新たな門出
彼女に怯えの表情はなかった。
それどころか、本当に申し訳なさそうな表情で俺に頭を下げてきている。
「……私の力だけでは、どうすることも出来ませんでした」
メイリスは懺悔する。
「リックさんを助けることも、そのお金をアーセナルの皆さんが好き勝手使うのを止めることだって出来ませんでした。今まであれだけ助けて頂いたにも関わらず、何も……」
メイリスの枷はもうなくなった。
肩に刻まれた奴隷紋は消えているはずだが、メイリスは自責の念に駆られ続けているらしい。
「そもそも俺はあいつらには端っから腹が立ってたんだよ。メイリスが謝る必要なんか一つもない。それどころか、謝らなきゃいけない、感謝したいのはこっちの方なんだからな」
「……え?」
当たり前の話だが、メイリスに対する怒りなんて微塵も持っちゃいない。
それどころかパーティーで虐げられ続けてきた俺を幾度となく身体を張って止めようとしてくれたり、あいつらに蹴られ殴られして出来た傷を治してくれ続けたのもメイリスなのだから。
むしろ、俺は自分の不甲斐なさの方に腹が立つ。
「パーティーで虐げられ続けてきた俺を幾度となく身体を張って止めようとしてくれた。ただでさえ立場が悪い俺の方を庇えば自分だって何されるか分かったもんじゃないにも関わらずだ。そんなメイリスに何度も救われたし、何度も勇気づけられた。だからこそ、俺の手に届く範囲で護れればと思ってたんだ……」
もらうだけもらってから、返すことが出来ずにいた。
力がなかった。それは完全に俺の方の問題だ。だが力を手に入れた今、何をすべきかくらいは分かる。
メイリスの苦しみの一部を取り除くことが出来るならば、それだけでも充分だ。
だが――。
「それを踏まえてメイリス。折り入って頼みがある」
今まで奴隷だった彼女に「はい今から自由です」なんて言っても、生きていく術など見つかるはずもない。
というのが半分と、俺個人の思いが半分の提案だ。
「俺はここでダンジョンマスターをしているんだ。上にはギルドの受付嬢だったディーナさん、核にはここにいるアイシャを迎えている。俺たちの目的は、全世界の全ダンジョンを飲み込んで世界征服をすることだ。かつての俺やメイリスのような埋もれた人材見つけて冒険者が我が物顔で跋扈する世の中を変えるためにな。そのためには、まだまだ人手がいる。それも超強力で、世界を相手取って戦えるほどの力がある奴が」
メイリスの回復能力を一番知っているのはおそらく俺だ。
歪に奴隷紋で縛られていたにもかかわらず、それなりの怪我でも一瞬で治してしまう彼女の力はこれから世界を相手取って大戦争をしていく俺たちにとっても必要不可欠な戦力だ。
そして俺個人としても、彼女は俺の手元に置いておきたい。
これは……まぁ、なんだ。単なる私情なのだが。
欲しいものは全部手に入れる。大切な人は全部俺が護る。
強欲であってこそのダンジョンマスター。全てを手に入れてこそ世界の征服者なのだから。
「メイリス。俺たちと一緒に地獄から這い上がる力を貸してほしい。あんな奴らと一緒にいるより俺の方に付いた方がよっぽど幸せにしてやれる。俺はこのダンジョンと、ここにいる全員を世界一幸せにする男だからな」
今まで理不尽な苦労を受けてきた者同士、通ずるものがある。
メイリスや俺が今まで受けてきた全ての理不尽をひっくり返すほどの幸せを手に入れる。
そのための世界征服だ。
メイリスはきょとんとした後に、少しだけ笑みを浮かべた。
「リックさんでなければ、信用してませんでしたよ? 私の回復術がリックさんのお役に立てるならば、喜んで」
ぺこりと御辞儀をしたメイリスの笑みには晴れやかなものが感じられていた。
『ダンジョン ーアルテミスー
ダンジョンレベル:6/100
ダンジョン階層数:3
支配下モンスター:無
マザーコア :アイシャ
ダンジョンボス :リック・クルーガー
一階層フロアボス:ディーナ・マリルーシャ
二階層フロアボス:メイリス・シャルル』




