第31話 他力本願と戮力協心
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本日は12時の1回更新です。
戦いが始まって早々にブラダマンテはいつもの通りに積極的に攻撃を仕掛けていた。
連撃に継ぐ連撃。
超攻撃型を地で行く残夢疾風流の神髄ここにあり。
斬って斬って斬りまくるのみ。
背後に回ったブラダマンテの攻撃は既にかなりの回数を魔神に与えていた。
しかしここで浮かぶのは手応えのなさ――そして違和感。
相手は悲鳴を上げている割にはダメージを負っている気配がない。
「(こいつ……感覚がないのかな……? でも悲鳴上げてるし……それとも特殊ダメージしか通らない系?)」
そんなことを考えながらも攻撃の手は一切緩めてはいない。
魔神などと言うお伽噺の中に出てくるような存在と戦ったことなど当然ない。
レクス曰く、特別変異個体が魔神の形態を取ったと言うことだが、彼女は正直理解していなかった。
ただ思うのは首を斬り離すか、心臓を潰せば死ぬでしょ?と言ったものであった。
だから斬る。それだけ。
と言うかそれしかできないとも言う。
魔神は何度も膨大な魔力を放ってくるが、あまりにも雑な攻撃に感じられる。
まるでこちらの攻撃を誘っているようだ。
だが――誘いには乗らない。
背後を取って攻撃を繰り返す。
相変わらず当たればその口から絶叫がほとばしる。
ここでまた違和感。
魔神は明らかに彼女の攻撃に順応しつつあった。
こんなにも速く連撃を見切られた経験などなかったのだ。
「(いや……これは違う? 目が後ろにも付いているような感覚?)」
再び背後に回るとその黒き翼から弾丸のような礫が撃ち出される。
不意をつかれたプラダマンテだったが何とか空中で回避しつつ、直撃しそうなものは弾き飛ばす。
【天駆】を使えば空を駆けることなど容易い。
「【鹿威し】」
ゆるりと差し出された愛刀の先がコトリと落ちる。
その瞬間、刀に秘められし魂の力が魔神に落ちる。
力など全く籠められていない一撃が大ダメージを与える。
響く苦痛に満ちた悲鳴が戦闘室に反響して煩く感じられた。
追撃を掛けるべく足を踏み出そうとした刹那、反応できない速度で何かが彼女の横を通り過ぎた。
「ッ!?」
それは天使をも繋ぎ止めるとされる漆黒の鎖。
あんなものの直撃を喰らえばただでは済まない。
彼女はそう直感し、ひたすら動き回るしかないと直ぐに実行に移す。
図らずもそれは残夢疾風流の戦い方にもマッチしている。
当たらなければどうと言うことはない。
攻撃を繰り返し、かつ普段はあまり使わない緩急をつけたフェイントまでかけて、とうとう魔神の左腕を斬り飛ばした。
「反応はある……見えなくても見えている……?」
更にその脇腹を薙ぎ斬るが、斬り飛ばしたはずの腕が瞬時に再生してしまった。
今、斬った脇腹も手応えがない。
「URYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」
魔神は今までより一際大きな鳴き声を上げると変異を始めた。
その体はそれまでの原形が崩れ、形を変えていく。
まるでどろどろとした混沌そのもの。
レクスは観察しながら、あれが本性かと知識欲が刺激されつつもプラダマンテがそこまで特別変異個体を追いつめたことに感心していた。
準備は整っている。
後は彼女が折れるのを待つだけだ。
同時にプラダマンテも表した本性に驚愕する。
実体を持ちながらも霊体のような存在。
そして逆もまた然り。
完全に受肉化してこの世界に顕現した魔神であればダメージは確実に入っていた。対戦経験のない彼女にはそんなことなど知る由もないが。
特別変異個体、つまり思念体兵器は古代人の技術の結晶である。
現代人が簡単に扱える代物ではない。
制御した気になっていた。
それだけの話。
動けずにいた彼女へ特別変異個体が攻撃を飛ばし始めた。
体中から常闇の刃や矢が雨霰となって五月雨に降り注ぐ。
あまりにも攻撃密度が高く、とても全ては躱しきれない。
何とか刀に魔力を込めて弾き返すも体のあちこちに風穴が空く。
「ぐぅ……反則でしょ……」
膝をついて痛みに耐える彼女は味わったことのない苦痛に顔を顰める。
これまで負けを知らなかった故の苦痛は同時に心のダメージとしても這い寄ってくる。
無意識なる傲慢。
更に追撃が来て彼女の体が悲鳴を上げるが、その口は固く結ばれ何も漏れることはなかった。
「負けるてなるものか! 私が私であるために……決して負ける訳にはいかないんだ!」
傷ついた体は本来の速度からはほど遠いが彼女は抗わなければならない。
自分が自分であるために、両親の何処か怯えたような、異物を見るような、決して娘に向けるようなものではない視線を否定するために。
「【真空烈波】!!」
音速をも超える斬の衝撃が特別変異個体の体を真っ二つに斬り裂いた。
「やった!」
歓喜の声を上げ、表情がパァッと明るいものに変わるプラダマンテだったがそれも一瞬のこと。
すぐに体が繋ぎ合わされ何事もなかったかのように再生する。
茫然となる彼女の反応が一瞬だけ遅れる。
その差が勝負を決めた。
特別変異個体が全方位に向けて漆黒の鎖を飛ばしたのだ。
あれはマズい。
捕まれば詰む。
そう彼女の直感が告げている。
しかし体が言うことを聞かない。
鎖は一気に彼女の手足に絡まり着くと凄まじい勢いで闘技場の壁に叩きつけた。
締め上げられて最早声を出すこともできないし、残夢疾風流の業を使うことも儘ならない。
「く……は……」
ここで私は死ぬ。
こんなにあっさりと?
まだお母さんたちに本当に認められた訳じゃない。
やり残したことがあるんだ……。
私は……。
彼女の感情が溢れ零れ落ちた。
今まで両者の攻撃に巻き込まれることを恐れて様子を窺っていた試験官たちが特別変異個体に攻撃するため、そして彼女を救うために動き出す。
それは風の前の塵に同じ。
この場において最強を誇るプラダマンテが敗北するほどなのだ。
勝てるはずがなく無駄な血が流れるのみ。
本当に試験官なのかと思うほど、全員があっさりと蹴散らされていく。
特別変異個体が醜悪に嗤ったような気がした。
「わた……負け……」
その巨体に大きな穴――まるで口のような暗闇が現れる。
喰う気なのだ。
負の感情諸共、その肉体を取り込むために。
プラダマンテの顔に影が差す。
目の前には大きな口。
大いなる闇。
「(ごめんなさい!)」
何故か彼女の心の声が発したのは謝罪の言葉であった。
瞬間――特別変異個体が大爆発を起こし、その欠片が広範囲に渡って散らばっていく。
「そこまで。ここからは俺の……俺たちの時間だ」
―――
吹き飛ばしたのはもちろんレクスであった。
大出力の【重弾丸】が直撃したのだ。
「プラダマンテ、俺は言ったと思うんだがな。こいつは思念体兵器だと。こいつは君の負の感情を喰うだけでなく、思考を読んでたよ。殺るには意識外からの攻撃が必要だ」
ゲームでも通常攻撃はほぼ無効化されていた。
かなり遠距離からの攻撃、及び命中率100%の攻撃しか通用しない敵キャラなのである。レクスも転生後はこのことに考えを巡らせており、それって反応速度を上回れば解決するんじゃね?と予測を立てていたのだ。
そしてどうやらそれは的中したらしい。
お陰で結界で封印せずとも倒せる可能性が出てきた。
レクスは剣を抜き放つと魔法を放ちながら特別変異個体へ近づいて行く。
散らばった欠片がすぐに密集し再生を開始する。
その傍から再度、魔法で蹴散らしていく。
プラダマンテを捕らえていた漆黒の鎖も緩み、あるいは破壊されて彼女は自由の身だ。
「まぁ最初に気付いて欲しかったんだけど……君の考えは崇高だし尊敬に値すると思う。だけど時には誰かを頼ったっていいんじゃないかな? 君の両親も……家族もそう思ってたんじゃないかな?」
解放されたが体中を貫かれたせいで出血も止まらないため、頭が思考を止めて未だ動けない中でレクスの言葉は何故か頭に入ってくる。
彼女の体が光に包まれ傷が見る見る内に回復していく。
「光魔法……?」
まるで自分ではないような間抜けな声を出したことを自覚して彼女は少し赤くなる。レクスが魔法を連射しながらすぐ隣まで近づいてきた。
「こいつは強いんだよ。序盤にしては強過ぎる。君だけじゃ倒せないし、俺だけでも多分無理なんだ。だから力を貸してくれないか? 君の圧倒的な速度による圧倒的な手数の攻撃が必要なんだ」
そう言ってレクスがプラダマンテに右手を差し出した。
レクスの顔は背後からの光によって見ることは出来ない。
どんな表情をしているんだろう。
大言を吐いて置いてこのざまだ。
失望して呆れているだろうかとも考えたが、その声からはそんなことはないと伝わってくるように彼女には感じられた。
「一緒に古代人の究極兵器を倒してやろうぜ。俺は意識外から大出力の一発を放つ。君は君ができることをやって欲しい」
疑ったことすら恥じて彼女はようやくレクスの手を取った。
何故か全てが上手くいくような気がした。
「私はやれることをやることにするよ。それじゃあ後は任せたわ」
「ほい。任された。合図したら巻き込まれないように離れてくれ」
万物には必ず核になるものが存在する。
それは特別変異個体においても変わることはない。
「(こいつの分析はもう済んだ。後は核にマーキングするだけだ……)」
レクスの力で引き起こされて立ち上がったプラダマンテは改めて愛刀を握り直すと瞑目する。いつものルーチンワークだ。
「いざ!」
彼女が駆ける。
常人離れした動きで攪乱しつつ、攻撃を繰り出す。
一撃離脱で着かず離れず、相手が嫌がることをちくちくと。
「思念体兵器? 私の心を読んでみたらいいよ!」
背後ではレクスの魔力波が飛んでくる。
意図は分からないが、彼には彼の思惑があるのだろうと直ぐに納得できた。
一方のレクスは【重弾丸】を放つ準備を終え、もう1度、核を露出させるべく、もう1つの【重弾丸】の魔法陣に魔力を流し込んでいた。
所謂、多重起動と言う奴だ。
魔力が一定数貯まるまで術を発動しない方法は大分前に研究し終えているので特段難しいことではない。一定の条件を満たした場合に発動すると言う記述を太古の言語で魔法陣に記載すれば良いだけの話だ。
今回は露出させた核を魔力波で検知し、レクス自身の魔力波でマーキングする。そして再び、それを繰り返し大出力の魔法を直撃させて消滅させる。
これも魔力操作の応用で、自身の魔力と魔力が引き合うような性質を付与する。
その後、露出した核へ向けて【重弾丸】を放つことで、両者から発せられた魔力波が干渉する。ぶつかり合った魔力の位相は大きくなり、大出力の魔法の威力が更に高まると言う寸法だ。水面に落ちた水滴が起こした波同士がぶつかり合って高波が起こるような状況を作り出す。
プラダマンテが活き活きと動き回りながら連撃を見舞い、奥義を繰り出している。その手数の多さのお陰もあって再集合、超再生が起こる速度が明らかに遅くなっている。
その隙にレクスが透明の核を検知しすぐさま魔力でマーキングを施した。
「ほーれほれほれ! 私を捕らえてみなさいよ! まぁ無理だろうけどさ!」
彼女がその速度で特別変異個体を翻弄している。
何処か吹っ切れたような動きはより速度を上げ、攻撃の確度を高めているようだ。
「喰らいなさい! 残夢夢幻!!」
見果てぬ夢が幻の如く儚く消えるように相手の体が塵と化す。
能力の『奥義』ではなく流派の技をも使っており、それが効いている辺り凄いとしか言えない。
太古の言語を使っていないので力の根源が何なのかすら分からない。そして大技を使った後も動きは止まることなく、再生する傍から斬って斬って斬りまくり、その手数は減るどころか増えていく始末。
「ほらほらほらほらぁ!!」
勢いに乗りに乗った彼女は以前とは見違えるほどだ。
まるでこのまま倒してしまえるかと錯覚してしまうほどの強さだが刀と『奥義』だけで倒せる相手ではない。
それはレクスが1番良く知っている。
「プラダマンテッ!!」
「ほい来た!!」
レクスの合図を聞いて大きく横に飛び退る彼女。
「【重弾丸】!!」
集まりかけていた個体が爆散し周囲に飛び散って核が露出した(はず)。
この隙は逃さない――
「これで終いだッ!! 【重弾丸】!!」
発動した瞬間――正確には違うが――何もないはずの虚空が大爆発を引き起こす。
今まで以上の高火力での一撃だ。
緊張が続く。
結果は未だ分からない。
ただ刻が止まったかのように動きがない。
周囲でも生き残りの試験官や結界士たちが様子を窺っているのが見て取れた。
黒い塵のようなものがはらりとレクスの手に落ちる。
屋内のはずの天井から黒ずんだ塵が舞い降りてきたのだ。
ここに至ってようやくレクスは戦闘が終わったことを確信した
特別変異個体の欠片が塵へと返っていく。
「まるで黒い雪みたいだ」
誰かがそう呟いた。
レクスもそう思った。
それに疲れた。
速く寝たいとも。
「レクスくーん!! やったよ! 倒しちゃったよ!!」
以前とは打って変わってしまった態度で駆け寄ってくるのはプラダマンテ。
彼女は勢いよくその胸に飛び込むと脱力していたレクスを押し倒す。
「痛ててて……ああ、強かったな……お疲れさん」
「ふふふ……私たちの前に敵はいないようだね! 敗北を知りたい」
レクスに馬乗りになったままで彼女は弾けるような笑みを見せる。
私たちと彼女はそう言った。
これで彼女は空虚感から解放されるだろう。
「これで分かったろ? 君は虚しさなんて感じる必要もないし誰も疑う必要もないんだ」
「なんか分かった気がするよ」
「誤解なんだよ。君は十分愛されてるんだ。家族を信じ切れていないだけで君の感情は一方的に抱いているものなんだよ。それを信じた方がいい。そうすればほら、未来が何だか明るく見えてくるだろ?」
レクスは正直恥ずかしいことを言ってんなと思っていたが、言葉にしなければ伝わらないこともある。
少し視線を少し逸らしながら思いを馳せる。
実際、彼女が両親――家族に抱いた空虚感は、勝手な思い込みだ。
ゲームで彼女が特別変異個体に取り込まれた時に家族全員で救いにきたことからも分かる。あれは討伐に来た訳ではなく、ただの殺人マシーンに成り下がってしまった最愛の家族を救うためだった訳だ。
「私は難しいことは分からないけど感じるところがいっぱいあった! レクスくんが戦わせてくれたことにも意味があったんだ! ありがとう。私はまだ生きていけそう」
ボロボロな格好をしておいて格好のいいことを言う。
レクスの顔に水滴が落ちる。
その正体に気付いたのは彼女の目を見た時であった。
最難関の救出ルートはこれで突破した。
彼女の運命も変わっていく。
これからの激動の世界を生き延びて幸せを掴んで欲しいと思う。
レクスが願うのはただそれだけだ。
救出イベント完了!!
ありがとうございました。
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明日は21時の1回更新です。
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