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灯火と人魚  作者: 月城こと葉
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終 これからの話

 雪が降り積もる運河沿いの通りを一匹の鼬が歩いていた。


 冬の雫浜。往来の人々は皆外套を着込み、マフラーを巻いたり、帽子を被ったり、手袋をしたり。獣や器物の姿の妖怪達も、その体の適当なところに防寒具を身に着けていた。てくてくと歩く鼬も、桃色のマフラーを首に巻いている。


 目的地は鼈甲(べっこう)通り桟橋である。


 運河には至る所に大小様々な桟橋がある。荷運び用の舟が使う名もない桟橋も多いが、地元の者や観光客が小さな列を作って待つこの桟橋には時刻表通りに運行する乗合の舟がやって来る。


 馬車や人力車は自分で捕まえなければならないが、乗合の舟は指定の桟橋で待っていれば向こうからやって来て行き先を言わずとも別の桟橋まで運んでくれる。運河が広がると共に路線が増えて伸びていった、雫浜市営の交通機関だ。


 冷たい水を切って颯爽と現れた舟から乗客が数人降りる。その中に雪成の姿を見付けて、燈華は自然と駆け足になって桟橋へ向かった。


「雪成さん」

「ごきげんよう」


 待っていた客を乗せ、舟は次の桟橋へ駆けて行く。


「いつもここなの?」

「そうだな。屋敷の方から下って来て、坂の途中の川で舟に乗るから。川と運河を繋ぐ路線に乗ると自然とここを通るだろう」

「じゃあ、次もここで待ち合わせね」

「次……。次か。そうだな」


 乗りそびれた客とすれ違い、二人は歩き出す。


 屋敷をこっそりと抜け出して来た雪成はとんびを羽織り、帽子を深く被ってマフラーをぐるぐる巻きにしている。袴から覗く編み上げのブーツが雪を踏んで音を立てた。


「三十分で帰るから。使用人に気が付かれないうちに」


 そう言って、雪成は懐中時計を確認する。


 今日は互いの予定を擦り合わせて約束し、一緒に街を見ることになっていた。友達同士の気軽なお出かけである。これが恋人同士のデートになって喫茶店でゆっくりとした時間を過ごせるようになるのはまだまだ先になりそうだが、今はそれでも十分だと燈華は思っていた。こうして共に過ごす時間を楽しんでいれば、いずれ二人の関係はより深いものへと変わっていくかもしれない。


 喜ぶ獣が無意識にステップを踏んでいるのを眺めながら、雪成は懐中時計を懐にしまう。


「こっそり街中へ来ることはこれまでもあったが、君と一緒だときっと楽しいな」


 燈華は尻尾を爆発させた。


「どっ、どど、どこ行こうか!」

「人と遊びに出かけることがないから思い付かないな。君は友達とはどこへ遊びに行くんだ?」

「私は公園に行ったり、喫茶店に行ったりするわ。でも、そんなに時間はないのよね」

「……このまま大通りを行くと八百美堂があるな。お菓子を買って、君も一緒に屋敷まで戻ってそれを食べるのはどうだろうか」

「いいわね! そうしましょう」


 燈華は心底嬉しくなって雪成を見上げるが、マフラーで覆われている彼の表情はよく見えなかった。自分と同じくらい笑顔だといいなと思いながら、歩く。


「私、私が私で良かったって思うの。だって私が鼬で、泳げなかったから、雪成さんに会えたんだもの」

「そうか。それなら、俺もこの体で良かったと思えることがあったということかもしれないな。……君。君はああいうのは好かないか?」


 不意に雪成が立ち止まった。指し示しているのは横の通りにある店で、ハイカラなアクセサリーを扱っているようである。


「俺はいつも君にものを貰ってばかりだから、たまには俺から君に何か贈ろう。今日はお菓子も俺が買うから」

「えっ、でも、お菓子はともかくアクセサリーは高いよ」

「俺は一応御曹司だから値段は気にしない。君が喜ぶのならいくらのものでも買ってやろう」

「私が気にするの!」


 問答無用に燈華をひょいと抱き上げて、雪成はアクセサリー店へ向かう。店の奥には高価なものもあるようだったが、表に置かれた棚には比較的安価なものが並んでいた。頑張ってお小遣いを貯めれば子供でも買えそうなものもある。


 ずんずんと奥へ行ってしまいそうな雪成を制止して、燈華は表の棚に目を落とす。君が喜ぶのならいくらでもと雪成は言うが、燈華は雪成が買ってくれるのなら安いものでもよかった。それに、高額なものをいきなり頼むのは気が引けた。


 色々と悩んで、燈華は一つの耳飾りを選ぶ。『獣の耳でも着けられます』というメモが添えられている籠の中に入っている、野ばらを模したものだ。白い花びらがかわいらしい。


「これかわいい」

「君はこういうのが好きなのか。すみません、これください」


 購入して、燈華は早速左耳に着けてみる。鏡を見ると笑顔の自分が映っていた。


「雪成さん、どうかな」

「かわいいよ、燈華」


 次に鏡に映ったのは笑い合う二人の姿。


 寒空の下、二人の間には温かなものが芽生えつつあった。

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