四首 スペシャル豆大福・二
「五日前って、確か朝まで雨が酷かった日よね。どこかから飛んで来たのかしら」
「俺もそう思ったんだが、外から飛んでこんなに庭に入るとは思えない。例えば、あの雨に乗った鎌鼬が何かを壊してしまったとか、そういうことは考えられないだろうか。妖怪の君なら、妖怪が関わっていたとしたら分かるかもしれないと思って」
燈華は並べられている木片を見る。
「普通の板だと思う……けど。もしも鎌鼬とか鋭利な武器を持つ妖怪が何かを壊したとしても、その壊れたものに気配が残るかどうか……。残ったとして、五日も経っていたら分からないかも」
「そうか」
「妖怪は相手の気配に敏感だけれど、だからと言って力の残滓を読み取れるとかそういう便利な能力があるわけではないわ。貴方が思っているよりも、ずっと普通の動物よ」
相手を見上げた燈華と相手を見下ろした雪成の視線が交わる。ばっちりと目が合って、燈華はちょっぴり驚いた顔になる。その反応を全く意に介さず、雪成は手を伸ばして燈華の頭を撫でた。
「確かに、そうかもしれないな。俺は今までこんなに近くで妖怪と接することがなかったから、この国に住む化け物はもっと御伽噺の中に登場する怪物のようなものだと思っていた」
「うぉお……あ……」
「でも。確かに……。こうして触れてみると、俺が思っているよりも普通の存在なのかもしれない」
雪成の手が頭から顔、背中まで撫で始める。
このままでは、絆されていいようにされてしまう。この人間は、動物と触れ合う機会もほとんどないだろうに獣を撫でる手際が良すぎる。獣の本能に負けてだらしない姿になってしまう前に、燈華は雪成の腕からするりと抜け出した。
「も、もう! 雪成さん、女の子をそんなに撫で回しちゃ駄目よ! 私が人間に変化していたら大変なことに」
「できないだろう、君は」
「そっ、そうだけど」
「千冬を撫でることもあるが、何かいけなかっただろうか」
小さな妹とうら若き他人の少女は別物である。しかし、雪成には女はおろか男の友人すらほとんどいない。妖怪どころか、人間と接することも身内以外とはあまりなかった。他人とのふれあい方が、基本的に不器用である。
「動物相手にするようにすればいいし、君は年下の女の子だから、千冬にするようにすればいいと思ったのだけれど」
「雪成さんお友達いないの」
「いると思うのか」
「ごめんなさい」
申し訳なさで俯いてしまった燈華に対して特に何も反応をしないで、雪成は豆大福を食べた後の食器類を片付け始めた。盆を手に部屋を出て行ってしまったので、残された燈華は改めて木片に目を落とした。
雨風で枝葉が飛んできたわけではない。明らかに人工物である。ものが壊れてしまうような風だったかというと、そこまでではなかった。雪成が言うように、誰か人間か妖怪が壊したと考えるのが妥当だろう。数多並ぶ高級な屋敷のどこかで庭に置いてあった棚や箱が壊れた可能性もあるが、雪成がそこまで聞き込みに行くことはできない。妖怪を不審げに見るような者の多い地域で燈華が住人に話を聞くことも難しそうだ。
私が人間に変化できたら、雪成さんが不思議がっていることを解明する手伝いもできたのかしら。雪成が絡むと、燈華は人間に変化できないことをほんの少し寂しく思うことがあった。全然気にしていないはずで、運河に落ちてしょんぼりしていたのも一ヶ月以上前で、普段はもう何も考えていないはずなのに。
やがて、雪成が戻って来る。
「君の言うように俺には友人はほとんどいない。俺が純血の人間で自由に歩き回っていたとしても、きっとほとんどいないだろう。こういう家の子供というものは同じような地位の家の子供としか会うことがない。そういう子供は互いが純粋に仲良くなったつもりでも、後ろにいる大人達が密かに動いていることが多い。親が決めた縁組とか、家同士の腹の探り合いとか、力の強い家に取り入ろうとか。子供は駒でしかない。例えそこに愛があっても、駒だ。大人達が囲む盤上で仲良くなった相手は友人と言えるのか」
「ど、どうなのかな……。私には、想像できない世界で……」
「だから」
雪成は畳に腰を下ろした。いつもつんと澄ましているような御曹司然とした顔が、微かに緩む。
「君のように己の意思で俺に会おうとして通うやつなんて初めてだ。お加減いかがですかとどこかの令嬢や令息が訪ねて来ることがないわけではないが、あれは友人と呼べるようなものではないし、会っても全く楽しくない。……だから。だから、君は俺にとって、少し特別な存在なのかもしれないな」
はにかむように、雪成が笑みを零す。
燈華の全身の毛が爆発し、尻尾から火花が散った。




