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53 夜景よりも君の

「はぁ、はぁ……」


「……ふぅー」


 ようやく拷問(ご褒美とも言う)が終わった俺と加恋は、息を切らして水着屋さんを出た。

 結局加恋はあの水着を購入し、本来の目標を達成。

 

 だがしかし、あまりにもその道は険しかった……。


「まぁ、水着を買えたのだからこれで一件落着ね」


「……そうだな。まぁひとまずよしとするか。ってことで、帰る——」


「待って!」


「ん?」


 帰路に就こうとしたのだが、加恋に服を掴まれて止まった。


「まだ今日は終わりじゃないわ」


「んへっ?」


「何変な声出してるのよ。ボーナスタイムよ?」


「ボーナス……ねぇ?」

 

「あ?」


「さーせん!」


 地面に頭を叩きつけてしまうんじゃないかと思うくらいに勢いよく頭を下げた。

 こういうのはスピーディーにやるのがいい。大抵「何こいつキモい……」みたいな視線を向けられるだけでお咎めなしになるから。


 ……まぁ視線が結構痛かったりするんだけどね。

 

「ちょっと私についてきて。律は私についてくるだけでいいから」


「……了解」


 歩き始めた加恋の少し後ろについて歩く。

 だがその距離感を見た加恋が俺にジト目を向けてきた後、歩くスピードを落として俺の横に並んだ。


「……り、律が少し後ろだと、私が律を奴隷みたいに扱ってるように見えるじゃない? だ、だから今のは横に並びたいとか、そういう可愛げのある意味を含んでないから!」


「お、おう……」


 最初の方からいまいち何を言っているのかよくわからなかったが、とりあえず加恋が必死なことはわかったのでそのまま横に並んで歩いた。

 

 目的地はどうやら秘密のようで、サプライズらしい。

 でもだんだんと人気がなくなってきて、日も落ちてきていた。


 辺りが真っ暗になり始めた時、ようやく加恋が足を止めた。

 と言っても、俺の足は自然と止まっていた。


「……すげぇ」


「……でしょ?」


 俺の目の前に広がる景色——都会の夜景。


 一つ大きな一級河川を挟んで向こう側にある町が、夜に輝く星の光を宿して輝いていた。

 それに辺りに全くと言っていいほど人はいなくて、まるでこの景色を貸し切りにしているような、そんな優越感もあった。


「私、ここお気に入りなの」


「そうだったのか」


「そう。律にも、誰にも教えてない、とっておきの場所」


 加恋はそう言いながら、近くにあるベンチに腰を掛けた。

 そして横にスペースを空けて、軽く叩く。


「律も座りなさいよ」


「お、おう」


 言われるがままに座って、また夜景に目を奪われる。

 だがあえて空けた加恋との距離が、加恋によって縮められたことはわかった。


「さ、寒いわね……」


 俺が視線を向けると、不自然に加恋がそう言った。


「今夏真っ盛りなんですか……ってかこの辺は熱帯夜なんですが」


「う、うるさい! 細かいことをいう男はモテないわよ!」


「っ……!」

  

 その言葉、加恋に言われるとなお一層響く。

 正直耳どころか心が痛いです。お腹壊しそう。


 まぁひとまずそのままにしておいて、俺はまた夜景に視線を向けた。

 


 ――なんて美しい景色なんだろう。



 もはや加恋との距離に動揺しないほどに、俺は夜景に目を奪われていた。


「私は……この景色を、この絶景を律に隠すみたいに、まだまだ隠し事があるわ」


 ぽつりぽつりと零れ落ちる水滴のように、突然そう言いだす加恋。

 俺は夜景に目を輝かせる加恋を見た。


 ――その時、俺は確かに思ってしまったんだ。


「だけど私は今日、この景色を律に教えた。律になら……いや、律に知ってほしいと思ったから」


 もう夜景になんて目がいかない。目を奪われたりしない。

 

「律には私を知る権利をあげるわ。まっ、私が気が向いたときに教えてあげるんだけどね」


 そう言って無邪気に笑うその顔。

 何年もずっと見続けてきたその表情。


 あぁやはりそうなんだな。



「だから――感謝なさい」



 こんなにも綺麗な夜景よりももっと、加恋の方が――綺麗なんだ。


 


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[一言] 加恋ちゃん、ずるいわ。かわいくて、たまらんわ…
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