生徒会長選挙13-12
食堂を覗くと花宮さんが一ノ瀬さんのことを無言で睨んでいて、思わず食堂に入らずに隠れてしまった。
一ノ瀬さんは僕達の方を向いておらず、花宮さんは一ノ瀬さんを睨みつけていたのでおそらく気づいていないだろう。
「麗ちゃん、あれはどういうこと?練習と全然違ったよね。伊澤さんに練習を付き合わせて、十川さんにもポスターを作って貰ってたのにあんなことして恥ずかしくないの?」
出る機会を完全に失ってしまった。
花宮さんが話始めたこともあり、先ほどよりも出づらくなってしまった。
だが、僕たちが口を出すよりも花宮さんに任せた方が良いのかもしれない。
神無の方を見ると既に壁に腰かけて体育座りをしていた。
盗み聞きが良くないのはわかっているが僕も神無の横に座り、話を聞くことにした。
「あんなことって何?アドリブで演説しただけよ。そんなに怒られるようなことはしていないと思うけど?」
悪びれる様子もなく普通に返答をする一ノ瀬さんに花宮さんの怒りは余計に膨らんでいく。
「私が気づかないとでも思ってる?放送室で聞いた百瀬さんの話をほぼそのまま言ってた。しかも話している時に百瀬さんの方をずっと見ていたし明らかにわざとだよね?こんなことしてたら誰もついてこなくなるし負けるよ」
「厳しいこというね、葵らしいよ。でも私は勝てる。教室に戻った時の反応で葵もわかったでしょ?みんな期待してた。計画は今から考えるけど私ならどうとでもなる」
「確かに麗ちゃんなら何とかすると思うよ。でも、生徒会長になってから他の生徒会のメンバーに迷惑をかけることになる。私やオブザーバーになる二人ならまだしも、新しい役員にそんなことはさせられない」
確かに僕たちはいいとしても、一ノ瀬さんが勝つためにでっち上げた仕事を新しい役員に手伝わさせるのは違う気がする。
「そんなの生徒会長になってから頑張れば良いだけ。それよりも勝つ方が大事に決まってる。欲しいものはどんな手を使っても手に入れてきた。今までと何も変わらない」
僕をモデルにした時にもそんなことを言っていた。確かに一ノ瀬さんの言う通り勝つことは重要だ。
だが、嘘を付いたり友達を怒らせたりしてまで勝つことが重要だとは思えない。
花宮さんは立ち上がり一ノ瀬さんの肩を掴んだ。
「そうには見えないよ。明らかに何かを見失ってる」
「仮に葵が言うように、何かを見失ってるとしても勝ってから取り戻せばいいだけでしょ。それ以上用事がないならもう帰ってもいい?そろそろ迎えの車が来るから」
花宮さんの手を振り払い、一ノ瀬さんは帰ろうとしてこちらに向かってくる。
「待って。麗ちゃんがそう思っているなら勝手にすればいい。私は推薦人を辞める」
「葵、本気で言ってるの?」
花宮さんの方を振り向いた一ノ瀬さんの声には怒気が帯びていた。
「麗ちゃんがこのままならね」
「わかった。じゃあ代わりの人を探す」
「え?」
「選挙一週間前までなら推薦人を変えられる」
「麗ちゃん、嘘でしょ……本当にどうしちゃったの?」
花宮さんは今にも泣き出しそうになりながら一ノ瀬さんのことを見つめている。恐らく推薦人をやめると言うのは建前で本当はただ一ノ瀬さんのやり方を改めて欲しかっただけだったんだろう。
もうこれ以上は黙って見ていることはできない。
「麗、それ以上は駄目」
僕が出ていくよりも先に神無が飛び出していた。
「十川先輩いたんですね。それに伊澤先輩も」
一ノ瀬さんは軽く驚いてはいたがすぐに冷静に戻っていた。
「麗は勝つ。でもその勝ち方であってる?」
花宮さんがこんなに傷ついているのにこのやり方があっている訳が無い。神無がなぜそんなことを聞くのか、僕には全く理解することができない。
「十川さんが私に聞くなんて珍しいですね。逆に聞きますけど間違っていると思いますか?」
「わからない…」
「神無?」
神無は否定も肯定もせずに下を向いてしまった。間違っていると言わないのは神無にだけ見えている複雑な感情があるのだろう。
だがそれでも僕は一ノ瀬さんに言わなければならない。
「僕は友達と言いあいをしてまで勝つ意味はないと思う」
僕の言葉に一ノ瀬さんは唇を噛み、眉をひそめる。
「誰が何と言っても私は勝ちが全てだと思ってます。葵、推薦人をやめるかどうかは今週中に決めて。車を待たせているので今日は帰ります」
一ノ瀬さんはそれだけ言い残して寮から出ていってしまった。
一ノ瀬さんが出ていってからの花宮さんは僕たちの目など気にせずに泣き崩れていた。
「ごめん、僕がもっと早く出ていけば……そもそも一ノ瀬さんが勝ちに拘っているのはもしかしたら……」
そう、なんとなくわかっていた。
僕が一ノ瀬さんに知らず知らずのうちにプレッシャーをかけてしまっていたからだ。
僕が勝ってほしいと願ってしまったから一ノ瀬さんは無理をしていたのかもしれない。
「伊澤さんは悪くないですよ」
一番傷ついているはずの花宮さんに慰められてしまった。先輩としても男としても情けない。泣き続ける花宮さんに僕は何も声をかけることはできなかった。




