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灯火と人魚  作者: 月城こと葉
第伍集 雪華の舞う頃
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六首 踏み出す勇気

 友人と祭りを見に行ったが人混みではぐれ、迷子の子猫を見付けたので一緒に運営本部へ行こうと思い後を追ったところ、火車に遭遇した。応戦しているうちに火車が勝手に水路に落ち、事なきを得た。燈華は警察の事情聴取にそう答えた。雪成のことは誰にも言わなかった。


 あの夜から、五日過ぎた。


 燈華は父と並んで店頭にいた。何の変哲もない平凡な日である。雪成のことが気になったが、人間は脆くて弱い生き物なのでまだ寝込んでいるかもしれない。もう少ししてから会いに行こうと思っていた。


 マフラーを巻いた一つ目小僧が本を手に嬉しそうに駆けて行く姿が見えた。おそらく井瀬の貸本屋で借りて来たのだろう。通りを歩く人々は皆すっかり冬の装いだった。初雪が降るのももうそろそろだ。


 しばらく往来の人々を眺めていると、通りが俄かに騒がしくなってきた。燈華が外に顔を出すと、他の店の妖怪達も何事かと思って外に出て来ていた。


「長屋の子だったんですって」

「へぇ、怖いもんだな」

「あの小さい子が? 嘘だろ」

「どうしような、いつか俺達も……」

「何があったのかしらね」


 野次馬が集まっている。見ると、怪異課の警察官が数人やって来ていた。それに囲まれるようにして、小さな鞠を咥えた大きな猫又が歩いている。どうやら母猫又を護送するところらしい。火車となった子猫の処遇が決まったのだろう。


 結局、燈華と雪成が遭遇した火車もとい子猫がお尋ね者の燃える車輪の正体だった。偶然火車に変化できるようになってしまった子猫が力を暴走させ、自分でもわけが分からなくなり有り余る炎を纏って走り回った結果、多くの負傷者が出た。時間が経てば元に戻れていたが数日前から戻れなくなり、母に姿を見せるわけにもいかず、これ以上誰かを傷付けないように一人廃墟で泣いていたらしい。燃えている間のことはあまり覚えていないと、子猫は言う。ただ、何かいけないことをしてしまったということだけは分かっていた。分かっていたからこそ、怖くて誰にも相談することができなかったそうだ。


 怪異課に補導された子供の妖怪は、塀で囲まれた僻地の村へ送られることが多い。学校へ通うこともできないくらい小さな子供は決まりを理解していなかったり、力を制御できていなかったりすることによって事件を起こすことがほとんどだ。大人になるまで監視下、管理下で暮らして、この国で安全に暮らす術を身に着けて行く。尤も、犯した事の重大さによってはそれで済まないこともある。


 あの子猫は随分と幼い子だった。そして、幸いにも火車の事件で死者は出ていない。あの子はこれからまだまだたくさん成長し勉強することができると判断され、母と共にこの街を離れるのだ。数十年後、数百年後にこの街に戻ってくるかもしれないし、来ないかもしれない。先のことは誰にも分からなかった。


「あ……。あのっ」


 車に乗せられようとしていた猫又が燈華の声に振り向く。思わず声をかけてしまったが、何を言うべきだろう。燈華は目を泳がせ、俯く。


「……お嬢さん。貴女が、うちの子を見付けてくれたんですってね」

「は、はい……」

「怪我をさせてしまってごめんなさいね」

「いえ……」

「貴女のお陰で、私達まだ一緒に暮らせます。ありがとう……ございます……」


 ひそひそという野次馬達の声の中、猫又は車に乗せられて去って行く。車が遠く小さくなって見えなくなるまで、野次馬が去っても燈華は通りに佇んでいた。


 お尋ね者を発見した燈華のお手柄は警察からも感謝されたが、猫又の親子のことを思うと素直には喜べなかった。これから先、あの親子には大変な未来が待っているだろう。よくも警察に突き出したなと言って、恨まれでもしないだろうかと不安だった。けれど、猫又は燈華に感謝を述べた。もしも見付からなかったら、もっと被害が増えていずれ死者も出て、子猫も更に重い罰を受けることになったかもしれない。燈華が見付けたことで、環境は厳しくなるもののこれからも親子で暮らすことができる。猫又の泣きそうな笑顔は、心からの感謝だった。


 私は、人に感謝されることをしたんだ。理解はしていたが、ようやく実感を伴ったような気がした。


 私が、鼬の姿だったから。


 あの時、人間に化けていたら燈華もその場にいることがすぐに気が付かれていた。気配を察知できたとしても人間の姿では俊敏に動いて回避することは難しい。そして、火車が庭に入って来た時、燈華の方が近い場所にいた。あの位置に狙いを定めていたら、一度着地することもなく飛び掛かれていただろう。もしも人間の姿で立っている燈華の方が雪成よりも先に狙われて襲われていたら……。あの場にいた誰一人として助からなかった可能性がある。


 よかった、私が鼬の姿で。


 燈華は店に戻り、再び父と並んで店番を始める。


 自分には苦手なことがたくさんあって、全くできないことだってある。けれど、今の自分だからこそできることだってあるはずだ。これまでよりもちょっぴり、尻尾を振って前を向ける気がした。


 でもやっぱり、できることも増やしたい。あの夜、どさくさに紛れて咄嗟に口から出た言葉。あれを、ちゃんと伝えないと。今なら、きっと言える。


 ぼん、と毛が逆立って火花が散りそうだった。しかし店頭でそんなことになってはいけないので、燈華は気持ちを抑え込んでおとなしく父の横に座っている。緊張か、歓喜か、口元だけが歪んでいた。

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