55.いざ王宮へ
「突然現れた薬師を疑うのは当然のことです。もしお嫌でなければ、貴女の膝を治療する薬をお渡ししましょうか?効力を体感すれば、少しは信じていただけると思います」
クロヴィスの紹介である手前、メイドはこの提案を断ることができない。王宮で働いているのであれば貴族だと思うが、薬師ではない以上意見をすることは難しい。
メイドの驚く顔に少し罪悪感を抱くが、悪いことをするわけじゃないと自分に言い聞かせる。
「膝の痛みを……?どうして私が膝を痛めていると?」
「歩く際、少し足をかばっているようでしたので。それに、先ほどお辞儀も不自然でした。他の所作がとても美しかったから、違和感を覚えたんです」
「そうなのかい?」
私の意図を察したクロヴィスは、メイドに返事を促した。
「……素晴らしい観察眼ですね。おっしゃる通り、私は数年前から膝を痛めております」
確かに頷いて見せたメイドに、私は鞄から丸薬を取り出す。
「これは私が作り出した丸薬というものです。ポーションとは違いますが、確かな効果を保証できます」
見たことのない物体にメイドは一瞬戸惑いの表情を見せたが、クロヴィスの手前、断るという選択肢はなさそうだ。しばし迷った末、メイドは覚悟を決めたように丸薬を受け取った。
気を利かせたミハイルがコップを召喚してくれて、水魔法でその中を満たす。
まじまじと丸薬を見つめるメイドにのみ方を説明すると、ごくりと喉をならす音が聞こえる。そして私たちに見守られながら、勢いよく口の中に放り込んで一気に水で流し込んだ。
ゲホゲホとせき込みはしたが、何とか丸薬を飲み込むのに成功したようだった。
「膝の方はいかがでしょうか?」
こっそり鑑定でメイドの膝を確認しながら、私はそう尋ねる。彼女に渡したのは治癒魔法が強くかかっている丸薬なので、効果はすぐに表れた。
それはメイドもすぐに体感できたようで、目を丸くして驚いて見せる。
「あ……膝の痛みがすっと軽くなりました。たまに下級ポーションを使っているのですが、それよりもずっと効き目がいいです!」
声を弾ませるメイドは、表情を明るくして自分の足を動かした。長いスカートに隠れて見えないが、ずいぶんと違和感なく動いているように見える。
「丸薬とはすごいのだな。黒い死のために研究していたと聞いたが、他の病にもこんな効果をしめすのか」
「混ぜる薬草を変えて、ちょっと薬効を変えているのよ」
そう言えば、ジェラルドたちは納得したように頷いた。メイドの目からも疑いが薄れ、なんなら笑みすら浮かんでいる。
「申し訳ありません、先ほどは失礼いたしました。素晴らしい薬師がいらしてくださったこと、本当に心強く思います」
「いえ、心配するのも当然ですから」
メイドの態度を見て、クロヴィスは私を見て小さく頷く。
「能力の証明としては十分だと思うけど、そろそろ通してもらえるかい?」
「あっ……もちろんです、大変失礼いたしました!」
許可を貰えるや否や、ジェラルドが扉に手を伸ばす。
しかしその手に力が入る前に、メイドの慌てたような声が遮る。
「お待ちください!まさか、その魔獣も中に入れるおつもりですか?」
メイドの視線は大人しくお座りをしていたフブキに向けられた。突然矛先を向けられたフブキは耳を立たせて、不機嫌そうにメイドを見上げた。
「殿下がお招きになられた薬師様ですが、使い魔を陛下のもとに近づけることはできません。……薬師様を信用して上で述べさせていただきますが、現在黒い死の被害を抑えるため、ほとんどの者は出払っております。騎士も魔導士も平時より少ないため、緊急時の備えが心もとないのです」
つまり、フブキが暴れたら抑えられる武力が足りない。
そんな状態で魔獣を中に入れられないということだ。そんな自国の状況を正直に言ってしまうほど、決意は固いのだろう。
(クロヴィスの前でそう言ったということは、これ以上譲歩できないってこと。ミハイルもいるし、こっちが折れるしかないかな……)
問題は、フブキが少しも納得していないところだろう。今も小さくうなっていて、ふわふわのしっぽを強く床にたたきつけている。
『俺をそこらの下等魔獣と一緒にするな!聖女の使い魔だぞ!』
会話しているところを視られたくないが、仕方ない。何とかフブキを説得しようと屈んだその時、ぎい、と音を立てて扉が奥から開けられた。
扉を開けようとしていたジェラルドが驚いたように声をあげるが、さすがの体幹でよろけるようなことはなかった。
「であれば、コハクが治療している間は私が面倒を見よう。メイド長、それなら構わないだろう?」
扉の向こうから現れたのは、数日ぶりのエダだった。
その顔には疲労が色濃くにじみ、ずいぶんとやつれているように見える。
「エダさん……!」
思わずその名前を口にすれば、仕方がない子どもを見るような視線を向けられた。おそらくジェラルドがわずかに扉を開けたおかげで、中まで会話が聞こえていたのだろう。
何も知らされていないにも関わらず、エダは私たちを信じて上手く合わせてくれた。
「あたしが見張っていれば、フブキのやつも納得するさ。それに、お前たちも安心して治療を任せられるだろう?」
有無を言わせないその問いかけに、フブキが渋々と頷いた。普段エダがいろんなことを教えてくれているので、フブキも彼女の言葉ならと従った方がいいと思ったようだ。
「え!? ですが、それでは陛下の治療が……」
「何、この病気に関しては弟子の方が優れているよ。それに、あたしも連日のポーション造りで魔力が枯渇気味だ。今のうちに少し休んでおくよ」
ずっと国王の傍にいたエダの言葉に、メイドは何も言い返せない。チラチラとフブキを見やったかと思えば、小さなため息とともに引き下がった。
「分かりました。では、別室に案内させていただきます。他のみなさまは、どうぞお入りください」
『コハク、何かあったら俺を呼べ。どこに居ても駆けつけるから』
心配そうに私を見上げるフブキの頭を撫でて、私は小さく頷く。
「エダさんも、ありがとうございます。丸薬の効果には自信があるので、後はお任せください」
「……!それは期待しておこうじゃないか。フブキはこっちで見ておくから、コハクは全力で治療に専念してくれ」
その言葉に軽く頷き、私たちはようやく部屋の中へ通された。
……結局変な匂いについて聞けなかったが、一体何だったのだろう。あれからフブキは変な匂いに反応している素振りはないから、一旦後回しにしよう。
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なろうにて掲載しているなんちゃってホラーですが、もうすぐネオページさんにて連載開始する予定です!




