14.蹂躙者
空気が淀みきっているのが分かる。
キュウルル村の後方には殺気だった村の男の人たちが武器をたくさん構えている。
前方には、どこからともなく現れた魔獣の軍勢がおおよそ数十体。
一番の司令塔っぽい魔獣を一撃で仕留められたのは、不幸中の幸いだろう。
魔獣の軍勢にも少しだけ動揺が走っているようだった。
『リック。有象無象の魔獣の魔素結晶は最悪無視しても良いわ。あのデカブツ2体の分は必ず回収しておいて』
周囲の魔素に乗って聞こえてくるアイシャの声に俺は短く「あぁ」とだけ答える。
頭と胴体が離れた緑のデカブツは鮮血を吹き出すと同時に、月にきらりと光る鉱石のようなものを体内から吐き出した。
「あれが魔素結晶か……。他は後回しでも良いって言ってたな」
「ガァァァァッッ!!」
「ゴォォォォォォアアアアッッ!!」
先陣を切るようにこちらへと向かってくるのは、Bランク魔獣筋肉狼の群れだ。
冒険者パーティー『アーセナル』時代は見かけることすらほとんどなかったが、あの頃の俺だと動きも見きれず、剣も通らなかったことは言うまでもない。
だけど今なら――!
「悪いけど、通してもらうよ。ウチの核のためにもね」
俺は持っていた剣に闇の魔法力を流していく。
「闇魔法――闇の舞」
刀身がうねうねと触手のように曲がり始めた。
変幻自在に曲がる剣を構え、魔素の塊である大軍団に向けて大地を強く蹴り上げる。
バシュンッ。
「ゴァ……ァッ……」
「ォア――――」
一閃。
闇と周囲の魔素を吸収して人ほどに大きくなった刀身は、筋肉狼の胴体をスパッと綺麗に二つに裂いた。
「まだまだ行くぜ、闇魔法! 影分身!」
刀身から出てくるのは、俺の身体を模した分身が2体。
その分魔法力もある程度分散されるが、この程度の魔獣ならば分身体でも充分なはずだ。
「あのオオカミもどきと獣頭もどきは任せた。俺は目の前のデカブツを倒してくる」
「――――っ!!」
「――――っ!!」
分身体はこくりと小さく頷いて、すぐさま散開していく。
「……ォォォォォ」
そして――俺の目の前には、標的が現れる。
俺の背丈ほどはあるであろう大きな棍棒を担ぎ、身体から漏れ出る尋常じゃ無いほどの魔素を含んだその魔獣は、おそらくはAランク魔獣のオークだろう。
だがその魔素の匂いは、こいつ自身の物ではなさそうだ。
まるでどこかの借り物であるかのようなその魔素の背後には、もっと大きな敵が潜んでいる。
「なぁアイシャ。このデカブツがこの魔獣群のボスなのか?」
『あなたも感じ取ったみたいね。恐らく、奴等の背後に新規ダンジョンの存在がある。でも今のところこちら側のダンジョンの進化に支障はないわ』
「こちら側のダンジョンの進化には、ね。放っておいたら、この村にはまたこんな奇襲が続くよな」
俺の問いに、アイシャは躊躇いながらも答えてくれる。
『……そうね。私としては、小金稼ぎ感覚でこれからも魔素結晶が手に入るならそれでいいのだけど』
蒸気を吐きながら、オークは俺に棍棒を振り下ろしてくる。
「そりゃ悪いな、アイシャ」
――闇魔法、黒龍の咆哮。
剣先から、魔法力の大きさそのままに顕現した黒の暴龍が牙を立ててオークの上半身を食い千切りにいった。
紅血から再び黒く濁った、小石ほどの結晶が姿を現す。
二つ目の魔素結晶だ。
オークの死骸の上に立ち、アイシャにより濃く伝わるように魔素を通じて俺は言う。
「――この村に二度と危害が加わらないように、ダンジョンごと破壊してくるよ」
『あなたならそう言うと思ったわ。その代わり、たくさん魔素結晶を持ち帰ることね。あとお肉と』
「とびっきり美味いの、期待しておいてくれ」
アイシャの憎まれ口を聞きながら俺は魔素結晶を懐にしまい込んでいった。




