第272話 「異端者」2人と「裏切り者」の話・悲劇の始まり
それは、ニーナが15歳になる前日。
(いよいよ、この村ともお別れかぁ)
と、ニーナは1人、自身の生まれ故郷である村を見回しながら、寂しそうに心の中でそう呟いた。
無理もないだろう。何せ、理由があるとはいえ、彼女がやろうとしていることは、今日まで自分を育ててくれた両親や、お世話になった村の人達を騙す形で故郷を捨てるということなのだから。
そう考えて、ニーナは酷い罪悪感に苛まれるが、だからといってこのまま村にいるわけにもいかないとも考えているので、
(うん。大丈夫、私なら……私とピートなら出来る!)
と、心の中でそう呟いて自身を奮い立たせた。
その時だ。
「ニーナ!」
と、近くで聞き覚えのある人物の声がしたので、
(ん?)
と、思わず反応してニーナが、すぐに声がした方へと振り向くと、
(う! あの人は……)
そこには、ニーナが最も苦手としている1人の少年が、何やら怒っている顔をしていたので、
(うぅ、嫌な人に見つかっちゃった)
と、ニーナはもの凄く嫌そうな顔をした。
男性の正体は村の村長の息子で、いつも複数の取り巻き達と共に悪さばかりして、住人達から嫌われていた。
因みに、歳はニーナの2つ上で、既に成人して神々より「職能」を授かっている。
そして、ニーナはというと、幼い頃からこの息子にいやらしい目で見られていて、何かと言い寄られてはいたが、その度に姉のアメリアや、五神教会の人間である両親に守られていたので、彼に対して苦手意識はあったが、それほど苦にはならなかった。
しかし、アメリアが成人となって村を旅立ってから、息子のアプローチは日に日に増していって、それに比例するかのように両親の守りも固くなっていったので、その為に森の中で出会ったピートに会う回数も減ってしまった。
そんな村長の息子なのだが、今日はいつにもまして怒っている表情をしていたので、厄介ごとの予感がしたニーナはすぐにその場から立ち去ろうとしたが、それよりも早く、村長の息子は取り巻き達と共にニーナに近づくと、
「お前は俺のものだ! 誰にも渡さないし、何処にも行かせるものか!」
と、いきなり腕を掴みながらそう怒鳴ってきたので、
(な、何!? 何を言ってるの!?)
と、突然のことにニーナは混乱した。
そして、それがきっかけになったのか、村の住人達が、次々とニーナ達に集まってきたので、
「ち! 集まったか……」
と、村長の息子がそう舌打ちすると、
「おい! 絶対に離すなよ!」
と、自分の取り巻きの1人にそう命令し、その命令を受けた取り巻きの1人が、ニーナの両腕を掴んで彼女を逃さないようにした。
「い、嫌! 離して!」
と、ニーナはそう悲鳴をあげながら、必死になって逃げ出そうとしたが、自身の腕を掴む取り巻きの1人の力が強かったので、そこから動けずにいた。
そうこうしているうちに、周囲に住人達が更に集まってきて、
「ニーナ!」
と、そのうちの1人である、白い法衣に身を包んだ1人の男性が、ニーナを見てそう叫んだ。
その姿を見て、
(あ、お父さん!)
と、ニーナがハッとすると、法衣姿の男性は、彼女の状態を見て怒った顔をし、すぐにその場から前に出たが、それを見た別の取り巻きの少年も前に出て、
「ファイアボール!」
と、法衣姿の男性……否、ニーナの父親近くに向かって手から火の玉を放った。
火の玉はニーナの父親近くの地面に着弾すると、ニーナの父親はその動きを止めたので、それを見たニーナは、
「お、お父さん!」
と、悲鳴をあげると、すぐに村長の息子をキッと睨んで、
「やめて! お父さんに酷いことしないで!」
と怒鳴ったが、それが彼の怒りを買ったのか、
「うるさい!」
と、彼もそう怒鳴り返しながら、ニーナの頬をバシッと叩いたので、
「あ!」
と、ニーナは小さくそう悲鳴をあげた。
それを聞いて、村長の息子は「しまった!」と言わんばかりにハッとなって、
「す、すまな……」
と、すぐにニーナに謝罪しようとしたが、その瞬間、
「うあああああああ!」
と、聞き覚えのある少年の叫び声がしたので、
「あ! ピート!」
と、ニーナはすぐにその叫び声があがった方向へと視線を向けた。
いや、ニーナだけではない、村長の息子とその取り巻き達、更にはニーナの父親をはじめとした村の住人達も、一斉に叫び声があがった方向へと振り向いた。
そこには、ニーナと共に逃亡する予定である獣人の少年ピートがいて、その表情は明らかに「怒り」に満ちていた。
そして、
「お前ぇえええええっ! ニーナお姉ちゃんに何するんだぁあああああ!」
と、ピートは怒りのままにそう叫ぶと、ニーナ達に向かってその場から駆け出したので、それを見てハッとなった村長の息子は、
「な、何してる! やれ!」
と、先ほどニーナの父親に火の玉を放った取り巻きにそう命令すると、
「や、やめて……!」
と、ニーナが止める間もなく、取り巻きはピートに向かって火の玉を放った。今度は地面ではなく、真っ直ぐピートに向かって放たれていたので、このままいけば確実に当たると誰もが思っていた。
しかし、
「邪魔だぁ!」
なんと、ピートはその火の玉を、グッと握り締めた拳で弾き返したのだ。
あまりの出来事に、取り巻きは思わず、
「え?」
と、間の抜けた声をもらしたが、弾き返された火の玉はそのまま取り巻きに直撃して、
「ぎゃあああああ!」
と、取り巻きはそう悲鳴をあげながら吹っ飛ばされた。
それを見て、村長の息子をはじめ、ニーナを除いた周囲の人達はポカンとなったが、それでもピートは止まらなかったので、
「く、来るな! 来るなぁ!」
と、村長の息子は情けなくそう悲鳴をあげ、それを聞いた更に別の取り巻きが前に出た。今度は筋肉のある体つきをした大柄の少年で、彼はピートの前に立つと、自身の体を更に大きくしながらピートに飛びかかり、彼に向かって両手を突き出した。
それを見たピートはすぐにその場に立ち止まると、大柄の取り巻きの両手をガシッと掴んだ。
そして、
「邪魔するなぁあ!」
と、ピートがそう怒声をあげた、次の瞬間、ピートの両腕が毛で覆われ始めた。
いや、それだけではない。毛で覆われると同時に、ピートの顔も変化し始めた。
「がぁあああ……!」
と、叫びながら変化したピートの顔。
それは、明らかに犬……「獣」の顔だったので、
「な……!?」
と、それを見た大柄の取り巻きは驚きの声をあげたが、
「うおあああああっ!」
それに構わず、ピートは彼の体を持ち上げると、ブンッと自身の横に放り投げた。
ドサッと大きな音を立てて地面に落ちた大柄の取り巻きは、
「う……あ……」
と、気を失ってはいないが、そのまま動かなくなった。
そんな大柄の取り巻きを他所に、
「ふー、ふー……」
と、「獣」の顔となったピートが辛そうに肩で息をすると、集まった周囲の人達の1人から
「お……おい、あれって……」
という声があがったので、
(し、しまった!)
と、その声にニーナがハッとなると、
「あ、ああ、間違いない!」
「そうだ、あの子供は……!」
と、他の人達もそう口を開き出し、
「じゅ、『獣人』!? 『悪しき種族』の1つ、『獣人』だとぉ!?」
と、最後に村長の息子が、変身したピートを見て驚きに満ちた声をあげた。




