第1話 東部への旅路で
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レクスの東への旅が始まろうとしていた。
王都の城門前に到着する隊商の荷馬車を待っているところである。
本当は単騎駆けして超特急で向かうべきところなのだろうが……。
堕ちた聖者ジャンヌからの逃亡劇を機会に乗馬訓練に励んでおくべきだったと後悔してももう遅い。
見送りには、家族であるテッド、リリアナ、リリス、幼馴染のミレアとその家族、豹族のカイン。
他にはローラヴィズとマルグリット、マール、辺境から帰還した第三騎士団の剣王レイリア、そしてホーリィが顔を揃えていた。
ついでに何処で聞きつけたのか、リスティルの姿まである。
「んーセリアがいないんだけど何かあったんかな?」
セリアには昨日の夕方に一応は話しておいたのだが、姿がどこにも見当たらない。レクスが混雑し始めた通りの方へと目を向けながら、心配した様子で独り言のように呟いた。
だが、それを耳聡く聞きつけた者がいた。
言わずと知れたレクスの第1人者、リスティルである。
彼女はずずい!とレクスににじり寄りつつ、前のめりになって早口で捲し立てる。
相変わらず目力と圧が強い。
「レクス? どうして今、ファドラ公爵領になんていくのかな? セリアを探してるってことは一緒に行くの? ボクは連れていってくれないのに?」
「いやね……ってあれ? 俺、リスティルに行き先教えたっけ?」
ふと気が付いて疑問を呈したレクスから、爆速で視線を外すリスティル。
「チッ……」
「おい」
ますます謎が深まる少女、リスティル。
バルリエ伯爵家の次女と言う話は聞いているのだが。
「おう、レクス。まぁ頑張って来い! 昨日も言ったが、お前は俺の息子であることに変わりはないんだからな!」
レクスを勇気づけるかのように話し掛けてきたのはテッドだ。
普段通りに接してくれる辺り、レクスとしては有り難いし嬉しいと思っている。
隣には優しく微笑むリリアナとリリスも一緒だが、リリスだけは少し母親の陰に隠れるように立っており表情も硬い。
「うん。ちょっと行ってくるよ。俺はガルヴィッシュ家が嫡男だから!」
「レクス……気を付けるのよ? ゴブリンでも油断しちゃ駄目よ? まぁ貴方の方が詳しいんでしょうけれどね」
「分かってるよ。強者がいるのは理解してる。それに白狼牙騎士団もいるんだし大丈夫だよ」
こんな自分でも気を掛けてくれる両親には感謝しかないと、レクスはあまり良い想い出がない前世を思い出しながらしみじみと思った。
リリアナは穏やかに、そして諭すようにそっとリリスの背中を押す。
少したたらを踏んでレクスの前に飛び出したリリスが、もじもじしながら何か言いたげにしているが、勇気が出ないのか口から言葉は出て来ない。
となると、こんな時は兄であるレクスから踏み込んでやるのが大人と言うものだろう。
「リリス、行ってくるから剣の鍛錬頑張れよ!」
「……!! お、お兄もねッ……!」
レクスのあまりに自然体の対応に、リリスは照れたように頬を染めてそっぽを向いてしまった。仕方がないので彼女の頭をガシガシとかき回すかのように強く撫でると、ようやく調子が戻ったのか騒ぎながら嫌がり始める。
「ふふッ……仲良し兄妹ね」
リリスの近くにいたローラヴィズが、レクスと目が合うと可笑しそうに近づいて来た。彼女とリリスは初対面なのだが、是非仲良くしてもらいたいと思うし、彼女ならリリスに懐かれるのではないかと考えるレクスである。
「ちーがーうーもん! お兄、やーめーろー!」
「ははは、コヤツめ」
リリスと戯れ続けるレクスの耳元に口を近づけたローラヴィズが、申し訳なさそうに小声で囁いた。
「レクス……ごめんなさい。実は父から聞いたの……」
「そっか。まぁローラなら構わないよ。でも一応内緒な?」
そうなるだろうなと予想していたレクスは、別に構わないとばかりに平然と告げる。
「うん! 必ず帰ってきてね……」
嬉しそうに目を細めて微笑むローラヴィズの笑顔が眩しい。
少女にしては艶かしい彼女に、少しばかり胸の鼓動が高鳴ってレクスは動揺してしまう。声が上ずらないようレクスは心を落ち着けると、何とか平静を保って彼女を見つめ返す。
「ああ、ヤバくなったら逃げるよ」
「ふふッ何それ……危機なんでしょう? ふふふッ」
もちろん逃げる気などないが、これで彼女が和んでくれるなら何よりだ。
そこへガラガラと大きな音を立てながら、人の波を掻き分けるように中央通りの右側を隊商の荷馬車が列を為してやってきた。
その様子を目にしたレクスは、いよいよかと身が引き締まる思いになる。
「おお、あんたがレクスだな? 兄ちゃん! 話は通ってるぜ! 乗りな!」
「はい。ではよろしくお願いします」
粗野な感じの男だが、カルディア公の部下の1人、つまり白狼牙騎士団の正騎士だと聞いている。
兵士は付けなくても良いとは言ったが、道中は魔物や野盗が出る可能性ある。
そう言う『名目』で着いてくると言うことらしい。
一応は護衛の探求者も雇ってはいるらしいが。
途中で隊商から足の速い大型の馬車のみが離れて先行する予定だそうだ。
レクスが最後尾の荷馬車の空いていた場所に乗り込むと、見送りに来ていた者たちが集まってくる。
「レクス~! よく分かんないけど頑張ってね!」
ミレアが呑気な声でレクスに激励の言葉を掛けるが、適当な嘘で誤魔化してあるので今回ばかりは彼女が呆けている訳ではない。
「レクス君……なら大丈夫だと思うけど行ってらっしゃいだにゃー!」
マールは相変わらず猫を被って変なキャラを作っているが、キレル男爵から解放されたのだから、そろそろ素に戻れよと言いたいところだ。
「レクス、お前の無事を豹族の神に祈る!」
獣人のカインは勘が鋭いので、何となく雰囲気から気付いているかも知れないなとレクスは思っている。
「レクスぅ……キミの企みはバレている。何か面白そうなことをやろうとしてるってね! そうボクの勘が告げているぅ!」
リスティルが前のめりになって馬車に乗り込もうとしてくるので、取り敢えずレクスは満面の笑顔で叩き落としておいた。
「レクス殿ー! いつも大変ッスねー! まぁレクス殿のことッスから余裕ッスね。考えるまでもないッス! 一応、我が主には祈っておくッスねー!」
ニヤニヤ顔なのはマルグリットだが、お前も大概だろとレクスも意味ありげにニヤリと笑い返しておいた。
「レクス……いつも貴方のことを想ってるから。早く帰ってきてね」
熱い眼差しを送られて照れてしまうが、ローラヴィズの結構大胆な言葉にレクスの鼓動は相変わらず高鳴ったままだ。
大人なのにレクス本来の魂に引っ張られているのかも知れない。
「レクス、話は聞いた。お前に授けた久遠流を試してこい!」
レイリアは風で流された美しい銀髪を押さえながら、挑戦的な笑みを見せた。
彼女とは久しぶりの再会だが、辺境での魔物討伐は一段落ついて今は王都周辺の警戒に当たっているらしい。
恐らくはフォロスから依頼されたカルディア公による命令だろう。
「王都のことは私ぃに任せてぇ存分にぃやってきなさい?」
ホーリィは今回は随分と積極的に王都を警戒してくれると言うが、レクスの秘密を多くの者にバラす結果になった償いのつもりなのだろう。
歯を見せてニヤリと不敵な笑みを浮かべ、左手でサムズアップしてきたので、レクスもそれに応えておいた。
「んじゃ、俺たちはスターナ村で待ってるからな? 上手くやって帰りにでも寄るといい」
「そうねぇ。あまり帰ってこれなくなるだろうし」
テッドとリリアナからは元気な声の別れの言葉。
そして――
もじもじとしながらリリスがレクスの前に近づくと、ボソッと気恥ずかしそうにしながら告げる。
「……お兄。今度、剣教えて……」
「おう! 兄ちゃんに任せとけ!」
レクスの愛する家族たちも竜前試合を見たからか、心配している様子はない。
不安を隠しているのか、別に気に掛けていないのか。
そこは分からないが、きっと自分を信じつつも案じてくれていると、レクスは勝手に思っている。
荷馬車の列が動き始めて、隊商がいよいよ王都を出発する。
大した速度が出ている訳でもないが、あっと言う間に皆から離れていくような気がして、レクスの心には惜別の念が湧き起ってくる。
大きく手を振っている皆に向けて、レクスも手を振り返す。
彼らの姿は徐々に離れてゆき、城門から出るとすぐに見えなくなってしまった。
「大丈夫だ……俺ならやれる……ユベールを止められる」
自分に言い聞かせるかのように、そう呟きを漏らした後も、しばらく王都の方を眺めていたレクスだったが、気持ちを切り替えると空いていたスペースへ腰を降ろした。
合計10車両からなる隊商が、石畳で整備された街道をガラガラと音を立てて進んで行き、その周囲を雇われた探求者たちが固めている。
他の商人に扮した兵士たちは、先頭と中間に乗っているようだが、風が彼らの騒ぎ声を運んできた。
寂寞感を抱くレクスを気遣ったのか最後尾には誰もいない。
「まぁ焦ってもしょうがないしな。」
最寄りの街に到着するまではゆっくりしたペースで進み、そこからは兵士たちと共に馬車に乗って一路、ファドラ公爵領へと一気に駆けつける算段だ。
つまり約1日間ほどはやることがなくて暇。
レクスは頭の後ろで手を組むと、馬車の側面に寄り掛かり、今後のことを考え始めた。
取り敢えずはしばらくの猶予はあるので、レクスが言ったほど危急ではないが、ロンメル男爵領まで騎馬で飛ばしても10日ほどは掛かる。
その間にユベールはロンメル男爵領からロストス王国軍をほぼ駆逐することができるだろう。
ロストス王国は絶対王者のロストス王と漆黒司祭がいる限り、徹底抗戦の構えを崩すことはないはずなので、ユベールがロストス王国領へ侵攻するのは確定事項。
問題はロンメル男爵領の北に存在するドレスデン連合王国の動きなのだが、構成国の1つが暴走して、ユベールが落としたロストス王国の街の1つを奪いにやってくる。
これが発端となり、ドレスデン連合王国内で元々あった火種がくすぶり始めて政変が起きる流れとなる。
「世界各地に漆黒教団がいるからな……せっせと争いの種を仕込みやがって」
そう独り言ちながらレクスは思考の波に飲み込まれ、その内、微睡みに落ちていった。
―――
――
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荷馬車の車輪が石に乗り上げた衝撃で、レクスはガバッと上体を起こした。
考え事をしている内に、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
慌てて周囲の様子を探るレクスであったが、相変わらず街道を走る隊商の列、そして南側には見渡す限りの草原が、北側には森林が広がっている。
だが、何か違和感を覚えたレクスが改めて周囲を見渡すと、そこには何処かで見た顔が。
「や! レクス、おはよう!」
そう爽やかな挨拶をしてきたのは――
「は……? え? セリア? 何でここに……?」
思わずセリアを2度見しつつ、レクスは驚きのあまり声を上げてしまった。
寝起きのせいか、頭が上手く働かずに理解が及ばない。
そんなしどろもどろのレクスの姿を、然も愉快そうに見ながら、セリアはとびっきりの笑みを見せて言った。
「えへッ……隠れて付いてきちゃった!」
ありがとうございました!
次回、聖ガルディア市国(西方教会)にて、古代神復活のために調査していた大長老衆、嫉妬のインヴィディアに近づく者が現れる。




