35.元神童、妹と一緒に絵画教室へと向かう
大森林の騒動から2ヶ月――
俺は心底からダラダラした。さすがにね、あんなに頑張ったら無理です。今まで出したことがない本気まで出して戦ったんだから、休憩が必要だと思うんだよね。
お金については薬草で稼いだお金があるので実に余裕がある。
ふははははははは、俺の稼いだ金でゴロゴロするのだから胸を張ってごろごろできるな!
それに大森林があんな状態なので、ぶっちゃけ、薬草を採取しに行くのは大変だったりもする。こういう時は無理をせず休むのも大事だ。
これを大義名分と呼ぶ!
ある日、そんな感じでダラダラ過ごしている俺にアリサが話しかけてきた。
「ねぇ、お兄ちゃん、暇だったらさ、ちょっとわたしに付き合ってよ?」
「うん? 別に構わないが、どこに?」
「絵画教室にでも行ってみない? 無料の体験コースがあるらしいの」
そう言って、アリサは1枚のチラシを俺に差し出した。
そこには『ブラドラ絵画教室で絵画の体験コースはいかがでしょうか!? 絵画の才能に目覚めるチャンスです!』と書かれている。
絵画ねー……。
1ミリも興味がわかないな。
俺は芸術全般があまり好きではない。
学生時代、『好きなように思うがままに描きなさい! 己の表出! それこそが芸術なのです!』と教師たちが言っていた。
そんなわけで、最初は思うがままに描いていたのだが、実にウケが悪い。眉をひそめた美術教師に「イルヴィス君、君はふざけているのかね?」などと言われる始末だ。
え? 俺は己の思うままに描いているんですけど?
そう思ったのだが、すぐに考えを変えた。
なるほど、ならば『あなた方が思う素晴らしい絵』を描いてやろうじゃないか。
そんなわけで俺は、美術教師たちが好きそうな、古典芸術に即した写実的な絵画を描いてみせた。別にマネすることくらいなら造作もない。
彼らは言った。
素晴らしいよ、イルヴィスくん! 君は天才だ!
そんなわけで俺は美術でも最高評価となったわけだが、自分の好きなものを描いたわけではないので、それほど好きにはなれなかった。
俺に興味はないのだが――
「アリサは行きたいのか?」
「うん! ほら、芸術のわかる女性って大人って感じじゃない!?」
……どうなんだろう? まあ――
「……アリサが行くならついていくか……どうせ暇だし」
そんなわけで、次の休日、俺たちはブラドラ絵画教室の絵画体験コースに参加した。
ブラドラ絵画教室は帝都の一等地にある、なかなか立派な建物に入っていた。
「……意外とすごいな。もっとこう、こじんまりしたものを想像していたよ」
「そりゃそうだよ、『黒竜の牙』が経営しているんだもん」
「え!?」
俺が受験した、あの帝都最大クランか!?
「……なるほど、そりゃ金はあるよな……」
建物に入った。
受付でアリサは体験コースを予約している旨を告げる。臨時の入館証をもらって俺たちは案内役のスタッフとともに建物の奥へと進んだ。
その途中、通路に貼り出された大きなポスターに俺は気がついた。
『ブラドラ絵画大賞! 芸術界の革命児よ来たれ!』と大きな文字が記されている。
「……これは?」
なんとなくつぶやいた俺の言葉に案内役のスタッフが反応する。
「ブラドラ絵画教室が中心となって開催している絵画の賞でございます。帝都中の才能が集う栄誉あるコンテストなんですよ。もう最終審査まで進んでいて、今晩ここで開かれる最後の品評会で大賞が決まるんです」
「へえ、そうなんだ」
「なんと8星の芸術家ソルタージュさまが評価されるんですよ!」
8星ソルタージュ――あまり8星の名前を覚えていない俺でも知っている有名人だ。
クラン『黒竜の牙』に所属する冒険者でありながら、帝国を代表する芸術家でもある。ソルタージュの作った芸術作品は定期的に発表されて、そのたびに帝都で話題になっている。
俺たちは絵画教室のアトリエに入った。複数人の体験希望者が座っていて、彼らの前に白地のキャンバスが置いてある。
「こちらでございます」
スタッフが案内してくれた席にもキャンバスがドーンと置かれていて、足元には多種多様な画材が置かれている。
俺とアリサは隣同士の席に座った。
スタッフは俺たちに一礼すると、
「ぜひ深遠なる絵画の世界をお楽しみください」
そう言って部屋を出て行った。
俺たちの前方には一脚のイスがあって、座席の上にリンゴやらオレンジやらを山盛りにした果物かごが置かれている。
おそらく、あれを描くのだろうな。
足元には『優しい絵画の描き方』という教本が置いてあった。それを眺めて時間をつぶしていると――
ドアを開けて20代くらいの若い女性が現れた。
「わたしが本日の講師を務めさせていただきます。短い間ではございますが、皆さま、よろしくお願いいたします」
最初に講師が描き方の基本を話した後、俺たちは思うがままに絵を描くことになった。
「うふふ、楽しいなー♪」
隣でアリサがキャンパスに下書きをしながら楽しそうに笑っている。
その横で俺は、そんな様子のアリサを眺めている。キャンバスは真っ白のままだ。
「そんなに楽しいかね?」
「お兄ちゃーん、そうやって斜に構えるのやめなさーい。もっと心を開いて開いて。何事も楽しむ感じで。そうだ、どうせなら本気で描いてよ?」
「え? 本気?」
「そうそう、いつも学校ですごい絵を描いていたじゃない? むっちゃきれいなの」
「ああ……」
あれは美術で点数を稼ぐために描いたもので、まったく本気じゃないんだけどな……。
だけど、本気か。
悪くはないな――なぜなら、ここでは点数を気にする必要がないんだから。
俺は、ふふんと笑ってアリサに答えた。
「わかった。なら本気を出してやろう」
「わー、楽しみー!」
1時間後、そんな晴れ晴れとした妹の笑顔がどんよりと曇っていた。
「……え、こ、これは……?」
「俺の本気だが?」
俺の描いたキャンバスを見ながらアリサがぼやく。
「ええっと――どこがイスでどこが果物なの?」
「こことここだが?」
「いやいやいやいやいや」
アリサは首を振った。
「これがイスや果物ってのは無理があるんじゃない? 『おどろおどろしく描かれた柳の木に張り付けられたタコの惨殺死体』だよ!?」
ひどい言いようだ。
……まあ、一切の主観を排して客観的に見ると、確かにその評価は正しい気がするな。
うん――
確かにこれ、『おどろおどろしく描かれた柳の木に張り付けられたタコの惨殺死体』だわ。
だが、まあ、俺の芸術フィルターを通すとこうなっちゃうんだけどね。俺の心がこう描け! と大声で叫ぶのだ。
アリサが唇を尖らせる。
「お兄ちゃん、ちゃんと描いてよ」
「いや、俺なりにだな――」
そのとき、背後から咳払いが聞こえた。振り返ると、絵画教室のスタッフが立っている。
「お客さま、申し訳ありませんが、他の方に迷惑なので私語はお控えください」
「「す、すみません!」」
俺たちは頭を下げると会話を打ち切った。
スタッフは俺の絵を見るなり、顔を引きつらせたが、何も言わずに戻っていった。
……まあ、アリサやスタッフの反応が普通なのだけど。
そんなに変な絵なのかねー……俺は悪くないと思うんだけど。
それからしばらくして――
「はい。本日はここまで。皆さま、お疲れ様でした。本教室の講座に興味を持たれた方は、お気軽に受付までお申し出ください」
講師がそう言って体験コースは終わった。
キャンバスは持って帰ってもいいそうだが、もちろん俺は持って帰らなかった。別に俺はそれほど絵画に興味がないからな……。
ま、暇つぶしにはちょうどよかったんじゃないかな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから数時間後。
絵画教室の入っている建物にて『ブラドラ絵画大賞の最終審査』が行われた。
候補作はどれも美しい作品ばかりだったが、1点だけ異質なものが混じっていた。
それは誰がどう見ても『おどろおどろしく描かれた柳の木に張り付けられたタコの惨殺死体』にしか見えない絵画だった――
1章は前回で終わり、本日より2章となります。
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