24.元神童、帰還する
ひとしきり叫んだ後、ヴァルニールは沈黙した。
ヴァルニールはじっと薬草のあった場所を見たまま視線を動かさない。ちらりともライオスの方を見ようとしなかった。
その無言の圧迫が――
ライオスには恐ろしい。
何が起こったのか。推測はとても簡単だ。イルヴィスがライオスの用意した罠をくぐり抜け、ライオスの後を追ってここにやって来て、グランヴェール草を見つけて外へと出ていった。
つまり、これは――
イルヴィスを仕留め損なったライオスの失敗!
ヴァルニールから無言の責めを受けているようで、ライオスは喉に痛みを覚える。
何かを、言わなければ!
「あ、あの! ヴァルニールさま、あのイルヴィスという男が薬草を持ち帰ったのは明白です! このライオス、帝都中を探し回り、必ずや奪い返してみせます!」
しばらくの沈黙の後、ヴァルニールは薄く笑ってこう答えた。
「……あの若造はコボルトの腹の中にいると報告していなかったか?」
「あ、いえ、その、それは――!」
ライオスは慌てて付け加えた。
「も、もも申し訳ございません! 私の手落ちでございます! 必ずや見つけ出して――!」
だが、ヴァルニールの返答はライオスの予想を裏切った。
「意味がないことをしなくていい」
「……は?」
「どこかにタグを付けているわけでもない。そこらへんで生えていたものを拾ったと言われればそれまでだ」
「それはそうですが――」
「それに、グランヴェール草を取り戻したところで意味などない」
「……どういうことでございますか……?」
「取引までの日数だ。グランヴェール草は採取してしまうとあまり保存がきかない。 先方は薬ではなく標本として欲している。そういう意味では品質が劣化していても問題ないのだが、どうも標本にする前に実験をしたいそうでな。新鮮なものでないとダメなのだ」
ライオスは喉が詰まるような気分を味わった。
取り返しても意味がないのなら、どうやって失態を挽回すればいいのか――
しばらく考えてからヴァルニールはこう言葉を続けた。
「気にやむ必要はない、ライオス。そんなことは起こっていないのだ」
「は?」
「グランヴェール草は奪われてなどいない。そういうことだ」
ライオスは恐怖を覚えた。
いつもは明晰な頭脳の持ち主である上司がおかしなことを言っている。絶対に失敗してはならない取り引きの直前に起こってしまった『ありえないミス』――
とうとう気でも触れてしまったのだろうか。
ヴァルニールがぽつりと言った。
「……私の頭がおかしくなったと思っているか、ライオス?」
「は!? いえ、そんな、まさか! めっそうもございません!」
「私はおかしくなってなどいない。グランヴェール草は奪われていない、よって、オルフレッドさまにも報告する必要はない」
隠す、ということだ。
だが、ライオスには理解できない。
「し、しかし、ヴァルニールさま! 隠したところで、取引の日が来たらバレてしまいます。隠し通せるものではありません!」
「隠し通せるさ」
そこでようやくヴァルニールがライオスを見た。その目にはいつもどおりの知性が輝き、口元に笑みが浮かんでいる。
「それまでに新しいグランヴェール草を用意すればいい」
「え、いや……」
ライオスにはヴァルニールの言葉が理解できなかった。グランヴェール草は生育に時間がかかる。ここで育てていたものも、1年かけて準備していたものだ。
それを次の取引までに用意する?
「そんなこと、できるはずが――!」
そこまで喋ってライオスはようやく気がついた。己の主が何をしようとしているのか。
できることはできる。確かにできるが……。
ライオスの表情を見て、ヴァルニールが鼻で笑った。
「気がついたか、ライオス。そう、我々にはまだ策が残っている」
ヴァルニールは洞窟の外に向かって一歩を踏み出した。
「さて、忙しくなるぞ、ライオス。失敗は露見しなければ失敗ではない。見事に挽回してオルフレッドさまの評価を勝ち取ろうではないか」
「は、はい!」
確かにまだ手は残っている。とんでもない副作用を覚悟しないといけないが。
だが、そんなことに思い悩む余裕などライオスにはない。とにかく間に合わせることだ。できなければヴァルニールの不興を買い、続いてオルフレッドの不興を買うだろう。
それはライオスにとっての破滅だ。
意地でもやり遂げるしかない――ライオスはそう覚悟を決めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帝都に帰り着くと、俺は妹のアリサにグランヴェール草を見せた。
「見つけたよ、グランヴェール草」
「え、嘘……」
目を丸くする妹にグランヴェール草を押し付ける。
「任務達成。ほら、あんまり日持ちしない薬草なんだから、友達のところに持っていってやりなよ」
「うん……うん!」
アリサはうなずくと、グランヴェール草を持って大急ぎで家を出ていった。
で、それから一ヶ月――
俺は家でだらだらと過ごした。
いやー、頑張ったと思うんだよね? 激レアなグランヴェール草を見つけ出したし、なんかコボルトの大群にも襲われたし。
うっすらと存在した俺のガンバリンは完全に消滅した。
そんなわけで俺はゴロゴロしているのだが、いつもに比べて妹の視線が優しい気がする。だいたいは台所に出たGを見るような冷たい視線なのだが、ここ最近は確かな慈愛が瞳の奥にあった。
「肩揉んであげるね?」
などと言って、たまに肩まで揉んでくれるほどに。
そんな感じで過ごしていると、神妙な顔をしたアリサが俺に話しかけてきた。
「ねえ、お兄ちゃん。リール治癒院に行かない?」
アリサの幼なじみであるミカが入院している場所らしい。どうやら薬を飲んだおかげで症状が劇的に改善したらしく、両親からお見舞いに来てほしいと言われたのだ。
「俺も?」
「俺も!」
俺もなの? うーん……この俺が! この俺が! できる男、神童イルヴィスが! 薬草を持ってきました! みたいな感じで恩着せがましくないかな?
「俺は別にいいんじゃないの?」
と思っていたのだが――
アリサが俺の手をとった。
「知って欲しいの、お兄ちゃんに。お兄ちゃんによって助けられた人のことを。お兄ちゃんが成し遂げたことの大きさを。お兄ちゃんがどれほどの人の心を救ったのかを――わたしがどれほど喜んでいるかを」
その目はどこまでも真摯だった。
ただ見つめるだけで、俺に多くのことを語っていた。
笑ってごまかすなんて――
「……わかったよ。柄じゃないけど、行くか」
できやしない。
そんなわけで、俺とアリサはリール治癒院と向かった。
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