第3話 未来を見据えて
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本日は12時の1回更新です。
レクスは家族や幼馴染、スターナ村に暮らす人々――身内さえ護れればそれでいいと考えていた。
しかし、大人しくしていても悪意は容赦なく襲ってくると理解した、いやさせられた。ケルミナス伯爵の執着を見ていてもレクス自身に何か問題があるのだとも痛感した。その問題が転生者であると言う事実にあるとは、まだ確信は持てないが可能性は捨てきれないし楽観視もできないと考えるようになった。
座視したままでゲームの物語に巻き込まれ、大事な人たちを護れないくらいなら、自分から動いて後悔しない道を歩きたい。
動けばそれだけ縁も増えて増々護りたい人間が増えるかも知れないが、それならそれで仕方がないかと思える。
大っぴらにゲーム世界に絡んでいくつもりはないので、動くなら裏でと言うことになるが『セレンティア・サ・ガ』の世界をよく知るレクスであれば上手く立ち回れる可能性は十分あるだろう。
『逃げるな、立ち向かって壁を乗り越えろ』と人は言う。
果たしてそうなのか?
いや、場合によっては逃げても全く構わないし逃避は悪などでは決してない。
逃げ道があるならば。
だが逃げられないなら立ち向かうしかない。
レクスはストーリーの裏側からではあるが、積極的にゲーム世界に関わろうと覚悟を決めた。
今までは中途半端だったが、強くなること、人脈を作ること、ゲーム設定だけでは知り得ない世界観への理解を深めることを目標としてこれからを過ごす。
平和や秩序を乱そうとする者や、世界を壊そうとする者を排除し当面は主人公たちをバックアップしていこうと考えている。ただレクス自身の動きによって物語が変わっていくことは十分考えられるので、そこは臨機応変に動いていくべきだろう。
聖グローリア暦も1328年9月を迎え、レクスも12歳となった。
来年になれば物語の本編がスタートすると思われる。
一番良いのはレクスをゲーム世界に引き込んだ付喪神が出てきてくれることなのだが、神には神の事情があるのだろう。
「はぁ……明日には出発か。聖地から直接王都へ向かっても良かったかもな」
いつもの小高い丘の上でレクスは頭の後ろで手を組んで寝そべっていた。
大地に萌ゆる草は9月になって少しずつ色を変えていたが、まだまだ寝心地は悪くない。
左肘から先を失ったものの、テッドの調子も良くなり以前のように剣を振るえるまでに回復していた。元々、ほとんど1人で村を護ってきた彼のことであるから、下手に気にかけても「余計な心配は無用だ」と言われるに決まっている。
「おーーーーい! レクスーーー!」
遠くからカインの声が聞こえる。
レクスは上半身を起こすとそこには金色の草原にも似た麦が穂をつけ風に揺られているのが目に入ってくる。話によると凶作の地域が多いらしいが、ロードス地方としては実りは悪くないようだ。
「(凶作か……農民から盗賊に身をやつす者も出てくるだろうな。税が高いところは特に)」
15年前の不浄戦争で国のために戦ったのにもかかわらず切り捨てられた者も多いと聞く。更に各地の貴族は何とか被害を補填しようと、いやそれだけならまだしも私腹を肥やすべく重税を課した。
彼らは義勇軍から盗賊集団やテロリストに変貌を遂げているはずだ。
そんな思考が中断を余儀なくされてしまった。
もの凄い速度で走ってきたカインがレクスの目の間でズザーッと勢いよく止まったのだ。そして特に息を切らした様子もなく平然とした表情で彼は言った。
「レクス、やっぱりここにいたか」
「おう。どうしたんだよ、カイン」
「いや、ちょっと気になったことがあってな。ライアンたちのことだ」
「あいつらか……何かあったんか?」
ライアンは村の青年で年下の少年たちを束ねている男だ。
束ねると言っても良い意味ではなく悪い意味でであり、ガラの悪さは村でも問題になってきている。
ちなみに素行も悪い。
「あいつらな、レクスのことを気に入らないって言ってたぞ。いつかシメてやるってよ。それに今の王国は民に厳し過ぎるから打倒すべきだって騒いでるらしい」
「陰でしか文句の言えない奴なんだ。放っておけばいい……と言いたいとこだけど、俺はともかく国に対して大っぴらに不満を垂れるのはなぁ。大人に言って止めてもらった方がいい。下手すりゃ貴族が出てくるぞ。ロードス子爵領はまだマシな部類なのに何言ってんだあいつらは。それに俺は明日には王都へ発つからな。おあいにく様ってヤツだ。ったく……厨二病かよ。邪気眼でも発症してそうだな」
「ちゅうにびょう? じゃきがん? なんだそれ? 何かの特殊能力か? ま、まさか技能!?」
カインの慌てた姿に思わずレクスが大笑いする。
なるほど、技能か。
そう言う考え方もあるのか。
レクスは何故か感心していた。
「な、なんだ? あいつらヤバいのか!?」
レクスが沈黙して何も語らないのでカインは焦れたように問い質す。
普段は見れない顔を見て貴重なものを見れたなと何故か楽しかった。
「ははは! あ、ああ、ヤバいのは確かだな。今に各地で立ち上がる民衆が出てくるぞ? それにライアンたちが加わりかねないだろ。ま、流石にそこまで馬鹿じゃないとは思いたいけどな」
実際、ストーリー上でもそんな展開が待っているし、主人公のガイネルも初の任務として討伐に当たるはずだ。
カインはライアン一味とは仲良くないはずだが、それでもどこか複雑そうだ。
もしくは彼らの心配より村に及ぼす悪影響について考えているのかも知れない。
「そうだな。あいつも確か16歳くらいだったはず。それくらいの分別はあるのかな……」
まぁ分別があったら騒がないけどなとレクスは思ったがこれ以上、カインを不安にさせるのも嫌だったので話題を変えることにした。
レクスはすっくと立ち上がると気力に満ちた表情でカインに告げる。
「そんなことよりさ。俺たちももう12歳だ。探求者にもなれるし色々な仕事場で働くこともできる。どうだ? 一緒に王都に行かないか? 村のことも大事だけど将来のことも熟慮すべきだろう」
「は……はぁ!? 本気で言ってんのか!? 俺なんかが王都に行ったら差別にあってしまうだろ? 働き手なんてとても見つからない……それじゃあお金が無くて暮らせない」
「だからこその探求者なんだろがい。 王都でも獣人族は見るぞ? それほど多いって訳でもないけど普通に見かけるし、特に探求者になる人たちが多いみたいだ」
「ふーん……そうなのか……」
カインはそう呟くように返事すると俯いて神妙な顔付きに変わった。
それを見てレクスは少しばかり焦ってしまい、胸の鼓動が高まるのを感じる。
「〈不安を取り除くつもりがあべこべになったか? カインは村を気に入ってくれてるからなぁ。早まったかも知れん〉」
少し気まずい感じの沈黙が続く。
本当はそう感じているのはレクスだけでカインは真面目に将来のことで頭がいっぱいになっていただけなのだが。
「まぁ焦ることはないよ。そうだ! 王都の様子なんかも伝えよう。カインに手紙を書くよ。それが判断の一助になればいい」
「て、手紙? レクスが書くのか。何だか意外なことをするんだな」
「ええ……俺って結構、筆まめだぞ! 家族にも書いてるし、セリアにもちゃんと返事してるし」
本来、手紙など書く性格ではなかったことは確かだが、セリアのせいで意外と楽しく書いていたりする。レクス本人が自覚していないだけ。
「ほら、帰ろうぜ。明日には俺はいなくなるんだからそれから考えろよ。それより美味いもん喰わせてやるから俺んちに来いよ」
「ああ、そうだな……ってまさかレクスが何か作る気か?」
「ったりめーよ! 期待するがよいわ。ファファファ……」
「何だよその笑い方は……」
某何とかデスさんの物真似は当然の如く理解されなかった。
取り敢えずお家に帰ろう。
帰宅すると居間でリリスがゴロゴロしていた。
こいつ、いつもゴロゴロしてんな。
本当に聖騎士かよ。
そんなことをレクスは考えつつ、リリアナに言って飼っているコケッコを絞めさせてもらう許可をもらい料理に取り掛かる。
ちなみにコケッコは鶏のような獣だ。
「はぁ? お兄何やってんの!? あ、カインさんこんちは」
段々、カインに対する態度が横着になっているリリスにレクスは微笑ましい物を見るかのような視線を向けていた。ずっと苦手意識を持っていたはずなのに剣の稽古を通して何か通じ合うものがあったのかも知れない。
「見て分かんだろ。料理だよ料理」
「は? 何? クッキングパパかよ! いやクッキングお兄かよ!」
何か意味不明なことを口走っているリリスを放置して料理を始める。
鶏ガラで出汁を取って美味いスープを作るのだ。
じっくりと煮込んで灰汁をこまめに取り、ジャガやキャベ、ジンニンを入れて更に煮込む。澄んだスープを作るために、野菜類は別に火を通してから煮込み鶏ガラスープに投入する。
後は炒めたアルバレプスの肉を入れてコショウ少々、ハーブを加えて出来上がり。
他はコケッコの香草焼き。
コショウなんて高級なものが手に入るはずもないので森林に自生していた低木に成るヒハツの実をすり潰したもので味がコショウに似ているのだ。
暗くなってテッドが帰ってきた頃には料理は完成していた。
計画通り!とレクスの顔はまるで記憶を取り戻した悪人のような顔に変わる。
「う、美味い……」
「お兄……生意気!」
「レクスが料理できるなんてなぁ。しかも美味いじゃないか」
「私の立場は……」
カイン、リリス、テッド、リリアナがそれぞれ面白いリアクションをするのでレクスとしても満足だ。
前世では35歳だったから多少は自炊もする。
両親の反応を見てレクスの心は少しばかり痛んだが放っておくことにする。
思ったよりもリリアナがダメージを受けているようなので後でフォローしておくことに決めたが……。
テッドにはヒハツの実と今回使用したハーブを見せて採って来てもらえるようにして、リリアナにはレシピや出汁の概念を教えた。
とにかく喜んでもらえたのなら幸いである。
明日はは王都へ出発だ。
面倒な一面もあるが刺激があるのは確か。
レクスは王都で待つ様々なイベントに胸を高鳴らせながらベッドに入った。
お陰で中々寝付けなかったが。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日も12時の1回更新です。




