第5話 貴族の動向
いつもお読み頂きありがとうございます!
カルディア公が公子シリルとクロノスを伴って応接室へと入った。
今日は北から吹き付けるマイア風のせいで気温が下がっている。
そのため室内は温められているが、張りつめた空気感のせいで室内の温度が下がっているように感じられる。
とは言え緊張感と言うほどのものではないのだが、シリルだけは動きが少しばかりぎこちない。同年代や使徒の子息と交流する以外は、貴族との会談は初めてなのだからしょうがないと言えばしょうがない話だ。
光沢のある漆黒のあるソファに座っていた2人の貴族が、跳ね上がるようにして立ち上がった。
どう見てもカルディア公よりも年齢を重ねている彼らであるが、相手は公爵家であり使徒。
彼らは少し俯き加減に敬礼をする。
「モロア卿にブルレーク卿、よくぞいらした。まぁ座り給えよ」
カルディア公が労いの言葉を掛けたことで
敬礼を解いた2人は神妙な面持ちで言われた通りに、ソファへと腰掛ける。
「それで本日は何用かな?」
尋ねることは最小限で良い。
特にカルディア公が驕っている訳ではなく、基本的に、彼は聞くことを重視していると言うだけの話だ。
貴族に限らず、大抵の人間は自分のことを話したがる。
モロア伯爵が不安そうな表情で尋ねてくる。
何処となく歯切れが悪いのは、彼が使徒派――特にダイダロス公に属する貴族だからだ。
「此度は時間を頂きありがとうございます。お亡くなりになったヘイヴォル公についてなのですが……やはり正統な後継者はリーゼ王女殿下となるのでしょうか?」
「そうなるだろう。ご側室の子とは言え、アウラナーガの血を色濃く継いでいる御方だ。正統性は彼女にある」
そんなことを言いながらも、カルディア公はレクスに聞かされたグランデリアの存在に懸念を抱いていた。
公になっていない以上、ここで彼女の存在が知れれば、ややこしいことになるのは目に見えている。
故ロイナス王太子の娘であり、彼女が色濃く血を宿していることを考えれば、その正統性は揺るぎない。
だが、問題は彼女の正統性を証明するもの――つまり宝珠がない。
そしてそのような出自不明な者をカルディア公が後継者として推せば、公爵家が政争に巻き込まれるのは必定。
グラエキア王国は、レクスが言っていた以上に混乱する。
「なるほど……そうですな」
そう呟いて紅茶のカップに手を伸ばすモロア伯。
そして彼に続いてブルレーク伯爵が静かに尋ねる。
「それでは『アウラ事件』のことは水に流されたと言って良いのですね?」
『アウラ事件』とは、ヘイヴォル王が側室を娶る際に起きた諍い。
カルナック王家とダイダロス公爵家との関係が悪化した事件のことだ。
「陛下が亡くなった以上、問題はないだろうな。リーゼ王女殿下が『アウラ』の称号を継ぐのは至極妥当なこと」
「いやはや我々のような貴族からすれば、正統なる王へ忠誠を捧げるべきですからなぁ……では盟主派たるカルディア公も後ろ盾になられるのですな? 私の杞憂に終わったようで何よりです」
ブルレーク伯の言いたいことは、カルディア公には手に取るように理解できた。
となれば、これまで通りの見解を述べるのみ。
決して言質は取らせない。
「私の立場は変わることはない。王家を守護する者として盟主をお支えし、見守っていく所存だ」
それを聞いてもモロア伯、ブルレーク伯共に表情には出すことはなく、にこやかに笑んだままだ。
彼らとしては今後の政局を読み、どのように動くかが御家の大事。
リーゼの母親である側室のヴェリタス王妃は、ダイダロス公の令嬢だ。
いくらカルナック王家と……と言うよりヘイヴォルとダイダロス公の間に確執があったとは言え、リーゼがアウラナーガの血脈に連なり色濃く血を受け継いでいる以上、問題などないに等しい。
「しかしリーゼ王女殿下が国王になられると、ダイダロス公が台頭なさいますな」
「となるとダイダロス公も盟主派になる訳か。カルディア公と、地竜騎士団を率いるダイダロス公が組めば歯向かえる者などおらぬでしょう」
お互いに安堵して笑い会う2人の貴族たち。
彼らの中ではそう言うことになっているようだ。
仕方ない。
そう思ったカルディア公はもう1度だけ強く釘を差しておく。
「盟主派か……再度言うが、私の立場は変わらぬよ。王たる者を護る。近衛としてな。それが分からぬ卿らではあるまい」
それを聞いたモロア伯とブルレーク伯は、カルディア公から発せられる覇気に当てられ、生唾を飲み込んだ。
◆ ◆ ◆
――ローグ公爵邸では。
「しかし思ったよりも早く逝ったものです」
そう切り出したのは、マクシマム・ド・ローグ――第2公子。
いつも密談を行っている軍議部屋には3人の男が座っていた。
上座にいるのはこの邸宅の主、ゲシュタン・ド・ローグ公。
そして腹心だった天龍騎士団の団長を務める家柄であるイヴェール家のバンディットだ。父親のグレイテスが病床に臥せっているため、その後継者たる彼がローグ公の軍師兼、相談役となったためである。
「少しばかり早まっただけだ。問題はなかろう。継室のファルサ王妃の子は9月か、10月には生まれよう……後は私が確認すれば良い」
「閣下、リーゼ王女殿下が宝珠を継承すればバレるのでは?」
ローグ公の表情に一切の動揺は見られない。
そんな彼の言葉に疑問を呈したのは、新たな腹心のバンディットであった。
一瞬だけ不可解な面持ちになったローグ公であったが、質問の意図にすぐに思い至って納得顔になる。
「ああ、そうだったな、バンディット。お前には話していなかったが、恐らくアウラナーガの宝珠は失われた。血による判別は不可能だ」
静かな驚きがバンディットを襲うが、それも一瞬のこと。
「……!! そんなことがございましたか。となれば後はマクシマム様の仕込んだ種がうまく芽吹くのを期待するのみですな」
「ほう……? バンディット殿は私がミスでも犯すとでも言いたいのか?」
バンディットの言葉を皮肉と捉えたマクシマムが、苛立ちを隠すこともなく勢いよく立ち上がった。
その威圧感がある強い言葉にもバンディットは表情すら変えることはない。
怯むことなく即座に否定する。
「いえ、そのようなことは決して。ただ、こればかりは天の配剤と言うものでしょう」
緊張感が一気に高まった空気の中でも、ローグ公は泰然と体を椅子に預けて考えるのを止めない。
尚も何か言いたげなマクシマムの機先を制して、彼が吐き捨てる。
「ストルフォとフォロスさえ王家の血が強ければな。姉上が王家に嫁いだ意味がなかったわ」
ローグ公の姉はヘイヴォルの正室であったが、産んだのはカルナック王家の血が弱い王子のみ。
血の濃さがこそが王者の資格を持つ者であり、それ以外の者に正統性はない。
「今のところリーゼ王女殿下が王位継承順1位……そしてファルサ王妃が産むであろう子が2位か」
血が強く発現しているのは、現時点でリーゼのみだとローグ公は考えている。
そして血の判別ができない以上、継承権が発生するのはファルサ王妃の子。
「しかし外国が介入してくるのではありませんか? 過去の戦争で我が国から使徒の令嬢が周辺国へ嫁いだと聞いておりますが」
「マクシマム様、リーゼ王女殿下が存在する限り、そのようなことはないでしょう」
バンディットが断言とはいかないまでも、確信に近い笑みを浮かべてそう言うと、マクシマムがすかさず声を荒げて噛みついた。
「何故だ? せっかく使徒の血を得たのだぞ? この世は弱肉強食だろう! 他国が黙って見ているとは思えん!」
「7使徒が興した国家に大義名分もなしに喧嘩を売ることはございませぬ。国内で混乱がある中、あっさりとジャグラート王国を滅ぼし勢い盛んな今、軍事介入など有り得ませんな」
「ああ問題はない。ヘイヴォルが嫁ぎ先で産まれた子を見ておるからな。血の弱い者など一蹴して終わりよ」
だが、バンディットに続いて、ローグ公もマクシマムの主張を軽視して退けた。
ローグ公とバンディットの視線が虚空で絡まり合う。
「むしろ問題はアングレス教会でしょう。必ず介入してくると思われますが?」
「だろうな。カルディア公からも打診があったが、教会には使徒連名で圧力を掛ける。実際に何やら動いているようだしな。それに武力は神殿騎士団のみ。すり潰せば良い」
「となれば後は、ファルサ王妃に御子が産まれた後、リーゼ王女殿下の身に何かが起これば……」
バンディットがニヤリと口角を吊り上げる。
アングレス教会の懸念を伝えたバンディットとローグ公が愉快そうに話を進める中、マクシマムは湧き出る怒りに身を震わせていた。
自分が無視されたように感じた彼は、表情にこそ出さないようにしているが、その拳は硬く握りしめられている。
そんな我が子の様子を見ようともせずに、ローグ公は未来を想像して愉快そうに笑う。
「ファルサ王妃が産んだ子がローグの血脈に連なる者であれば、それで良いのだ。血が強かろうが弱かろうがそれは些事にすぎん」
それが彼の野望。
つまりはそう言うことだ。
ありがとうございました!
次回、レクスとセリアはロンメル領へ。




