第13話 ガリオン会談
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「間もなくだッ! メノス峠を越えればメノッサは目前ッ! 奪い! 燃やし! 犯し尽くせッ!」
フェリア王家のヘアーツが大音声で味方を鼓舞した。
獲物はもう捕捉した。
後は狩るのみ。
「俺がグラエキア王国東部を平らげるほど、恩賞は大きくなるだろう。ドレスデンでの発言力高まると言うものだ」
あくどい笑みを浮かべて、ヘアーツはこれから訪れるであろうフェリア王家の繁栄を夢想する。
蹂躙される者たちのことを考えるだけで、胸が高鳴り心が急く。
メノス峠は隘路になっておりグラエキア王国へ至る唯一の道だ。
ドレスデンの地を防衛するためには良いが、侵攻するための進軍には向いていない。
そのまま西進できれば良いのだが、山脈が邪魔をして進軍は容易ではない。
踏破できないこともないとは言え、急ぐのは難しい。
ヘアーツは忌々しいとは思いながらも、独り先行できるメリットは大きいと笑みを深めていた。
そこへ風に乗って大声のようなものが耳に届く。
あれは――喊声?
訝しげな表情になるヘアーツだったが、周辺に敵は存在しない。
ただの喧嘩かと考えていると、後方から慌てた様子で伝令が駆け寄ってきた。
「へ、ヘノーツ様、後方に突如として大軍が出現! 後軍が奇襲を受け壊滅! 敵軍は更に我が軍を喰い破りながら侵攻しております!」
「はぁ!? 敵だと? そんなもの何処から……グラエキア王国軍か?」
あまりにも困惑して、ヘアーツは反射的に間抜けな声を出した。
しかし返ってきたのは期待外れの言葉。
「ふ、不明です……」
「分からんで済むかッ! 敵軍の紋章くらい確認しろッ!」
背後から敵軍が迫っているとなれば、反転しなければならない。
だが場所が場所だけに素早くは動けないが――
それともメノス峠を急いで越え、平地で迎え討つか?
逡巡したヘノーツであったが、どう考えても抜けるまで時間が掛かる。
「くそッ……全軍反転しろッ! 敵軍を迎え討つッ! おい、各部隊に伝えろッ!」
指示を出したところへ、また別の伝令が駆けつける。
「ヘアーツ様、敵が判明致しました!」
「何処だ!?」
勿体ぶる伝令に苛立ちながらヘアーツが怒鳴る。
「ガリオン軍です!」
「何だとぉ!? 狂ったか、ジークハルトッ!?」
あの忌々しい顔がヘアーツの脳裏に浮かぶ。
幾らなんでも味方から攻められるとは思ってもみなかった。
反転して防御態勢を整えるだけで、かなりの時間を要した。
その頃には中軍までもが潰走しかかっている状況へ追い込まれることとなった。
隘路で護り易いとは言え止まって勢いのないフェリア軍よりも、突進力と地力で勝るガリオン軍が終始押しまくっている状況。
なにせ使徒が率いる銀鱗騎士団。
弱いはずがない。
苦虫を噛み潰したような顔で戦況を聞いていたヘアーツの元に、見慣れた顔が現れた。
何度見ても苛立たされる顔が。
「フェリア卿、無益な戦いはよせ。このようなことをして何の意味がある? 陛下もお望みではない」
「貴様……この命令がセドリック新王陛下のご意思だと理解していないのかッ! これは明確な離反行為だぞッ!」
「我が国は王家の集合体。貴殿の意思など関係ない。この戦いは貴殿が陛下を唆したのだろう? グラエキア王国は同盟国であり、裏切ることなどできようはずがない。間違いは正されねばならん。陛下をお諫めする」
「何を甘っちょろいことを……この世は弱肉強食。綺麗事ばかりで生きていけるかッ!」
「ほう。弱肉強食か……。ならば実力で黙らせようか」
ジークハルトは聖剣ガリスディーヴァを抜き放ち、フェリア軍への突撃を再開した。
宝珠を宿す使徒が、聖剣を振るえば勝てる者などそうはいない。
次々と叩き斬られていく中、フェリア軍は散り散りになって潰走。
ヘアーツはジークハルトによって見逃され、王都フェリアへ逃げ帰った。
「ちくちく畜生ッ! 必ず報復してやるッ!」
負け犬の遠吠えを残してヘノーツは命からがら戦場を離脱。
それを蔑むような目で見送ったジークハルトは、直ちに帰還の指示を出した。
「ふん。ハイエナ共が。全軍、戻るぞ!」
※ ※ ※
ロストス王国のデリンマを陥落させた後、レクスはすぐに北上を開始していた。
国境を護るドレスデン連合王国の守備兵も、カルディア公の紋章を見ると特に咎めることなく通してくれた。
メノッサが無事だった以上、フェリア王家の侵攻は防がれたと言って良い。
となれば、攻め込もうとしていたとは言え、少なくとも今はまだ同盟国である。
ドレスデン連合王国への道には死体があちこちに転がっていたので、ゲーム通りにフェリア王家が侵攻したのは確か。
そして破れたのも確かだ。
「ねぇ、ドレスデンがグラエキア王国に攻め込もうとしていたって本当なの……?」
「ああ、それは間違いない。さっきの村でも噂になってたろ? フェリア王家がそうしようとした。だけどそれを阻止された。そして阻止したのはガリオン王家だ」
不安げな様子でおずおずと話し掛けたセリアに、レクスは正直に答えた。
この程度なら知られても問題ない。
「ふーむ。だがなぁ、あの賢王リューディガー王が同盟の約定を違えるとは思えないんだがなぁ」
「モルガンさん、リューディガー王は恐らく死んでますよ。代替わりした新王が空同然の王国東部を見て野心を出したんでしょう」
「なんと! リューディガー王が? 俄かには信じられんが……」
レクス一行は休むのもそこそこに、ガリオンへの道を爆走していた。
ジークハルトがフェリア軍を撃破したとなれば、新王となったセドリックの説得に向かってしまう。
早めにデリンマを出立したので間に合うとは思うが、念の為だ。
その後幾つかの村を経由して、レクスは王都ガリオンへ到着した。
「あの、ガリオン王陛下に取り次ぎをお願いしたいのですが」
「申し訳ないが、陛下はお忙しい。後にしてもらおう」
誰何しない辺り、ジークハルトはドレスデン連合王国王都ドレスデンへ向かおうと準備しているのだろう。
「非常に重要な話です。私はグラエキア王国の使徒、カルディア公爵家の使者として参りました」
「なッ……!? ほ、本当なのか……いや本当なのでしょうか? 身の証などはお持ちで?」
流石に同じ使徒の1人、しかもグラエキア王国からの使者だ。
今回の件を知る者なら重要度は理解できるはず。
レクスはカルディア公の紋章が入った小剣を見せる。
同時にモルガンも羽織っていたマントに刺繍されている、白狼牙騎士団の紋章を示す。
「失礼致しました! 直ちに主に伝えますのでお待ち下さい!」
何とか会えそうだとレクスは安堵した。
だが本番はここから――王都ドレスデンに行かせないように説得しなくてはならない。行けば捕らえられて、侵攻反対派の旗頭がいなくなり、侵攻強硬派を押さえられないだろう。
それではゲームと同じ展開になってしまう。
―――
通されたのは応接室。
白い陶器の壺にはリンネルの花が飾られ、芳しい香りで満ち溢れる日当たりの良い部屋だ。
中央には光沢のある横長のテーブルがあり、黒いソファが対面で置かれている。
決して派手ではないが美しさがあり、まさに質実剛健と言った印象を受ける。
レクスの目の前には逆立った金髪に精悍な表情、意志の強そうな黒い瞳を持つ野性的な男が座っている。
その隣には、同じくふわっとした金髪を背中まで伸ばした凛々しい顔立ちの女性。こちらは美しい碧眼だ。
ジークハルトとその妹ファナールだろう。
「それで、カルディア公から用件とは一体何事だろうか? 突然のことで戸惑っている」
油断のない表情に鋭い目で、レクスを見つめてくる。
この場にいるのはセリアとモルガンだけだ。
「此度のドレスデン連合王国の我が国への侵攻は誠に遺憾なことです。貴国とは婚姻、同盟関係にあるはずですが、何か申し開きはありますか?」
「……!」
まさか知られているとは考えてもみなかっただろう。
ジークハルトの表情が愕然としたものに変わる。
隣のファナールも同様だ。
「何故それを……カルディア公はご存知なのか? いやそんなはずはない……何故貴殿らはこれほどまで早く察知できたのだ?」
流石に隠せないと判断したようで、ジークハルトは素直に白状して問い返した。
「王国の東部が空になれば野心を抱く者もおりましょう。貴国はそのような国だと思われていると言うことです。我々はユベール殿とは別に備えていたのです。陛下はユベール殿がロストス王国へ侵攻する前に会っていると思うのですが如何か?」
「確かにユベールと会ったのは確かだが、義弟と会うのに理由はいるまい。それに貴国からリューディガー王陛下はそのような御方だと思われていたと言うことか」
レクスをキッと睨みつけたジークハルトは平静を装って残念そうに答えた。
表情は取り繕っているが、声に動揺の色が見られる。
「隠しても無駄ですよ。既にリューディガー王は亡くなっておられるでしょう? 現在の王はご嫡男のセドリック様なのではありませんか?」
流石にリューディガー王の死まで知られているとは思わなかったのだろう。
その驚きようは先程よりも酷く、絶句して固まってしまった。
「そのセドリック様が号令を掛けたと。それで最初に動いたのがフェリア王家。そして侵攻賛成派も多数。ジークハルト陛下はそれを止めるためにドレスデンに向かおうとしていると言ったところでしょうか」
「……そ、そこまで分かっているとは……ここまで読んでおられたのか、カルディア公は」
「あくまで念の為です。それで我が国としても貴国と事を構えるつもりはありません。ですがもし陛下が、ドレスデンへ説得に赴かれると必ずや捕らえられましょう」
「そのようなことはない! 話せば分かる御方だ!」
そうなのだ。
忠義のあまり、人を信じすぎてしまうのがこのジークハルトと言う男。
信念としては美徳だと思うが、今はそれが通用する時代ではない。
「いえ、無理です。捕まって我が国への大規模侵攻が起こるのは必定でしょう。そうなるとこちらとしても軍を差し向けざるを得なくなる。ジャグラートがあっさりと負けたのはご存知でしょう?」
「兄上……わたくしもセドリック陛下は説得できないと思います……行ってはなりません」
言葉に詰まったのを見たファナールも、ジークハルトを止めるために口を挟んできた。
これはゲーム通りなので想定内。
問題は反対を振り切ってドレスデンに向かってしまうことだが……。
「そうは言うがな……」
ジークハルトの口調は苦々しい。
取り繕うのも止めて顔を顰めている。
「よろしいですか? 使徒の1人であるジークハルト陛下が反対派を取り纏めれば、如何にセドリック様と賛成派と言えども軽々には動けません。戦争は起こらないのです。戦争など起こしたくないのでしょう?」
「当然だ……!」
「御考えは分かります。戦争で苦労するのは領内の民ですからね。そうでしょう?」
「ああ……その通りだ」
優し過ぎるのだ、ジークハルトは。
だから死ぬことになる。
個人の力は最強クラスな上、銀鱗騎士団を率いればドレスデン連合王国の王家の大半を敵に回しても勝利するほどの力を持つ。
「対してドレスデンが我が国に侵攻すれば、まず相手をするのはユベール殿です。間もなくロストス王国は滅亡するでしょう。ユベール殿が勝てばドレスデンに逆侵攻されますよ。そして貴国は荒れる。反対派も攻め込まれれば戦わざるを得ません」
「ユベールが我が国を侵略すると言うのか?」
両手を組んで顎を乗せながら考え込んでいたジークハルトの視線がレクスを射抜く。
「幾らカルディア公が戦争を回避したがっても、他の公爵家はそう思わないと言うことです。貴国は滅亡するでしょうね。ユベール殿は死の尖兵となるのです」
「わたくしもそう思います、兄上。御立場をお考え下さい! 兄上は使徒なのです。御味方同士で戦うことにはならないと思います! それともユベール殿と戦う気ですか!」
ファナールの心からの説得の言葉を受けて、苦み走った表情となり黙り込む。
これ以上言うことはない。
場に沈黙が降りる。
ジッと聞いていたセリアが不安げにレクスの服をそっと掴んだ。
「……分かった。已むを得まい。だが覚えておくことだ。もしもこちらの内乱に付け込んで貴国が攻め込んでくるようなら容赦はせん」
諦めたように話し始めるジークハルトだったが、徐々に語気を強めて釘を刺した。
無理やり自分を納得させたようだが、これで戦争は回避されるだろう。
後はゲームに登場しない裏キャラクターの存在だけが懸念事項だ。
セドリックかユベールの身近に唆す者がいれば非常にマズいこととなる。
セドリックの方はジークハルトに聞いておくとして、問題はユベールだ。
今のところは分からないが、気を付けねばならない。
しばらくはジークハルトとユベールの間を行き来する必要があるかも知れない。
そして気になるのはグラエキア王国の王都。
間もなくヘイヴォルの第3王女、リーゼ・ド・カルナックが後継者指名を受ける。
双龍戦争へと至る――後継争いが始まるのだ。
ありがとうございました!
次回、グラエキア王国、後継者指名。




