14.流星の剣士、ジオドラゴンの死体を調べる
――ジオドラゴンが死んでいます!
その報告を聞いた瞬間、討伐隊に動揺が走った。これから挑む対象が死んでいるのだから当然だろう。
だが、それ以上に――
何者が……?
その疑問が全員の顔に浮かんでいる。フォニックとて例外ではなかった。
隣のカーミラがひび割れた声でつぶやく。
「……メンドくさい仕事が勝手に終わってくれてラッキーと言うべきかしら?」
「そう思うのは状況を確認してからだな」
むしろ面倒な気がしてならない。もともとは『倒して終わり』だったのに、今だと『意味不明な状況を調査して報告』しなければならない。
おまけに、あの容赦のないオルフレッド相手に。
竜殺しのほうがどれほど楽だろう。8星のうち2人がいる以上、たとえドラゴンが相手でも負けるはずはないのだから。
ため息を飲み込みつつフォニックは口を開いた。
「現場に急ぐぞ」
そこはそれほど遠くない場所だった。先遣隊の言っていたとおり、20メートルは超えるドラゴンの死体が横たわっている。
同じトカゲ種でもジャイアント・リザードとはまったく別物だ。
これだけの巨体が暴れたのだ。まるで竜巻に巻き込まれたかのように、周りの木はむちゃくちゃにへし折れている。巨大な4本の足と太いしっぽで荒らされた大地のあちこちには、何本もの石柱が突き立っていた。
「……確かに死んでいるな」
つぶやきつつフォニックは頭痛を覚えた。
死んでいるのは構わないが――明らかに死に方が異常だ。
ドラゴンの眉間に大きな木が突き刺さっていた。
ドラゴンの眉間に、大きな木が、突き刺さっていた。
え、どうして?
部隊長としての落ち着きを意識していなければ、フォニックは疑問を口にして狼狽しただろう。
何かしらの斬撃で首がはねられていた――わかる。
何かしらの魔術で吹き飛ばされていた――わかる。
英雄が竜殺しを成すのなら、それはきっとそんな痕跡こそがふさわしい。
だが、眉間に深々と突き刺さった――樹木!?
そんな竜殺しをフォニックは知らない。本当に竜巻でも巻き起こって、舞い上がった樹木が運悪くジオドラゴンに突き刺さったのだろうか。
……いや、竜の強固な鱗を樹木ごときが突き破れるとは思えないのだが。
それに妙な痕跡は他にもある。
竜の右半身が激しく傷んでいた。固まった血で塞がれている右目から始まって、無数の斬撃による裂傷が下方へと続いている。
(……これは双剣スタイルか……?)
竜に刻まれた斬撃には2つのパターンがあった。右から流れたものと、左から流れたものが。つまり、右手と左手から放たれたと考えるべきだ。
もちろん、それ自体はひとつの戦法だ。
それほど意外でもない。
それよりも――
「はぁっ!」
気合の声とともにフォニックは剣を引き抜き、竜の死体へと切りかかった。
『流星の剣士』という異名は伊達ではない。フォニックの鍛え抜いた技量は竜の硬質な鱗をあっさりと切り裂き、その下にある肉を切り裂いた。
フォニックは己が作り出した裂傷と、もともと刻み込まれていた裂傷を比較する。
傷口が明らかにおかしい。いわゆる『剣』――鋭利な刃を持つ武器なら何でもいいが、それが切り裂いた傷ならば鋭い傷が残るものだ。
だが、竜の身体に刻み込まれていた斬撃は違う。
もっと鈍いもの――鋭くないもので『無理やり鋭く』斬った感じがする。
(……鋭くないもので、無理やり鋭く斬った――我ながら意味不明だな……)
内心でフォニックは首をかしげるが、そうとしか表現できない傷跡だった。長年、剣を持つもとして戦ってきたが、こんな裂傷を見るのは初めてだ。
「……ホントにジオドラゴンを倒した人がいるなんてねえ……」
カーミラが巨大な竜の死体を見上げながら、そんなことを言う。
「カーミラ、魔術師の君に尋ねたいのだが、竜の眉間に倒木を突き刺す魔術はあるのか?」
「酔っ払ってるの? って返したくなる質問ね。そんなわけのわからない魔術を使うくらいなら、隕石落としでもしたほうが速いんじゃない?」
カーミラの視線が動いた。
その先には大きく抉れた地面があった。
「あそこだけ他の地面と様子が違うのよね。ウィンド・バースト――大気を爆発させて空気圧を生み出す魔術で吹き飛ばしたみたいにね」
カーミラの視線がすーっと動き、弧を描いて竜の眉間へと向かう。
「誰かさんがウィンド・バーストを展開、きれいに弾道計算して着弾させればできないことはないかな……」
「待ってくれ。それだと問題が残る。いくら樹木の質量でも竜の鱗を突破できるとは思えない」
竜を斬ったときに伝わってきた『硬さ』は今もフォニックの手に残っている。達人が一級品の刃を使って、ようやく通るレベルなのだ。
カーミラは口元に手を当てて考える。
「……うーん、そうね。なら、例えば――エンチャントとか?」
「エンチャント?」
「武器に魔力を込める系ね。『鋭刃』を使って樹木そのものを巨大な刃にした、とか――」
「そんなことが、できるのか……?」
「……いや、どうだろう……だけど、ただの樹木でしょ? 普通の剣に『鋭刃』をかけて鱗を斬るのは理解できるけど、樹木にそんなのかけても――」
そのときだった。
周りを調べていた部隊員のひとりがフォニックに近づいてくる。
「フォニックさま、こんなものが転がっていましたが――」
そう言って部隊員が差し出したのは2本の木の枝だった。それぞれブロードソードくらいの長さがあるだろうか。その半ばまでが真っ赤に染まっていた。
「他の枝と様子が違うのが気になりまして……」
2本の枝――双剣。
赤い血――切り裂かれた竜の身体。
情報がつながり、フォニックが思わず息を呑む。
「ありがとう、重要なものかもしれない。貸してくれないか?」
男から受け取った2本の枝をフォニックはしげしげと眺めた。そして、その枝を竜の傷跡をなぞるように振り下ろす――
終わった後、枝の形状を見た。
疑惑が確信へと変わった。
「……なあ、カーミラ。樹木をエンチャントで強化できるのなら、木の枝も強化できるか?」
「え、それはもちろんだけど――」
カーミラの声は動揺に揺れていた。
「樹木を対象にするよりも無茶よ。樹木なら質量があるから速度と角度次第でワンチャンスあるかもしれないけど、木の枝なんてエンチャントしても竜の防御力を突破できるはずがない!」
「……だけど、傷口と合うんだよ。これ以上の証拠はない」
フォニックの静かな指摘にカーミラが息を呑む。
フォニックは構わず続けた。
「エンチャントの達人ならどうだろう?」
「……エンチャントだけに全生涯を傾けた達人なら、そうね……でも、それほどの使い手はそういないし、帝都に来ているのなら『黒竜の牙』の情報網に引っかからないはずがない」
「だけど、いるんだよ。そうとしか、説明できない」
フォニックはきっぱりと言った。その何者かは『エンチャントした木の枝や倒木だけ』でジオドラゴンをあしらってみせたのだ。現状を説明できる仮説はそれしかない。
「カーミラ、君も覚えているだろう、『黒竜の牙』の試験会場に現れた強者――378番のことを」
「ええ」
「俺たちは彼を知らなかった。ならば、熟練したエンチャンターの存在を知らなくてもおかしくはない」
カーミラは口を開かない。沈黙のまま、表情でフォニックの言葉を受け入れていた。
帝都最大クラン『黒竜の牙』ですら捕捉できない謎めいた熟練者が2人もいる。その事実はフォニックの警戒心を一段と強くした。
(……何かが動き出そうとしているのかもしれない。気を引き締めないとな……)
ランキング挑戦中です!
面白いよ!
頑張れよ!
という方はブクマや画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです!
応援ありがとうございます!




