33.最強オルフレッドvs???
真っ赤な身体の牛頭モンスター――レッド・ミノタウロスが大口を開ける。
「ボガアアアアアアアアアア!」
直後、口から炎が吐き出された。
肌を焼く熱気にもオルフレッドは表情ひとつ変えない。
「ふん」
こともなげに魔剣ダーインスレイブを振るう。
瞬間、炎が断ち割れた。
周りにいる冒険者たちが驚愕の声を上げる。
「うおおおおおおおお! さすが『黒竜の牙』リーダー!」
「剣聖にして賢者!」
「生きる伝説のオルフレッド! 炎まで斬るなんて!」
そんな言葉を聞きながら、内心でオルフレッドは笑った。
(人の身で炎など斬れるはずがなかろう)
そんなことは卓越した技量を持つオルフレッドですら不可能。持っている伝説の魔剣ダーインスレイブの力を展開しただけだ。
だが――
彼らの思い違いをオルフレッドは訂正したりしない。
いいのだ、それで。
思い違わせておけばいい。評判が人を形作る。己に有利なことであれば勝手に言わせておけばいい。それがオルフレッドという伝説を作る。
そこに罪悪感を覚える必要もない。
なぜなら――
「遅い」
オルフレッドの剣がレッド・ミノタウロスを一撃で両断する。
こんなにもオルフレッドは強いのだから。最強が最強であること――その事実に変わりはない。
そして、それは決してオルフレッドの過信ではない。
事実、この戦場で横たわるモンスターの死骸、その半数はオルフレッドの手によるものだ。
オルフレッドはなんの感慨もなく戦場を見渡した。すでにスタンピードのモンスターたちはほとんど倒れていて、数の多い雑魚ばかり。残党狩りは普通の冒険者たちに任せておけばいい。
オルフレッドの仕事は終わったのだ。
(……ふん、実に他愛ない……)
街すら滅ぼすスタンピードですら、オルフレッドがいれば問題にすらならない。これが現実なのだ。
「オルフレッドさま!」
流星の剣士フォニックがやってきた。森で討伐任務をこなしていたが、スタンピード発生に気付いて戻り、ここの戦線に参加していた。
「私の持ち場も片付きました! スタンピードはほぼ収束しております!」
「そのようだな。だが――」
そこでオルフレッドは首を傾げた。大森林の方角に目を向けて、指を向ける。
「あれはなんだ?」
「なっ!?」
フォニックが言葉を失う。
森の奥からもくもくと大量の煙が立ち上っていた。
(あのときか――?)
オルフレッドには覚えがあった。
戦っている最中、森の奥から爆音が響き、大きく地面が揺れたのだ。
「何が起こっているのだろうな?」
オルフレッドは浮遊の魔術を発動して浮かび上がる。すっと上空へと舞い上がり、煙の出元へと目を向けた。
火事だ。
炎が燃え広がり、森が燃えている。かなり大規模で放置すれば大変なことになるだろう。
(なるほど、面白い)
くくく、とオルフレッドは喉の奥で笑った。
(あれをあっさり消し去れば、また私の伝説が――『黒竜の牙』の名が世に轟くな)
言うなり、オルフレッドは虚空に映像魔術を展開した。
そこに燃え盛る森を転写する。
おおおおお! と冒険者たちがどよめく。
オルフレッドは音声を拡大する魔術を行使、戦場全体に響くような音量で喋る。
「見よ! 大森林が燃えている! 多くの生物が生き、多くの植物を育む緑の森が炎に包まれている! 駆け出しの頃、あの森の薬草集めで糊口をしのいだものも多かろう! このままでは諸君らの愛した森は膨大な灰に変わるだろう!」
冒険者たちが悲鳴のような声を上げる。
その響きがオルフレッドには心地よかった。
物事には演出が必要だ。それが『行い』の成果を2倍にも3倍にも引き立ててくれる。
仕事をそのまま遂行するのは二流だ。適切な演出によって、成果を数倍にしてこそ一流。同じ労力を払うのだ、ひと手間でより多くのものを引き出すべきなのだ。
冒険者たちの耳目がオルフレッドに集中している。
(……準備は整った)
彼らはきっとオルフレッドの成果をあちこちにばら撒いてくれるだろう。
満足したオルフレッドは両腕を前に差し出す。
「大気に宿りし数多の水よ! 隠ししその姿を我が前に示し、この手に宿れ。偉大なる水龍王の形を模し、我らの敵を呑み込め!」
オルフレッドの周囲に次々と水の玉が浮かび上がる。それは互いに融合し、だんだんと大きくなり、ひとつの形をなしていく。
オルフレッドの周囲をとりまく、文字どおり水でできた巨大な龍へと。
高位魔術のひとつ『ウォータードラグーン』――
賢者の称号を持つオルフレッドなら造作もない術だ。
「うおおおおおおおおお! さすがはオルフレッド!」
「『黒竜の牙』リーダー!」
「火事だって一発だ!」
冒険者たちの興奮の声――オルフレッドには実に心地がいい。
(褒めよ、称えよ。そして、今日のこのことも語り継ぐがいい。オルフレッドと『黒竜の牙』の名を遠く、遠くへな――!)
己の力を振るう最高の舞台が整った。
森を覆う炎は広く、もうもうと煙が吹き上がっている。何も問題はない。オルフレッドのウォータードラグーンが決まれば、すべての炎は消える。
――さあ、我が力を見よ!
「ウォータードラグーン!」
オルフレッドが魔力を解き放つ。
巨大な水龍は飛び立ち、その膨大な水の質量と圧力が燃え盛る炎を粉砕するだろう――
「――!?」
そうはならなかった。
解き放とうとしたウォータードラグーンはぴくりとも動かなかった。それどころか、身体をびくりと振るわせた後、そのまま、糸が解けるように身体が瓦解していく。
(……な、何が……!?)
オルフレッドは動揺した。
彼の人生で、本当にごくたまにしか湧き起こらない感情だ。
なぜ、こんなことが……?
だが、それは起こっている。賢者であるオルフレッドが、『黒竜の牙』リーダーであるオルフレッドが、帝都最大戦力のオルフレッドが――
丹念に練り上げた魔力がほどけていく。
(……バカな……!?)
オルフレッドの明晰な頭脳は状況を解析していく。
自分の魔術が失敗したわけではない。奪われているのだ。この空間にある水分のコントロールを何者かがオルフレッドから奪い取っている。
その事実は――
オルフレッドの背筋に凍てついたものを感じさせた。
(この賢者たる、歴代でも最高峰の魔術師であるオルフレッドから制御を奪うほどの魔術師がいるだと!?)
信じられないが、いるのだ。間違いなく。そんな化け物のような――オルフレッドを超える規格外の存在が。
水が消えた。
(……いったい、何の魔術を使うつもりだ!?)
ウォータードラグーン以上の水を必要とする魔術。そんなものが発動されれば、必ず目立つはず。それを見逃すつもりはない。
見つけ次第、そこに向かい正体を見定めてやろう!
じっと森を見つめるオルフレッド。
――かくして、魔術は発動した。
ぴとり、と妙な感覚がオルフレッドの豊かな銀髪に伝わる。
オルフレッドは反射的に空を見上げた。そこはさっきまで晴れ渡っていた青空だったはずなのに、今では灰色の曇天が広がっている。
「なん、だと!?」
さらに、2つ目の雨粒がオルフレッドの顔を打つ。それは次第に数を増し――
凄まじいまでの豪雨が降り注いだ。
「雨だ雨だ!」
「おお、これなら火事も消えるぞ!」
冒険者たちが能天気な声を上げている。
(……雨、雨だと……!?)
自然に降った雨ではない。何者かが、オルフレッドから膨大な水分のコントロールを奪い取り、この雨雲を作り出したのだ。
その推論におかしなところはない。
ただ一点、天候を操る魔術は超絶難易度であり、あまりの難しさにいつの間にか失われた技術となり、誰も使えなくなったことを除けば。
もちろん、オルフレッドも例外ではない。
「……そんな、ありえない……」
オルフレッドは呆然とした様子で豪雨に打たれ続け――
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
感情の赴くままに絶叫した。
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