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灯火と人魚  作者: 月城こと葉
第参集 何気ない特別
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八首 少女達の休日・四

「燈華お姉様は何にするんですか? あたしも同じのにします」

「春陽ちゃんが食べたり飲んだりしたいものを選んでいいんだよ」


 春陽はお品書きに目を向ける。プリンとアイスクリームの間に視線を彷徨わせて、再び燈華を見る。


「いつもお子様みたいな同じものを頼んでしまうので、違うものを食べたくて」

「そう。それじゃあ私はみつ豆にするね」

「では、あたしもそれにします」


 喫茶店で一緒に座る少女達。一匹の鼬と、三人の人間。実際には、人間に見える少女も鼬と獺と鎌鼬である。


 客と店員を合わせて、店内には人間と妖怪が半々と言ったところ。店の奥の方には極端に体が大きかったり小さかったりする妖怪向けの席が用意されており、彼らは裏手の専用の扉から出入りしている。


 燈華達と同年代と思しき妖怪の少年達が二つ隣のテーブルで話に花を咲かせていた。「こんなにデカい熊を倒したんだぜ」と得意げに語る一人に、周りが「熊は弱いから駄目」とか「動物いじめんなよ」とか言っている。野生動物を故意に傷つけることは良くないが、少年は「向こうが先に襲い掛かって来た」と弁明していた。種類にも寄るが、有り余る力を持て余している妖怪は少なくない。若い者は特に。


「そういえば……。春陽ちゃん」

「はい!」

「鎌鼬って、やっぱり風が強い日が好き?」

「そうですね。この間の雨の日とか。……でも、むやみに風に乗ったら何を斬っちゃうか分からないから駄目だよってお父さんとお母さんに言われてます。まだ子供だから、自分の鎌が石とか木とかに負けちゃうかもだし」

「最近、知り合いの鎌鼬が箱か棚を壊しちゃったかもって話は聞いたことない?」

「うーん……。あたしの周りではなかったと思います」

「そっか」


 例えば、鎌鼬とかではないか。そのようなことを雪成は言っていた。もしやと思って尋ねてみたが、春陽は思い当たることがないらしい。


 燈華に声をかけられて嬉しそうな春陽は、にこにこと上機嫌である。なぜそんなことを訊いたの? と燈華に問うことはない。上機嫌なところに女給がみつ豆を運んで来て、すっかり意識はそちらに向いていた。質問の内容はもう忘れてしまったらしい。幼さと不釣り合いな聡明さを持つが、その聡明さは時に幼さに上塗りされた。


 各々の注文したものが届き、少女達は甘味を楽しみながら談笑する。茉莉に今度勉強を教えてほしいと言う燎里。春陽に下級生の流行を訊く茉莉。燈華に身振り手振りを添えて一所懸命に話をする春陽。燎里に燦悟へお土産を買って帰ろうと言う燈華。


 先程の少年達の方とは反対側へ目を向けると、カップルらしき若い男女がライスカレーを頬張っていた。赤えんどう豆と果物を咀嚼しながら、燈華はぼんやりと雪成のことを思い浮かべる。いつか、彼とこうして喫茶店を訪れる日も来るのかしら。あの、カップルのように。


「燈華お姉様? ぼーっとしてどうかしたんですか? 考えごと?」

「あっ。いや。えっと……」


 例の人間のことを考えていたな、と茉莉だけが察して温かい眼差しになる。


「と、友達をお茶に誘えたらいいなって……友達? 友達……?」


 雪成は、友達なのか?


「友達かどうか、分からないんだけど」

「燈華お姉様が誘ったらきっと来てくれますよ。あたしなら飛んで行きます!」


 春陽はきらきらと目を輝かせた。


 好奇心旺盛で、純真無垢で、聡明で、燈華を慕っていて、愛らしい女の子である。春陽を見ていると、燈華は心の中に汚れのようなものがあったらそれが全て浄化されてしまうのではないかという気持ちになった。燎里や燦悟に向けるものとも、茉莉に向けるものとも、雪成に向けるものとも違う好意。それはどちらかというと、文屋乃姫子の作品のお気に入りの登場人物に向けるものに近いように思えた。おそらく、春陽が燈華に対して持っているのも似たような感情である。


 だからこそ、燈華が雪成に出会って抱いたものは全く知らないものだった。


「いつか……。いつか、誘えたらいいなぁ……」


 ぽん、と小さな火花が一つだけ散った。


 やがて、少女達は甘味をしっかりと味わって喫茶店を後にする。茉莉と別れ、燦悟へのお土産を手に燈華と燎里は清原呉服店へ向かう。仕事が終わったら番頭と一緒に帰ると言って、春陽も付いて来た。


「ごめんね燎里……。妹にお金を出させるなんて……」

「気にしないで。お姉ちゃん最近お金貯めてるもんね。なんかどっか出かけてるし」

「本当に申し訳ない」

「いいよ。自分の分も買ったもん。お姉ちゃんは無しね」


 燎里は喫茶店に併設されているパン屋の紙袋を掲げる。


 姉妹が弟のために購入したのは、コロベヱ(シベリア)。カステラで羊羹を挟んだ菓子である。不可思議な名称は海の向こうの異国の地名が由来とされていた。火山が多いという彼の地にて、降り積もる火山灰の中を進む行商人をイメージしているとか、灰と土が折り重なった地層をイメージしているとか、していないとか言われている。


「着いた着いたー。あっ、お客さんが来てる」

「あの人って……」


 清原呉服店の店先にいたのは、上品そうなワンピース姿の若い女だった。店に入ろうか、やめておこうか、悩んでいるようにも見える。


「こんにちは。いらっしゃいませ、サリィさん」


 燈華の声に、女もとい男は振り返った。先生の友人である佐雅である。


「おや、お嬢さん。皆さんで出かけていたのですか」

「頼まれてる着物だったら、まだ出来上がってないんです。サリィさんが、色々注文付けたから……」

「あぁ、それは全然問題ありません」


 サリィは手にしていた手帳を閉じる。栞代わりにしているらしい根付が揺れ、鈴の音がした。


「今日は仕事で来たのですよ」

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