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28.スタンピード!(上)

 濃厚な瘴気が続くことにより、膨大なモンスターが無限連鎖のように生まれ続ける現象のことをスタンピードと呼ぶ。


 圧倒的なモンスターの量はそれだけで脅威だ。

 それは一種の天災のようなもので、対応を誤れば簡単に街ひとつが滅びてしまう。

 大森林の高まり続ける瘴気は、ついにスタンピードの領域にまで届いてしまった。


 瘴気によって形作られたモンスターたち――

 やがて彼らはひとつの場所へと進撃を開始する。


 すぐそこに巨大な街があった。人が大量に住んでいる巨大な都市が。そこから漂う臭いと気配を彼らは我慢できなかった。


 人間。

 彼らが敵対するべきもの。


 モンスターの大群は人類を殲滅しようと動き始めた。


 大森林から突き進んでくるモンスターたちの群れ。その様子はすぐに帝都の防衛兵たちに観測された。

 彼らはそれが何かをすぐに把握した。


「スタンピード発生!」


 怒涛の勢いで迫ってくるモンスターを見ながら、防衛兵は悲鳴のような声で報告する。

 それは瞬く間に帝都中を駆け巡った。

 もちろん、『黒竜の牙』本部にも。


「スタンピード?」


 8星、紅蓮の魔術師カーミラは執務室で言葉を聞くなり、大きなため息をついた。

 想定しえなかったわけではない。これほどの瘴気の増大だ。むしろ、いつ起こってもおかしくはないと警戒すらしていた。

 それでも起こってしまうと面倒なことこの上ない。


「オルフレッドさまは?」


「ただいま外出中でございます」


 帝都最大戦力の不在。しかし、それでもカーミラは揺るがない。

 なぜなら、帝都の戦力の厚さは盤石だから。8星の己がいて、精鋭揃いの『黒竜の牙』もいる。帝国騎士団もいる。他のクランのメンバーも数が多い。

 負ける気など、ありはしない。


「じゃ、我々の務めを果たしましょう」


 カーミラは杖を持って前線へと出撃した。

 もうすでに出撃している冒険者たちとモンスターたちの交戦が始まっていた。


「ブモオオオオ!」


 絶叫を上げながら、牛頭のモンスター――ミノタウロスが襲いかかってくる。筋肉質な肉体の持ち主で、巨大な斧を振り回している。周りにいる冒険者たちが必死な形相で応戦している。

 カーミラは一瞥いちべつをくれた後、杖を向けてこうつぶやいた。


「ウィンドカッター」


 瞬間、

 斬――!

 まるで草でも刈り取るかのような淡白さで、筋肉の鎧を身にまとったミノタウロスの身体が風の刃にあっさりと両断される。


「ミノタウロスくらいじゃ、焦るほどでもないかな」


 カーミラは口元を緩めてふふふ、と笑う。

 おおおおおおおおお!

 と周囲の冒険者たちがどよめいた。


「紅蓮のカーミラ!」


「『黒竜の牙』の8星だ!」


「黒竜だ! 『黒竜の牙』が来たぞ!」


 その言葉は次々と伝播して現場で戦う冒険者たちの戦意を高揚させていく。

 彼らにとって『黒竜の牙』とは特別な存在。帝都最大最強のクラン――いつもは強力な商売敵だが、味方につけばこれほど頼りになるものもいない。

 カーミラは部下たちを見てこう言った。


「さ、『黒竜の牙』としてのプライドを見せないとね。存分に己の力を示し、帝都最大最強の名を売りなさい」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 もちろん、スタンピード発生の報告は大森林にある『黒竜の牙』のアジトにも届いていた。


 長距離のメッセージ伝送を可能にする魔道具から届けられたカーミラからのメッセージを受けて、ヴァルニールの部隊も動き始める。


 大森林でモンスターを率先して狩り、少しでも帝都に襲いかかるモンスターの数を減らす。


 それがヴァルニールの部隊の仕事だった。


 アジトから出撃するメンバーたちを、ヴァルニールは上階にある執務室の窓辺から静かに見下ろしていた。


「出撃、完了いたしました」


 背後からライオスの声がした。手配は全てライオスに任せてある。


「ヴァルニールさまと私、あとは私の子飼いの部下しか残しておりません」


「そうか」


 ヴァルニールにとってはそのほうが都合がいい。

 秘密の部屋に隠してある『ジェネレーター』の調整を誰の目も気にせずにできるからだ。


「では存分に作業をするとしよう……前回はうっかり失敗したからな」


 ヴァルニールは先日のことを思い出す。

 夜、ジェネレーターの調整をしていたときのこと。『黒竜の牙』のメンバーが間違えて部屋に入ってきてしまったのだ。


「出ていけ」


 一般メンバーでしかない男は、ヴァルニールの言葉を聞いてすぐ出て行った。だが、ヴァルニールは安心できなかった。あの男がどこまで気づいたかはわからない。


 ならば、口を封じればいい。


 ヴァルニールは任務と偽って男に赤い水晶を渡して大森林へと向かわせた。その赤い水晶にはヘルハウンドを呼び寄せる効果がある――

 今ごろ男は死んでしまっただろう。

 たいして優秀でもない男だ。失って損はない。そんな男の命よりも確かに大切なものがある――


「ジェネレーターは絶対の秘密。誰にも教えられないものだからな」


 ジェネレーターこそが『黒竜の牙』における採取部門躍進の秘密だった。

 これは大森林の栄養素を操作する装置だ。

『黒竜の牙』の占有地でだけ高品質な薬草を採取できた理由は、外から膨大な栄養素をジェネレーターで奪い取ってきたからだ。


 とても便利な代物だが、副作用もある。

 膨大な瘴気を吐き出してしまうのだ。


 この2年間、大森林のモンスターが増加していた理由はそこにある。もちろん、ヴァルニールはそんな事実など興味がない。『黒竜の牙』の利益と、それによる己の立場の強化しか考えていないからだ。


 それは微妙な均衡を保っていたのだが――

 つい先日、大きく崩れてしまった。


 奪われてしまったグランヴェール草、その代わりを急速に栽培するためだ。


 グランヴェール草は育つのに膨大な栄養素が必要で、長い時間をかけて育つ。それを取引に間に合わせるために短期で無理やり栽培したのだ。

 大森林中の栄養素をかき集めることによって。

 大森林内の薬草の品質は驚くほど下がったが、ヴァルニールには興味のない話だ。


 絶対に間に合わせよ――

 それがオルフレッドの指示なのだから。上の命令を、あらゆる方法を使って遂行する。それが下の果たすべき役割だ。


「……しかし、スタンピードとは、さすがにやりすぎましたかな」


 ヴァルニールほど割り切っていないライオスの言葉にはためらいがある。

 ヴァルニールはあっさりと問い返した。


「なぜ?」


「帝都への被害を考えれば、いささか問題かと」


「できておらんな、お前は」


「は?」


「帝都に被害などでない。なぜなら、帝都にはオルフレッドさまがいるからだ」


 帝都最大最強の戦力、その力があれば、こんなもの苦難ですらないとヴァルニールは信じていた。それは都合のいい思い込みではなく――単純な事実だとヴァルニールは知っている。


「いや、むしろ――オルフレッドさまが討伐されれば、『黒竜の牙』の名声は否応にも高まるだろう。グランヴェール草も間に合うことも考えれば、まさに一石二鳥ではないか?」


 ふふふふ、とヴァルニールは小さく笑った。

 本当に本心から、むしろ褒めて欲しいくらいだとヴァルニールは思っている。瘴気を吐き出すことで仕事が増えるのだから、どれほど『黒竜の牙』に貢献しているのか。


「ははは、は、はい。そうですね――」


 ライオスがそう応じたときだった。

 ドアが開いてライオスの部下が入ってきた。


「失礼いたします! すみません、設置している映写機に侵入者の映像が!」


「侵入者?」


 ライオスが訪ねた。

 このアジトや、占有地の周囲には監視用の映写機がいくつか設置されている。不埒な侵入者を見逃さないためだ。


「どういう男だ?」


「若い、一般人なんですかね? 腰に短剣は差しているようですが、布の服しか着ていなくて」


 そう言って、部下が一枚の写真をライオスに渡す。

 ライオスは見た瞬間、うっとうめいた。


「イ、イルヴィス!?」


 その名前を聞くと同時、いつもは冷静なヴァルニールの頭はかっと炎のように熱くなった。反射的に振り返る。憎悪の瞳で。

 グランヴェール草を持ち去り、面倒をかけてくれた憎き男!


「ライオス! それは、本当にあの男か!?」


「……は、はい! 間違いありません」


 不愉快な気持ちが胸を走り抜けるが――ヴァルニールの口に暗い笑みが浮かんだ。


(……ちょうどいい。なぜここにきたのかはわからないが、ここで復讐してやろうじゃないか。存分に後悔するがいい、イルヴィスよ……!)



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 更に、下っ端冒険者は現在ブラック任務中だから被害増えそう。
[良い点] オルフレッド様がいる…いないんですよねえ…どんな有能な人でも現場にいないと対処できない類いのトラブル… [気になる点] あれ、イルヴィス君が持ち込んだものって確か…知ってる。こう言うの「人…
[一言] >>たいして優秀でもない男だ。失って損はない。 見る目が無いな・・・命懸けで任務を全うする気概のある漢だったぞ
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