第2話 聖ガルディア市国(西方教会)にて
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グラエキア王国、大長老衆の1人――嫉妬のインヴィディア。
彼女は現在、聖ガルディア市国(西方教会)の大聖王教会にて古代神に関する情報を収集していた。
この場所には地下禁書庫が存在し、遥かなる過去に実際に起こったとされる記録や神話の真実などの蔵書が数多く収められている。
古代神信仰のメッカで彼女が古代神について調べる理由。
それは全て漆黒神の復活を目論む、大長老衆筆頭の傲慢のスペルビアを出し抜くため。
同時に死霊術士の職業熟練である彼女は死霊を使って、各地の神話の痕跡を調べてもいた。
そんな彼女だが、息抜きも兼ねて市国の中心街の一画にあるカフェでスイーツを堪能していた。
「んまーーーい! ふぅ……もう随分と長く滞在しているわね。大体のことは調べたけれど違和感があるのよねぇ……」
生クリームが山盛りトッピングされたパンケーキを頬張って、顔を蕩けさせつつ言ったのはインヴィディア。
艶やかな黒髪を、後ろで無造作に纏めて髪が垂れないようにしているのだが、それでも美しい。内面はともかく、外面は完璧――整った小さな顔に漆黒の瞳、絹糸のようにサラサラな黒い長髪。
「そうなのですか? もしかすると存在しないとかですか?」
それに無理やり付き従っている従僕のジョイが真面目な表情で尋ねた。
適当なことを言えば、我が身を滅ぼすと理解しての言動だ。
「いえ? 存在は確かよ? ただ神話と整合性が取れないの」
「はぁ……」
平然と言うインヴィディアだが、何の知識もない単なる世話係のジョイに理解できようはずもない。
「はぁ……大聖王教会にある神の想い出が欲しいわねぇ」
「だ、駄目ですよ! インヴィディア様! 流石にそれは!」
「いやね。やらないわ。本気にしないでよ、ジョイ。まぁどうしようもなくなったら……うふふふふ……」
何やら不穏なことを言い出すインヴィディアにジョイの焦りは募るばかり。
外にいる時はまだいい。
しかし周囲に誰もいない時が問題なのだ。
そこへ突然、対面に座る2人に穏やかな声が掛けられる。
「失礼。これはレディ……グラエキア王国のインヴィディア殿とお見受けしますが、よろしいでしょうか?」
真紅の短髪に、これまた真紅の瞳。
垂れ下がる目尻と笑んで少し上がっている口角からは柔和そうな印象を受ける。
「は? 誰かしら……って、あらあら……あなた、神人じゃない?」
「ご名答です。私はエミディオ・スコルピウス・イグレシアス。故あって貴女に会いに参りました」
一瞬キレかけたインヴィディアであったが、目の前の優男が神人だとすぐに理解すると、その表情が明るいものへと変わる。
これを待っていた。古代神側勢力からの接触。
しかも古代神の眷属たる神人と言う事実にインヴィディアは興奮して、地が出かかりそうになる。
「あたしに何の御用かしら? もしかして古代神のことかしら? だったら嬉しいわぁ……」
「それもあるのですが、私が知り合った少年が貴女にお会いしたいと言うものですから、ついついお節介を……と言う訳です」
狂喜の笑みを浮かべかけたインヴィディアに、エミディオが1人の少年を紹介した。
茶色い短髪で前髪を逆立てている、茶色の瞳を持つ大柄な少年。
年の頃は14、5と言ったところか。
その瞳は何処か虚ろで儚げに感じるが――
「あらあら……神人のあなたの紹介だと期待してみれば……ねぇ、彼がどうかしたのかしら? 特別な力があるようにも見えないのだけれど?」
「まぁそう言わないでもらいたいですね。彼とは偶然知り合いましてね。死霊術士を探していると聞いたものですから」
「ああ?」
ドスの利いた声が店内に響く。
出したのはもちろん地のインヴィディアだ。
「知りたいことがある。死者を生き返らせたい。方法はないだろうか」
少年はそれに全く反応することもなく、抑揚のない声でただただ尋ねた。
流石にインヴィディアも彼の異質さにすぐ気付いて、心を落ち着かせ冷静になる。
「あなた、死者を生き返らせたいのね? 動機は何かしら?」
「大切な者を失った。彼女は俺の生き甲斐だ」
「ふーん。それで死霊術に縋ろうとしたのねぇ……」
インヴィディアはエミディオをチラリと一瞥すると、不快そうに表情を歪めて小さな舌打ちを1つ。
この男は理解した上で自分を紹介していたのだと彼女は察した。
「死霊術の能力に『喚び戻す』と言うものがあると聞いた。魂を呼び戻せると」
「確かにあるわねぇ。でも死体はあるのかしら? ないのなら諦めることね」
「大事に保管している。問題はない」
「でぇ? あたしに能力を使用して欲しいってぇの?」
インヴィディアの言葉遣いが荒くなり、地が出てきているのをジョイだけが心配そうな顔で見ていた。普段の彼女をよく知る彼だからこそ、そうなれば手が付けられないことを十分過ぎるほどに理解しているのだ。
少年の隣でにこやかな笑みで佇んでいるエミディオは、一切口を挟むつもりがないようで、沈黙を守っている。
「いや、俺が死霊術士になる。必ず習得して蘇らせる」
「へぇ……意外ねぇ。てっきり他力本願なクソッタレかと思ったわぁ……そんなあなたに免じて教えてあ・げ・る」
インヴィディアが素直に教えることなどそうそうないことなのだが、少年が嬉しそうな表情になることはない。
ただ淡々と語るのみ。そこには悲哀も喜悦もない。
何もない。
「残念だけどぉ。死霊術じゃ死者を生き返らせることなんてできませぇぇぇん! 魂を呼び戻してもせいぜい地獄の亡者のようになるだけよぉ?」
「……そうか。他に生き返らせる方法はあるだろうか?」
煽るように告げたインヴィディアの言葉にも全く動揺する気配がない少年を見て、流石の彼女も少しばかり興味を惹かれた。
「ないわね」
「そうか」
降りる沈黙。
騒がしかった店内がいつの間にやら、静まり返っていた。
インヴィディアのドス黒い力に中てられたのだろう。
エミディオも柔和な顔付きこそ変わらないが、固く口を閉ざして何も語らない。
「はぁ……ったくぅ……仕方ないわねぇ。これは仮定の話。もしかしたら古代神とか漆黒神の力を使えば何とかなるかも知れないわねぇぇぇ!」
「どうやったら力を使える?」
「あー! 遠慮ないわね、あなたぁ! とーにーかーくー『神の想い出』か『深淵なる真実』を探しなさいな」
ため息を吐きながらも教えてやる辺り、インヴィディアにも欠片ほどの人間らしい心があるのかも知れない。既に地が出てしまっているのだが、ジョイはまだまだ彼女を止めようとする気配はない。
「どうやったら見つけられる?」
「んああああああ? 図々しい子ねぇぇぇ! まずは力の根源を感じ取れるようになれやオラァ! 後はそこのクソッタレの神人野郎に聞きなぁぁ!」
いつもの彼女に比べれば生易しいレベルだが、苛立ちが高まったようで少年に向かって激しく怒鳴り散らした。
呑気に静観している隣のエミディオに対する当て付けもあるだろうが。
「分かった。そうしよう。インヴィディアさん、感謝する」
そう感情のこもっていない声で礼をしつつ、少年は頭を下げた。
インヴィディアとしても別に感謝して欲しい訳でもないので、無言を貫くだけなのだが彼には何処かうすら寒いものを感じるのであった。
再び降りた沈黙だったが、今度はエミディオがすぐにそれを破る。
「はい! これにて落着ですね。君には残念ですが、これで如何に無謀かが理解できたでしょう? 人間は1度死んでしまえば生き返らない。それが摂理なんです。そうほいほいと生き返られても困ると言うもの。だから人は必死に生きるのでしょう?」
説教くさい台詞を吐くエミディオの言葉にも少年の心が動いた様子が見られない。
「そうですか。エミディオさん、これからも指導をよろしくお願いします」
「成り行きですから仕方ありませんね。古代神の名の下に鍛えて差し上げますよ。それとインヴィディア殿……本題ですが……」
話は済んだとばかりにエミディオは少年から視線を外すと、インヴィディアに正面から向き直る。
そして彼女の意思を確認することもなく、一方的に話し始めた。
内容はもちろん古代神ロギアジークのこと……。
ありがとうございました!
次回、レクスが旅の途上でオリヴィエ・ラグランジュと再会する。




