29.スタンピード!(下)
次々とカーミラは魔術を展開する。
その強大な威力はモンスターをかたっぱしから倒していった。
それでも視界に映るモンスターの数は減る様子がない。次から次へと新しいモンスターが大森林から押し寄せてくる。
もう何時間、戦っただろうか。
終わりのない戦いに冒険者たちの疲労も濃い。カーミラたちの参戦による高揚もすでに失われている。
「……ああ、もうめんどくさい!」
カーミラが吐き捨てたときだった。
ミノタウロスが現れた。
「ウィンド・カッター!」
再びカーミラが魔術を放つ。両断される――と思ったが、肩口をぶつけたミノタウロスにはざっくりと切り傷が入っただけだった。
よく見ると、ミノタウロスではなかった。
同じ牛頭で筋肉質な身体を持っているが、肌が漆黒だ。ハイ・ミノタウロス。ミノタウロスの上位種だ。上級冒険者ですら苦戦する相手だ。
流石に8星カーミラでも、連射が目的の軽めの魔術では一蹴できない。
「こんなモンスターまで!」
「カーミラさま、お下がりください!」
そう言って、配下の戦士たちが前に出る。
稼いでもらっている間に一発でかいのを決めるしかない! カーミラは次の魔術の準備に入ろうとすると――
「ウィンド・カッター」
背後から声がした。
それは容赦なく、ただの一撃でハイ・ミノタウロスの巨体を、手に持った巨大な戦斧ごと真っ二つにした。切断されたハイ・ミノタウロスの上半身が地面に落ちる。
魔術師としての到達点である自分を超える威力――
そんな実力を誇る使い手などそういない。
カーミラが振り返る。
振り返る必要などないのだが。誰がそこにいるかなど明白なのだが。
そこには銀髪のオルフレッドが立っていた。剣聖にして賢者、両方の称号を持つ当代最高の使い手だ。
ハイ・ミノタウロスを一撃で倒す戦果を上げたのに、その目には何の自慢げな光もない。当然だろう。彼にとってそれは当たり前で、たいしたことではないのだから。
「いらぬ手を出してしまったかな、カーミラ」
「いえ、助かりました」
カーミラはそう言って、静かに頭を下げる。
「状況は?」
「あまり良くありません。モンスターの数が多すぎるので」
「参加が遅れたな。足手まといが多すぎる――ゴミどもがいなければ魔術で吹っ飛ばせるのだがな。実に美しくない戦場だ」
心底からうんざりした口調でオルフレッドは吐き捨てる。
「では地道に切り捨てるとするか」
オルフレッドは腰から魔剣ダーインスレイブを引き抜く。
その瞬間――
オルフレッドの姿が消えた。いや、消えたのではない。とんでもない速度で移動したのだ。まるで彼そのものが一陣の風になったかのように戦場を駆ける。
彼が通り過ぎると、そこには惨殺されたモンスターの死体だけが残った。
強力無比な斬撃が次々とモンスターを切り捨てていく。
今、冒険者たちが必死に抑え込んでいる10メートルを超えるレッサードラゴンですら――
ヒュン。
風を切る音とともに太い首を切り捨てている。
一瞬の出来事に冒険者たちが息をのむ。
倒れたレッサードラゴンの背中に立ち、オルフレッドは叫んだ。
「ここに我あり! 『黒竜の牙』のマスター、オルフレッドだ! 私と私が率いる『黒竜の牙』がある限り、全てのモンスターは雑魚でしかないことを証明して見せよう!」
その瞬間――
まるで地面が揺れるかのような声が響き渡った。
「オルフレッド! オルフレッド!」
「最強の冒険者!」
「やった! 勝てる! 勝てるぞ!」
カーミラが来たときとは比較にならない賞賛と高揚が戦場に響き渡った。
これがオルフレッドだ。
彼の名は全冒険者たちにこの言葉とともに覚えられている。
すなわち――
最強と。
それはカーミラも同じだ。
「ふふ、これで勝ったかしらね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
イルヴィスは大森林にある『黒竜の牙』の支部近くまでやってきた。
託された赤い水晶をヴァルニールという人物に渡す必要があるのだが、そのヴァルニールがわからない。
男は『黒竜の牙』の誰かに聞けばわかる――
と言っていたが、その『黒竜の牙』に所属していそうな人影がどこにも見当たらなかった。
「……ていうか、誰もいないんじゃ?」
建物を眺める限り、あまり人気を感じない。『黒竜の牙』と言えば帝都最大のクランだ。誰もいないはずがないのだが。
「……何か急用で出掛けたのかな?」
そう言えば、とイルヴィスは思い出す。
ここにやってくる途中、大急ぎで大森林を移動する冒険者の一団に出くわしたのだ。あまりにも急いでいる様子だったのと、そもそも何者なのかわからないので隠れてやり過ごしたのだが……。
「ひょっとして、あれが『黒竜の牙』だったのか?」
だとしたら納得もいくが。
いや、それはそれで別の問題が出る。彼らはなぜあんな大移動をしていたのだろう。帝都方面で何かが起こっているのだろうか。
「……考えても仕方がないか……」
イルヴィスは忘れることにした。とりあえず、託された赤い水晶を引き渡すことに全力を注ぐべきだ。
仕方がないのでイルヴィスは『黒竜の牙』のアジトへと入っていった。
「ごめんくださーい……」
などと言いつつ入ってみるが、なんの反応もない。
勝手に入ることに少しばかり罪悪感があるのも事実だが、依頼を完遂するためだ。きっとこの水晶はとても重要なもので待ちわびているに違いない。なんとしても渡さなければ。
「すみませーん、ヴァルニールさんはいらっしゃいますかー……」
と、ドアを開けて大きな部屋に入ったときだった。
――!?
突然、真横から殺気が膨らんだ。
何者かがいて、いきなり俺めがけて剣を振り下ろしてきたのだ。
とはいえ。
俺は部屋に入る前から気配に気がついていたので特に驚かない。……まあ、いきなり剣を振ってきたことには驚いたけど。
別に異常だとは思わないかな。
だって、今の俺ってただの不正侵入者だからね。斬りかかってきても文句は言えないね。
ぱん。
手の甲でさらっと剣を払った。男に驚く間すら与えずに踏み込み、剣を持った右腕を押さえ込んで喉元に手を当てる。
「すみません、勝手に入ってしまって。ヴァルニールって人を探しているんですけど」
そう話しつつ、俺は部屋の奥にある複数の気配に目を向けた。
部屋のあちこちに武器を持った男たちが立っている。最奥には二人の男が立っていた。そのうちの一方に見覚えがある。
禿頭にメガネ――
2ヶ月前の指名クエストで俺を見捨てた男――コボルトの群れに襲わせて俺を殺そうとした男――
「グランツ!?」
「悪いがそいつは偽名だ。俺はライオスだ」
グランツ――ライオスはあっさりそう言った。
「久しぶりだな、イルヴィス。会いたくて会いたくて仕方がなかったぞ。お前のせいで苦労したからな!」
そう言ってライオスが大笑いする。
隣の陰気な様子の男が口を開いた。
「私がヴァルニール――『黒竜の牙』にて8星を担う一人だ。私も会いたかったよ、イルヴィス。私の足元をかき回してくれた不快な男――楽に死ねると思うな」
ヴァルニールの口元に嗜虐的な笑みが浮かんだ。
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