて必ず薬草採取にまた戻ってきてください。神の手を超えた――神の手を超えた……うーん、神の手……」
「無理して神の手以上の言葉を探さなくてもいいんじゃないかな?」
神さま以上はなかなかないだろうな。異名は小さいものからつけて育てていくほうがいいんじゃないかな。いきなり神の手は失策だろう。
「イルヴィスさん、そろそろ昇格クエストを受けてみるのはどうでしょうか?」
「昇格?」
「はい。とりあえず、B級とかどうですか?」
び、びい?
俺は最底辺のF級だから、4ランク上? どういう計算してるんだ……。
「いやいやいや、俺、F級だよ?」
「そうですよね! もう低い場所にいるなんて嫌ですよね! B級ですら不足ですか! では、さらなる高み、A級やS級ではどうですか!?」
「いやいやいや、もっと低くていい! まずは着実にE級だろう!?」
「ええ? イルヴィスさんだったら、いきなりS級でもいけそうな感じですけどね……」
「無理だって! そもそもS級の昇格クエストって何をやるの?」
「いろいろありますけど――ジオドラゴン討伐とか?」
ドラゴンって言ったか!? ドラゴンって言ったか!?
「で、き、る、わ、け、な、い、だろうがあああああああああああああ!」
殺す気か!?
「意外と俺は堅実でね。着実に進めていきたい。そんなわけでE級の昇格なら受けてみたい」
「そうですか、仕方がないですね、イルヴィスさんには早く羽ばたいてもらって、大きな仕事をこなしてもらいたいんですけどねえ」
過大評価だなあ……。
「では、E級の昇格クエストですね。……それほど難しくはありません。ギルドが指定する簡単なクエストを問題なく片付けていただければ昇格となります」
「どんなクエスト?」
「そうですね……」
買取嬢が取り出したファイルをざっと眺めて、俺に一枚の紙を差し出した。
「これなんてどうです?」
紙に書かれている依頼内容は『護衛』だった。帝都の近くにあるアリシット遺跡の調査をしたい人物がいて、その人の護衛をして欲しいとのことだ。
「……護衛ねえ……」
「すすすす、すみません、その節は――!」
俺がつぶやくと同時、買取嬢が平身低頭になった。
その節――俺がライオスの護衛をして殺されそうになった件だ。もちろん、俺はライオスの身元保証をしてくれたギルドに事の次第を報告した。
結局、偽装工作が徹底されていて、身元を突き止めることはできなかったが――
ギルドの落ち度は落ち度として、凄まじく謝られることになった。
「今度は大丈夫か?」
「もちろんです! 今回の依頼主の身元は鉄板も鉄板! ちゃんとした組織に所属されている研究者の方です! 絶対の絶対に間違いはありませんから、ご安心ください!」
「まあ、信じるけどさ……」
引きずってネチネチ言うつもりはない。仕事上のミスは誰にだってあるし……そもそも、買取嬢の彼女がミスったわけではないしね。文句を言って圧力をかけるのは筋違いだ。
「わかった、受けるよ」
「おお! 本当ですか!?」
「ああ」
紙に目を走らせて、俺はぽつりと言った。
「アリシット遺跡、ね……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帝都にある『黒竜の牙』本部――
オルフレッドの執務室に、右目に片眼鏡をつけた三〇半ばの男が訪れていた。8星『紫煙の』トラバスだ。トラバスも魔術師だが、カーミラのような直接的な魔術よりも魔力がこもったアイテム――魔導具の製作を得意としている。
トラバスは淡々とした口調で続けていた説明をこう締めくくった。
「『冥府の目』の回収に技術的な目処がつきました。現地におもむいて確認後、問題なければ回収いたします」
「うむ」
うなずいた後、オルフレッドは隣に立っている、オルフレッドと遜色のない見事な銀髪の若い女に目を向けた。年の頃は18歳でとても美しい顔立ちの、怜悧な雰囲気をたたえた女性だ。
顔の様子がオルフレッドに似ている。
当然だ――なぜなら、彼女はオルフレッドの娘だからだ。オルフレッドの血とともに才能も引き継いでいて、剣魔の両方に高い技量を誇っている。とても優秀な人物で、期待のルーキーとして――幹部候補生として『黒竜の牙』に加入した。
「ユーリよ、話は理解できたかな?」
「はい、もちろんです」
「今回はこのユーリも連れていってもらう。頼むぞ、トラバス」
「承りました。安心してこのトラバスにお預けください」
「うむ」
うなずいた後、オルフレッドはこう続けた。
「で、場所はどこだったかな?」
トラバスは抑揚のない口調でこう答えた。
「アリシット遺跡でございます」
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