第7話 ロストス王国への反攻
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メリッサから約五五○○の軍団が出陣した。
ほぼロンメル男爵領が空になる全力出撃である。
数こそロストス王国からすれば寡兵だが、雷光騎士団の5番隊、ロストス男爵軍に強者は多い。
それに北のドレスデン連合王国とは同盟関係にある。
その上、ファドラ公爵家の令嬢が連合王国を構成するガリオン王家に嫁いでおり、東にあるスター半島のグロスター王国のエミット王子とも親交が深く関係は良好。近隣のサンダルフォンは中立国家で取るに足らない存在だ。
「一気に制圧するッ!! 我に続けッ!!」
メリッサから南東にあるロストス王国の主要都市ティダーンを攻めるべく、ユベールの大音声が響き渡り全軍の士気が上がって歓声の声が湧き起こった。
先頭を進むのは雷光騎士団、その後にロンメル男爵軍、周辺貴族諸侯軍が続いている。レクスたちは軍の最後尾に配置されており、明らかに煙たがられている様子であった。
ファドラ公爵家の寄り子である周辺貴族の兵の出し惜しみと遅参により、侵攻にも影響があるはずなのだが、ユベールの自信は全くと言って良いほど揺るがなかった。
「ユベール様、ティダーンからロストス王国軍が進発したようですが、計画通りでよろしいのですね?」
「ああ、問題ない。引き付けておいて湾岸部に広がる西の森林地帯から奇襲を掛ける。ヴィエラも存分に暴れるがよかろう」
2人の声は真剣で恐れの感情はないものの、慢心している感じは受けない。
ヴィエラはユベールから掛けられた言葉に気合の入った返答で応じる。
「はッ! 我が国に攻め込んだこと、後悔させてやりましょう!」
「敵軍の数は分かったのか?」
「およそ二○○○○とのことです。大将は第2王子のキンゴストスのようです」
ロストス王国軍は4倍の戦力であり、兵力差は大きいものの全く負ける気などない。使徒の血脈に連なる者と、その血を僅かながら与えられた雷光騎士団を率いる者が持つ自負はそれほど高いと言うことだ。
ユベールは沸き立つような高揚感と煮えたぎる正義の感情を抑えながら、戦いの刻を待ち望んでいた。
一方のロンメル男爵は一刻も早いティダーン陥落に向けて闘志を燃やしていた。
気が急いて急いてしょうがないあまり、ユベールに早期の出陣を進言したのも彼だし、遅参した貴族を恨んでいるのも彼だ。
何故か――妻子の行方が知れないからだ。
「あの時勢も読めん貴族共……いつか必ずや目にものを見せてやる。当然ゴブリン共もだ」
ロンメル男爵の形相は憤怒で染まっていた。
あまりの怒りに血管がブチギレそうなほどに、額には青筋が浮かび上がっている。
情報では息子がロストス王国へ拉致されたと言うものまで耳に入っている。
殺されているよりは良いが、人間に怨恨を持つゴブリンしかいない国に捕まれば、どのような扱いを受けるのかは考えるまでもない。
「まぁいい。奇襲で悉く討ち取ってやる! ティダーンへ1番乗りを果たし、無事を確かめねばならん」
奇襲部隊を率いるロンメル男爵は、怒りを胸に秘めつつも家族の無事を信じていた。
そして露骨な扱いを受けているレクスはと言うと、それほど気にしてはいない。
ゲームでは兵力など示されていなかったので分からないが、結果はロストス王国の占領で終わる。楽勝とまではいかないかも知れないが、結果に違いが出るとは考えてはいなかった。
これから注意すべき点は、ロストス王国の背後にいる漆黒司祭、ドレスデン連合王国を構成するフェリア王家。可能性は低いが、あるとすれは漆黒神信仰のリーン聖教国(東方教会)の動向だろう。
「ねぇレクス……これって冷遇されてるわよね?」
「え? うん、そうだね。まぁ正直、カルディア公の使者としての扱いではないけど頭越しに言われるとね。言ってもファドラ公は行方不明なんだけど」
「レクス殿、セリア殿も気にするこたぁないですよ。派手に活躍して度肝を抜いてやりましょうや」
セリアがレクスに声を掛けてくるが、彼女も内心では快く思っていなかったようで、ぎゅっと拳を握り何処か複雑そうだ。
モルガンはお気楽に話してはいるものの、戦功を立てて見返してやとうと言ったところか。
「無理に戦う必要はないと思いますよ? ロストス兵は王の血のお陰で強くなってはいますけど、王のような聡明さはない」
「レクス殿はこの兵力差でも余裕ですな。かなりの激戦になりそうですが……」
「この奇襲はハマると思ってます。指揮官が第2王子のキンゴストスですし数で押してくるだけでしょう」
実際にゲームでは愚直に突撃を繰り返すのがキンゴストスだ。
第1王子のゴスゲスと比較しても弱い上、喧嘩っ早いだけのゴロツキである。
「レクス、私、戦ってみたいんだけどいいかなぁ?」
「いいけどさ……ゴブリンも意外と強いのがいるから注意だよ?」
確かにユベールからは戦場での自由な行動の許可を取り付けてあるので、レクスたちがどう動こうが問題はない。
彼女の身を案じてみせるレクスだが、その性格を考えると今の発言も頷ける。
すると、セリアから予想通りの答えが返ってくる。
「いくらファドラ公の公子だからって馬鹿にされたくないもん。それに実力試しにもなるでしょ?」
「セリアらしいと言うか何と言うか……まぁいいけどさ」
「あ、レクスは邪魔しないでね? レクスが暴れたら一瞬で勝負が付いちゃうじゃない」
セリアに呆れ顔で言われてしまい、心当たりしかないレクスは絶句する。
釘を差されていなければ一気に殲滅してしまっていただろう。
とは言え、大きく敵兵力を削るために、大規模な魔法を使う気持ちを変える気はない。
「ガハハ……! 2人共、余裕があって頼もしいですな! 我らも負けてはおれません」
レクスとセリアのほのぼのとしたやり取りに、モルガンは破顔しながら言い放った。彼からも十分な余裕が感じられるのだが……。
そして舞台は戦いの地――レヌ平原へ。
―――
「突き崩せッ!!」
戦場にユベールの大音声が木霊して空気が震える。
鬨の声と共に、両軍は真正面から激突した。
先陣を切るのはもちろん、雷光騎士団の5番隊隊長ヴィエラである。
「放てッ!! 【雷光・烈】!!」
「うおおお!! 【雷光】!!」
初撃で古代竜の力を根源とする魔法にて大量の敵兵を殲滅し、勢いを止める。
寸分の乱れすら見られない隊列から繰り出された雷撃が、最前線のゴブリンたちの間でバチバチと荒れ狂う。
その神聖なる雷光はゴブリンたちを焼き焦がし、一瞬にしてその悉くを死体に変えた。息がある者もいるようだが、神経が麻痺して動ける状態ではない。
なおも、魔法を放ちながら突撃していく雷光騎士団がようやくロストス王国軍とぶつかった。
勇猛果敢に攻め掛かっているのは、ヴィエラ。
そこへユベールも到着し馬上から剣を振り下ろして、殺戮の限りを尽くしていた。
特に目を引くのがヴァイであり、鬼神の如く斬って斬ってきりまくっている。
まさに圧倒的な白兵戦特化の力を持つのが『侍』である彼の強みであった。
ロストス王国軍が動揺する中、レクスたちも前線に出てきて馬上から告げる。
「ユベール様、我々は突撃して内部から敵を切り崩します。ではご健闘を祈っております!」
そう言い捨てるように一方的に伝えたレクスは、たった12名で押し寄せる中軍へと突っ込んで行った。
流石のユベールも唖然として攻撃の手が止まってしまったほど。
側に付き従うヴィエラによって正気に戻ったユベールであったが、困惑と怒りの混じった感情を隠し切れない。
「お、おい! 勝手なことをするなッ!! 死にたいのかッ!」
レクスたちはあっと言う間に疾走して敵の渦中へと飛び込んで行ったため、ユベールの言葉も届かない。
「ユベール様、落ち着いて下さい! 彼らもカルディア公が信頼して送り出した者なのです! それに裁量権をお認めになったでしょう?」
「ぐ……しかし」
納得いかないのだ。
平等に接するようにしているつもりのユベールも貴族であると言うこと。
それに『預言士』のオーティも言っていたカルディア公の野望。
ユベールにとってはレクスなど取るに足らない相手だが、目を離すべきではない。彼はカルディア公の企みを見過ごすまいと、レクスの一挙手一投足すらも見逃さないように警戒度を高めた。
レクスは周囲が敵だらけな状況に高揚感をみなぎらせて、目をギラつかせていた。これまで自分が好戦的とは思ったことなどなかったが、竜前試合でも意外と戦いを楽しんでいたレクスである。最近はそれに自覚しつつあると気付き始めたレクスだが、その方が良いとも考えている。
この世界では人間と死の距離が近過ぎる。
ここは日本ではない――油断すれば簡単に死ぬ。
そう考えながらレクスは挨拶代りの一発を解き放った。
「8thマジック【大砲撃】!」
大口径の砲塔から撃ち出されたかのような大出力の魔力弾が大地に炸裂し、多くのゴブリンを消滅、あるいはボロ雑巾の如く屍に変える。
跡に残るは巨大なクレーター。
砂塵が舞い空から削られた大地が落ちてくる。
「ちょっとレクス! いきなりやらかさないでよ!」
「いや、先制攻撃は必須でしょ。それにこの程度で怯むような奴は強者じゃない。セリアが戦いたいのはそこらの雑兵? 違うだろ?」
セリアが噛みついてくるが、レクスは平然とした態度を崩すことなく全く相手にしない。
彼女としても図星を突かれて二の句が継げずにいる。
そしてレクスの力を目の前でまざまざと見せ付けられた白狼牙騎士団の面々は、一様に呆気に取られた表情で身じろぎさえできずにいた。
部隊長のモルガンでさえ、かつてないほどに目を見開いて驚愕している。
「こいつは大したもんだ……やはり閣下の仰った通りなのか。この若者は……」
モルガンの口から無意識の内に呟きが漏れる中、風に揺れる土煙の影に見え隠れするゴブリンが。
「何だ……今のは魔法なのか? おいそこの奴よ! 貴様を猛者と見込んで勝負を要求する! ただし魔法はなしだ!」
何言ってんだこいつ。
魔法勝負になったら自分が負けるから魔法はなし――勝手な言い分にもほどがある。面白い奴だと歯を見せて笑うレクスが一歩前に踏み出そうとした。
そんなレクスの肩をむんずと掴む者がいた。
セリアである。
「レクス、ここは私がやるわ」
真剣な面持ちを見せるセリアの目を、レクスは真っ向からじっと見つめる。
普段は溢れるほどの優しさを持つ彼女だが、その負けん気はレクスが出会った当初から変わることはない。
言っても聞かないのは目に見えている。
レクスはふうっとため息を吐いて、彼女の背中を軽く押した。
「……分かった。でも危ない場合は止めに入るからな?」
「任せて! 私の強くなったところを見ててね!」
セリアはそう明るく言い放つと、まるで戦闘の前とは思えぬほどの笑顔を見せてゴブリンの方へと歩き出した。
ありがとうございました!
次回、セリアの戦い。そして戦場となるレヌ平原の戦いの結果は?




